第五話「アイデンティティ・オブ・ファッカーズ」

「はい、はい、分かりました……はい、失礼しました……。ああ! どうしたら……」


「そんなに小便かけられたいか? あっ……えーと」


「俺は! 俺はな! フった事はあってもフられた事は一度としてないんだよ!」

 どうでもいい自らのメンタル虚弱を告白したファッカーがここまで情緒不安定になって居るのは朝日が昇る早朝からの事であった。ただ隣に温もりが無いだけで寝て居られなくおろおろうろつき回る足音で目が覚めた彼も予想外であったがワケを聞けばそりゃそうだと納得し、慰めも兼ねて彼は率先して簡単な朝食を作った。焼いたパンにバターを付けてインスタントコーヒーで流し込み、半狂乱になっているファッカーを尻目に懸ける彼は、たとえクラスメイトや幼馴染であっても何度とさえフってきた自業自得だと冷静である。



「ファック! ファック! ファッキンビッチ! この寸止め感覚が最悪だ! いっつもそうなんだ! あのレインピスはいっつも寸止め、寸止め、寸止めだ! ド畜生が!」


 抗鬱剤をキャンディみたくボリボリ食べながら濃いコーヒーで眠気を散らし暴言を吐くこれこそファッカーの正体、ファッカーと呼ばれる由縁なのである。それを聞いてあげる彼はさながらストレス解消用サンドバッグ人形で、口はしっかりと縫い付けられている。初めの頃は同情したものの、それが危険と判った彼が自分を戒める為に縫ったのだった。



「こんのケータイ、カネ払ってんのにクソの役にも立たん! うわっ! わっ、ええと!

コホン。もしもし……はい……その件に就きましては有難く……はい、いいえ、自宅ですけれども、いえいえ! 良いんですソコまで……はい分かりました、では今からそちらへ

……はい。直ぐに伺いますー、失礼しますー、では。……ファッキンヘッドめ」


「パーティか?」

「こっちはそれどころじゃねえのに。公務員なんて辞めてやる、どうして俺様がへこへこ頭下げなきゃならん? なんで俺様より上のヤツが居る? 殴って立場を解らせねえと」


「休日なのに大変だな」

 コーヒーを呷ってハートのマグカップを静かに置き、返事も無く出て行くファッカーが口だけなのは分かっている彼だが、今日は休みだからとレインの実家に行って白黒つける予定だったのだから、微弱ながら同情の余地を感じて労いの言葉を掛けたが聞こえる筈もなく窓から、頭をぶんぶん振ったり掻き毟ったりイライラして車と家のキーを間違えたり忙しいファッカーを見送ってやった。当然、彼には車もケータイも無いし家に固定電話も置いていないので代わりとして仕事先にも行ってないレインの安否や気持ちなど伺えず、今できる事とはパソコンで動画を見たり作曲したり、若しくは昨日いわれた宣伝活動だが家の中、朝の世界で独りきりだという事が彼にとって実に久しい新鮮さなので何をしたらいいのか、時間を潰せるか、一人だから出来る遊びの選択肢が頭の中にあり過ぎて戸惑いとりあえず全裸になったり大声でうろ覚えの歌を熱唱したりプランプランと踊ったりしてひとしきり幼児退行を楽しむも一時間ともたず、それもあまり変わり映えしない日常的にやっている事なので暇を持て余す彼はファッカーの服を漁って陽の光を浴びる事にした。




「フウっ!」

 道を知らない彼の目的地はやっぱり公園。昨日は目を焼くほど眩しい朝の紫外線を学び一番に高そうなサングラスとどくろのアロハシャツにジーンズ生地の短パンを身に纏って気分をアロハロックに外へ出れば少々雲がかっていて出鼻をくじかれるが気にせず戸締り確認をして堂々と、今日は土曜だ仕事は休みだという体でずかずか歩き出すも、悪趣味な服装を心無いチャリンコ学生集団に笑われ、タバコをどうするつもりかとヒステリックな近所の婆さんに注意され、彼は皆にファックとだけ言い返すも内心かなりビビってしまい着いたら着いたでベンチはカップルに占拠されているのでブランコに座るしかなかった。



「……ああそうさ俺はバカだよ……ふう……」

 シャツもズボンもポケットが浅いからと酒を持って来なかった彼は気が気でなくなって自己嫌悪し話す相手もいないのでタバコが止まらず、喉が渇くもベンチの前にしか蛇口がなく、独りブランコを揺らしながら吸殻だらけにする其の場から動けない彼をカップルが指を差す悪循環は小心者の彼が最も悪とするものだから、日蔭者が朝に来てごめんなさいココはあなた達の場所ですと卑屈に小さく立ち上がって帰ろうと顔を見られないよう彼は茂みの方へ行くとソファとテーブルが置いてあって、幻の中に在るみたいに魅入られる。




「……俺はついに頭がおかしくなったのか……?」

 ただ見ていた筈の彼の身体は意に反し動いてしまったようで、洒落たテーブルの上には銘柄も確認できないほど掠れたウイスキー瓶が置いてあり、フタを回し開けてやっと彼は茂みの中に来てしまった事に気が付いた。気付くまで夢見心地になって虚ろで居たワケはうっそうとした森の中での生活がアリスみたいで素敵に思えたからなのと酒欲しさからであるが、それゆえ自分の欲しいものが自ら手の中にある不気味さ不思議さで彼はとうとう来る所まで来たなと深く溜め息を吐いて、中身の確認もせず幻のウイスキー瓶を呷った。



「馬鹿野郎!」という怒号が聞こえるも、特に美味くも不味くもないウイスキー瓶は上を向いたまま彼は、口の端に流しながら飲み切り、口を拭って目付きを変え、声の主を睨むその様はまるで酔拳のワンシーンだ。俺は幻の中に居る、幻ならもう何も怖くない、ほらやっぱり殴られても幻だから痛みなんか感じないや……とポパイが缶詰を食べるが如し、大男にぶん殴られても動じずに喧嘩しらずのアッパーをかまし倒す彼はぺっと血を吐く。


「ボス! ボスがやられたぞ!」

「……俺はボスをやったんだなあ、カッカッカ!」

「テメエ、一体何者だ!」


「俺は“チェリー・ガイ”だ。早く酒を持ってこい。わかるな、酒だ」


「ひいっ!」集まってきたホームレスたちはまるでその名が知れ渡っているように聞けば直ぐさま震え上がって住処へ走ってゆく。ソファに座り脚を組んだ彼に酒を与えなければ帰ってくれないだろうとテーブルの上に勇気を振り絞ったワンカップがズラリと並んだ。



「ほう、ちゃんと上物だな。俺くらいになると色で分かるんだあ」

 ワンカップ容器を呷り続ける彼のアタマは本当におかしくなっていた。ウイスキーなどホームレスがもて成せるワケなく、容器に貯めた小便を飲んでご満悦しているのだ。だが彼がウイスキーだと思って飲めば味も香りもウイスキーなのだ。勿論はじめからおわり迄ずっと小便を飲んで酔っ払っているのだからホームレスたちもウイスキーなのかな? と飲めば全くの小便なのである。例えば錠剤を飲めば副作用関係なく必ず眠くなるだとか、無性にそこらの土を食べたくなり毎日たべないと逆に健康状態が非科学的に劣るだとか、決め付けから発生して出来る『超プラセボ体質』なるものが彼にはあり、ソレこそが例のチェリーパワーの正体であるも自覚もコントロールも出来ないので何の得にも成らない。



「ひっく。おいおい、もう俺ったら酔っ払っちまったよ。また今度なーっ」

 誰も返事が出来ないほど吐いて吐いてのた打ち回るホームレスたちを上から見て、俺もまだまだ、と終始勘違いして茂みから出れば彼にもやっと猛烈な腹痛が来てまた倒れた。




「ウップス! ひっく……くっせえな……ん、んん……?」

 彼が目を開け飛び込んだ光は弧を描いてとぐろを巻き、ぐるぐるぐるぐる回り終えるとゆっくり逆回転して周波数を合わせるように形作られた故郷の風景を懐かしんでいたらばヘリからカメラで映している風の映像がズームをして、二人の子供をとらえて止まった。



『そんなに悲しい顔しないで、大丈夫! 絶対にまた逢えるんだから!』

『だって……だって、居なくなっちゃったら僕、どうしたらいいか分かんないよ』

『泣かないで、泣かないでよ、私も泣いちゃうよ! 泣くのはダメなんだから!』

『これから僕、どうなっちゃうの? ずうっと独りぼっちだよ、ずうっと』

『私だって……でも! お母さんがいってたの、この世は独りぼっちで出来てるって』

『それは嘘だよ。みんな友達を作って、遊んだり喋ったりして、笑い合ってるんだから』

『それ、逆だと思うな。笑い合ってたら喋ったり遊んだりして、友達になるんだと思う』

『僕……もう分かんないや……』

『分かった! だから私たち、友達なんだよ!』

「ちょっといいかい」


『え……?』

『え、誰?』

「おじさんね、思うんだよ。今はそれでいいと思うよ? でもね友達を作ってからはさ、その次は必ず別れしか待っていないんだよ。時間と共に蒸発、結婚、見限り等でみーんな勝手気ままに居なくなってコッチの都合なんて誰も考えてくれやしない。何故なら友達と思っていたもの総てと完全な意思の疎通、阿吽の呼吸が出来てるんだってマヒしてしまうからでね、そのマヒが大きければ大きいほど取れたら痛い痛いってなってさ。あーやっぱ赤の他人同士だったんだなーとか、あー俺はそういう目で見られてたんだーってもう……

オロロロっ! うげっうげえっ! はあはあ……ううっ、くっせえ……」



 アロハロックの服装を黄ばませて彼はまた幻を見ていながら、幻は幻、現実は現実だとこの状況で自覚できるのは凄いが、その少年少女は見覚えがあり二人の会話に大人気なく首を突っ込みバタフライエフェクトを試みているとクリアな足音の音質が向かって来る。


「やっぱりここに居たんだ……ポール?……ポールってば! うわ、クッサーっ!」

 未だ身に覚えがないと思い張る飲尿から出た酷い吐き気・腹痛・高熱にうなされながら息も絶え絶えに仰向けになると彼の霞んだ眼にまたさっきの子供が映るので、笑いながら




「おじさんは有名人なんだな。ちょっと飲み過ぎちゃった……救急車を……黄色い方の」

ぐわんぐわん揺れる頭がもたらした幻だとしても、まだ死んでたまるかと助けを求めた。



「レッツパーリナイ!」一方で彼氏は朝とは裏腹の調子でパーティに花を咲かせている。

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