第六話「ノー・パーレント・ノー・パーラメント」

「うぐっ、げほっげほっ! んん……見慣れぬ部屋、見慣れぬ黒服……の、レイン?」

「やっと起きた! 看護婦さーん」


「起きましたか、ホームレスさんらが健康で良かったですね。ただ、そのような人たちと飲尿健康法なんてするアナタの頭はかなりの不健康です。ウチに精神科はありませんし、ホームレスの健康診断をする場所でもありませんが、ミスレイン。彼は確かですか?」

「ええ、こういう人なので。ありがとうございましたーっ。ほら行くよポール」

「おい、これはどういう状況なんだ……一体全体」


「本当ですか? 風邪薬の処方箋しか要らないと? ええ分かりましたウチは病院です。決して格安ホテルでも、パジャマのレンタル屋でもないのでね! お二人ともお幸せに、どうかご病気なさらないよう代わりに私めが神に祈っておきますね! アーメン!」



 ヒステリックに語尾を強め怒りをあらわに十字を切る看護婦のいう事も、黒スーツ着てさっさと手をひき病室から出ようとする消えた筈のレインも、イヤに着心地の良いダサいパジャマ姿でベッドに横になって居た頭痛が残る自分も、説明を求めても誰も相手せずにただただ今事件の犯人である彼女になされるがまま病院を出て車に乗らされた彼は力なく頬に爪を立て、ここは夢か現か幻か如何か、自分の確かさを確かめるしか出来なかった。



「お待たせ! これで風邪薬を飲んで!」


「……これは本当に水か、風邪薬か……車か、レインか……」


「らしくないよポール、チェリーパワーが足りてない? それならお家で酒を飲もう!」

「酒……そうだ酒を飲んで……ゴホッ……いや酒はもう嫌だ!」

「飛ばすよ! こらシートベルト!」



 わなわなと震える身体に風邪薬を入れてから余計ひどく縮んでゆく彼の飲んだ酒だけが本当ではなかったのだが酒でいつも失敗しているのは事実であるも、そんな事実より隣の急に居なくなり急に現れたレインのちんちくりんが薬臭いスーツ姿でかっちり身を固めて世は事も無しと運転して居るのを見ればリアリティはまだ幻の方が勝っていると思うのも無理もない状況がようやく彼を吹っ切れさせ、酒でその優劣を定めようと調子を戻した。


「ああ、しこたま飲もうじゃないか。ファッカーもお前もショットガンで潰してやる!」

「お。じゃあ私はバーテンダー役ね、バットはあったかなー?」

「ハーッ! そんならヘルメットを注文しないとな! ファッカーにフルスイングだ!」


 車内で二人は元気を取り戻し、しばらくジョークをいって談笑していたのだがレインは

「笑い過ぎたからだよ」と涙を溢していたので、彼はどうやらファッカーの浮つきによるケンカで黙って家を出て行って戻って来たワケでない、より複雑な事情があるのだろうと


「もう俺たちも十年以上の仲だ。酒を飲めば嫌な事も、良い事も忘れちまうのさ」なんてまたらしくない彼の囁く遠回しな慰めの言葉は、意外にも彼女の心を打つものであった。




「ファッカー。ファッカー? ダメだコイツ泥酔してやがる」

「まあ今に始まった事でもないし、シャワー浴びてくるからー」


「……きみはジュリエット、ぼくはマリオネット、そしてお前はロミュラス星人と……」

「昨日からワケ分かんねえ事いってんな。ファッカー、お前の親御さんは元気か?」

「んん……俺は課長補佐だぞう、親の脛かじった事など一度も……レイン……?」


「その状態で聞いた方が良いな。お前のハニーの親は離婚して、母子家庭で育って来た。母親はガンで亡くなり、娘のハニーひとりになった。俺ことチェリーガイもひとりの身。つまり俺たちは成り行きで家族になった、ハニーとダーリンと居候ではなくなったんだ。奇妙にもこれから同い年の三人が一つ屋根の下で暮らす其の大黒柱はお前だファッカー」



 ゆっくり大黒柱が酔った頭を掻いてソファに座り直し、自分のマンションを見回すも、皆銘々いつも通りの生活をしているのでアイルビーバックと親指を立てソファに埋まって

「へへ……俺こそ大黒柱にふさわしい……」と尻つぼみに言いながら笑いが止まらない。



「へっへっへっへっひ……面白いじゃないか、レインはそれで居なくなったと。ひひひ、お前ら……俺に着いて来れんのかあ? ファッカーと呼ばれる俺様に……ひっひっひっ!

どうしてやろうかなあ、まずは酔いを醒まさないと始まんねえなあ……へっへっひ」

 まるで悪役のセリフと笑い声だがファッカ―はソファに顔を埋めながら二人に頼られる未来の異次元なワクワクの所為で一寸おかしくなってしまっているだけだ。ファッカーの高いプライドがより高まってゆくのは自分が正式な絶対的兄貴分だと頼られているからでそれは嫌いなものじゃないハグしたくなるほど大好きな現実であり丁度、昇格して機嫌も給料もパーティの席で太鼓持ちする女がうなぎ昇りにしてくれた。ただ彼氏の欠いている責任感は同僚からも折り紙付き、よくここ迄やって来れたなといわれる程のものなので、分け隔てなくキャミソール一枚で出てきたレインにはまず、コーヒーを三つと注文した。


「はいコーヒー三つ。酒は?」

「まだ、まだだ。ちょっと整理をしたい。まずチェリー、お前の場合は親に頭を下げれば解決する話じゃないか? ふぅ……」


「んな事で解決するならココに居ねえ。親は俺を勘当した後に清々したと言わんばかりに電話番号アドレス諸共を総替えしてどっかに引っ越していって消息も分からんしネットで名前検索しても歳の所為かフェイスブックすらヒットしなかった」


「そして私たちの共通点といえば、みんな一人っ子なんだよね」


「ふう……俺の両親はピンピンしているが金も住まいも足もマトモにあるな……レインの話に嘘偽りは……無いみたいだな済まん……チェリー……このしみったれた空気を音楽でどうにかしてくれ、おかしくなりそうだ、俺は……ああ。ギターが良いな」

 バリスタのレインが入れる極上のコーヒーを飲みながら、チェリーの即興ギターで盛り上がる親無し二人の中、ひとり仲間外れに何不自由なく生きて来たファッカ―は俯いて、何が女だ何が昇給だと自分を戒めると、そろーっと酒蔵にある一番高い酒を持って来る。



「すげえ! マッカランのブルーラベル!」

「シェリーオーク、三十年もの。いつの日か誰かから貰ったんだが、飲むべきは今だろ」

「ショットガンが出来なくてとっても残念。だけどファッカー、気は確か?」

「お前らよりは確かな筈だ。すげえのはお前らだっつの……俺なんて……」

「なにゴニョゴニョいってんだ、乾杯するぞファッカー!」



 丁寧にも乾杯前の挨拶を添えたファッカーは、乾杯するとギターを弾く彼、笑う彼女の見る目が変わる所か自分のつまらなく平凡な人生を嗤い、しっかりせねば。そう思った。

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