第四話「ウェイト・アローン・ノット・アローン」

「ポール、着いたよ! 起きてソファ運んで!」


「チェリーだっつってんだ、ぐっ具合わりい……やっぱり俺は夜の女王ならぬ夜の……」

「いいから車から出ろ!」強くいってドアを開けてやると、溶けたチョコみたいに力無くダラーっと地面に垂れ落ちる彼は、朝から空きっ腹にテキーラのストレートを飲んだのだから無理もないが、そんなだらしない彼の肩を持って立たせる彼女の機嫌の良さの半分は実際にこの男、チェリー・ガイから貰ったものであり、後の半分は行った家具屋の店員がチップを欲しがらずにも愛想よく重たいソファをトランクに載せてくれたからであるし、


「今日は良かったよポール、ありがとう。あと少しだけ頑張って?」とお礼をいいつつも扱き使いファッカーが帰ってくればソファでにゃんにゃん始める彼女は実に八方美人だ。




「ふう。エリーは今日も元気だね、俺はもうくったくたで……ゲッ! え……?」

 ダーリン、ハニーと呼び合う二人の時間に遠慮してゲストルームに戻った彼は昨日その尻を向けて微笑むエリーちゃんが消えて無くなる所だった事も知らずにパソコンの画面を点けると、時計の針を見ない彼はデジタルの数字に困惑する。普段は吠える時以外に喋ることったら虚しい独り言くらいで、かえって他愛ない会話の方が頭を使って疲れるのだ。


 しかし車中で十分な睡眠をとったので眼を瞑れば二人の声が増すだけ、エリーちゃんに慰めて貰うならばもっと疲れてしまう、そしてこれから二人が酒を飲ますのを強要されると考えたら気が滅入ってしまうので、彼は仕方なしに作曲を開始する他ないのであった。



「パルプ・フィクション……たまに良いか」

 なかなか酔いの覚めない頭に残っているレインとの会話から昔に冗談半分で作ったそのパロディ曲を思い出して今度は映画から連想される様な曲、それもミザルーみたいに強く印象に残りそうな出来る限りインパクトのあるイントロだけサクッと作ろうと試みるも、そりゃあ簡単に出来てしまったら彼は本当に天才作曲家で、仕事の依頼も山積みな筈だ。


 更には未だスランプも治っているワケでもないから不自由で座りながらギターを持ってとりあえずミザルーのイントロを弾いてみるも、いかんこれではまた同じ道に走りそうだとおっかながり、シンプルイズベストだからこそ今昔の大衆の耳に残るというものなのに己のテクニックを酷使した複雑奇怪な曲がウケるんだと彼は決め付けてしまうのである。どちらも良いものは良いが、それが何故かというと単純でも複雑でも何処かで整いがあるからであり複雑な曲こそ聴者から、彼に無い信頼と実績が在ってはじめてウケるものだ。



「こりゃダメだ、嗚呼、ファック! レイン、コーヒーだ!」

「はいはい。これで朝っぱらに酒を飲むのは良くないって分かったでしょ」さらり張った彼女の罠が逆効果して、暗に酒はほどほどにしなと言ってくれたようで非常に彼の助けになってくれた。二人もちょうど落ち着いた風だったので安堵して椅子に掛け、コーヒーの味をただ堪能させてくれる理由は、ファッカーはちゃんとソファの処分と運搬を手伝ったと勘違いし、レインは疲れている彼氏を思って多くを語らないので、しっかり仕事をしたご褒美はこうやって貰えるんだぞと可なり甘やかした目で彼を見ているからであるのだ。


「懐かしい曲を弾いてたみたいだが、どんどん酷くなってゆくのを聴いていたよ。文句は言わんが、素人目線で俺は初めの方のアレンジでいけば良いと思ったな」

「それは多分キカザルーの事だろう。既存の自作曲から良い感じに派生させてだな」

「ああアレか。まあ俺もちょっと考えたんだけどよ、お前は投稿数はあるが曲についてのコメントが、有って一行だいたい一言だからもっと宣伝した方が良いんじゃないかって」

「宣伝? ファックだね、語らずとも俺の奏でる曲が総てを物語っているんだからな」


「じゃあその物語る曲たちの事を自分に置き換えて考えてみろよ、今日は外に出ただろ?

月しか見てないお前は外に出て太陽の光を見た、そこ迄いきつくのには俺がした玉蹴りと自分でした粗相という経緯があったからだ。何故そんな面白い事を書かない?」


「慣れない事を言わん方が良いぞファッカー、カッコ付け過ぎてわけ分からん」

「カッコ付けてナンボだろ? ほら、現にこういえば俺もお前も悪くなく聞こえる」



「……大変お疲れのご様子で」彼は身近に居る第三者からの貴重な意見を本気で冗談だと思っているようだが宣伝をせずに創作物が日の目を見るなんてプロでもワケ無いことで、センスやテクニックよりも重要かつ作曲よりも簡単なプロセスさえ嫌うのであれば、彼のチェリー・ガイという名前も未来も何も一緒くたに真っ暗でセックスも仕事もない人生をただ格好の良いオナニーをした跡だけ半永久的に残らせ独り寂しく終えるも同然である。


……という事実はファッカーよりも職業柄レインの方が其の仕組みを良く解っているので

「コメントとかカッコ付けとか大袈裟だよ二人とも、看板の無い店に誰が入るのさ」と、あまりにアホな事をいう二人に彼女でさえ業を煮やして口を挟んでしまう。二人は同時に

「なるほど」まぬけにアホ面してそういうので、男ってアホばっかりだと彼女は続ける。



「ちょっと考えれば分かる話だと思うけど、例えば店を建てて経営している状態なんだよポールは。チェリー・ガイって店名でやっていて、しかも世界中に支店があって、品物も特上品が並んでいる上に今は全部をタダで販売していますと。だけどさっき言ったように看板どころかビラすら無いからさ、誰が何処にそんな良い店があるのか判らない状況っていえば流石に分かるよね? 格好はどうであれ宣伝しないと立派な店も営業しているのかしていないのか、何時に開店で何時に閉店かさえ判らない店に入りたいと思う?」



 彼女の最上級なまでに解りやすい例え話を聞いた彼は溜め息をついて顔を手で覆った。解りやすいがゆえに彼には強過ぎたのだ、ずうっとやってきた自分のやり方を浮き彫りにされて、それも否定も吠える事も出来ない真実はプライドの手前そう簡単に理解できないものであるので挫折感から頭が拒絶反応を起こして考える事が出来なくなってしまった。


「え! 私そんな酷い事いったつもりはないけれど……どうしたのポール?」

「俺たちは従業員として工作してやってもいいんだぞ、なんで泣きそうになってんだ?」



「……ちょっと、一人にさせてくれ……」



 スランプで自分が納得できるものが作られなくなって、コーヒーを飲んで酔いが醒めて地のマジメさが出てきたのもありタイミングが悪かったのだ。下を向いてよろよろ住処に戻りドアを隔てパソコンも消して一人きり、自分のやって来た事は何だったのか、人生を棒に振ってしまったのか、自分とは一体なんの為に生きて来たのか、ひたすら自分を問い詰めて自己嫌悪してしまう今の彼にこそ酒が必要なのだがこんなに悩んでしまうワケとは自分を創業者と例えられ、俺はそんな凄い事をして来たの? 俺はそんな凄い人間なの?

と簡単に即せない実情により軽々しく作曲が出来ない責任感が生まれてしまったからだ。


 だから作曲が出来ないファッカーとレインは簡単に作曲が出来る彼をある意味、伊達に勉強してないなと尊敬に値する眼で今もなお見ているので、金銭の文句の一つもいわずに身に余るほど彼を良くして、考えてくれる。実際に彼の曲は出来がどうあれ面白いものであるし、スランプ中に作ってしまったファッション・ファック・ミュージックを投稿して世界中から少なくともフォロワーを作れたから次はまだか早く聴かせろと期待されている人も多くはないかもしれないが少なくもない筈だ。只、それが今の彼を圧迫してしまう。



「は!……ノックもせずに、いや、お願いだから一人にさせてくれ……」

「居候のいう事なんて聞かない。飲め。吐いても良いから酔え。これは命令だ」


「……後にしてく、いっ、やめろバカ! 武器は卑怯だろ! 女かお前は!」

「声でてきたな。ほれほれ、早く飲まないと仕事に響くぞ」サイコパスみたく包丁で彼の利き手をチョンチョン地味な傷を執拗に付けていくファッカーは本当に彼がワンカップを飲み切るまで止めなかったのを遠くで見ていたレインでさえ息を飲むほど肝を冷やした。


「お前ソレ、慣れてるだろ絶対……おっかねえ、頭おかしいんじゃねえか」

「昔こういうプレイが好きなヤツが居たんだよ。まあ経験が生きたから結果オーライで、お前の調子も戻ったんだから万々歳。だがな、仕事の後に報酬が無ければ仕事といえないことを今日お前は理解した筈だ。雇い主は誰だと思う? それは俺でもレインでもない、自分自身と、いつもケツ向けて元気付けてくれるエリーちゃんだろう」


「流暢に大した事を喋っているみたいだが、さっきから言いたい事が見えねえって」

「良いか仕事のコツを教えてやる。働く時は働く、休む時は休む。それだけだ」

 そういってドアを閉め去ったファッカーがこんなにも御機嫌なのは係長から課長補佐に昇格したからであるが先に祝杯をあげたのはレインの居ない同僚の若い女群れとであり、レインが彼にした比じゃないくらい若いコに調子の良い言葉の雨を降らせるファッカーはもう酒が美味過ぎて飲み過ぎ、二ヤッと笑みを浮かべ調子を良くしたまま帰ったのだから自分と違う微かに香るニオイを当然に気付かれ、この様に穏便な物言いが直らないのだ。



「だからノックを……どうした」忙しなく開閉するドアでなかなか落ち着けない彼よりもその件でグロッキーに入って来た彼女は一言も発さず、エレキギターを慣れない手つきで座った膝に置き、弦に挟んであるピックで開放弦を無茶苦茶に掻き鳴らして感情を現すと


「なるほど」彼はそれだけ言ってアコギを手に取り泣くようなメロディを奏でる。彼女は掻き鳴らす内にコツを掴んで良い響きを押さえてくるが彼は其れに反比例して弱気に抑えいつの間にか小一時間ほど音だけで会話していると彼女は笑ってジャーンと音を上げた。



「素人にしては良い音を出すじゃないか! 内に秘めるパッションが聴こえたぞ!」

「だってポールが合わせてくるから! はは、楽しかったけど疲れた。ありがとう」


「カーっ、酒も美味い! 俺もセッションなんて初めてしたが、したんだが……そういうこと……か。なるほど、分かったぞ! 分かってきたぞ!」

「何が何やらだけどポール、今日は長い時間おきてるのにまだ眠たくないの?」

「なに言ってんだ、目が覚めたんだ! 感謝するぞ!」パソコンの電源を点けようとする傷だらけの手を止める彼女に彼はクエスチョンマークを放つが、そこが悪い所だという。


「チッ、明日やろうは馬鹿野郎だろうに」


「そんな根性論をいえるのは未成年の若者だけだって。私たちもう若くないんだよ、一番肝心なのは体力の配分。眠った次の日に世界が滅ぶワケじゃないんだからさ」昼夜逆転がせっかく治った彼を思っての説教をしながらリビングに引っ張り新品のソファに寝かせる彼女はすっきりしてファッカーの待つ寝室に戻らず車を走らせてから帰って来なかった。

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