第3話

「ほう、立派な神社じゃないか。想像と違うな。」

月輪神社げつりんじんじゃあやかしの中でも有名。そうそう薄汚れた姿をさらしは出来ないさ。」

 白い大蛇を連れた陰陽師おんみょうじが月輪神社の目の前に立つ。

 月輪神社を留守にした妖は今や、何処にいるのか。

「有名なのか。」

「月輪神社に住み憑くことは困難さ。つまり、ここに憑く妖は相当な妖力を持ってるということさ。」

 白蛇は我が主の陰陽師に舌を滑らせる。

 美しいうろこを持ちながら、その口には多くの命を苦しめた猛毒の牙。

 この白蛇は立派な妖である。

 シュルシュルと、舌が興味深そうに風景を舐めた。

 その目は何を捉えたか。

「この神社に人の手は?」

「綺麗な状態を保っているのは、憑いた妖の所為せいだろうさ。人の手ならほこりの一つや二つ、残ってるさ。」

「綺麗好きか?」

いなさ。これは、警戒心の賜物たまものってやつさ。埃一つ見逃さないのなら、札も早々掃除されるだろうさ。」

 白蛇は鋭くそれを読み取る。

 幾度いくどとなくこの主以上の経験の目は様々を見てきた。

 ただ一点から見るだけでもそれらがわかる。

 白蛇を撫でる陰陽師は舌打ちをする。

 やはり、面倒な相手に代わりはない。

 白蛇は陰陽師の手からスルリと離れて月輪神社に近付く。

 そしてその長い身を捻り、陰陽師へと振り返った。

「どうやら、妖は留守じゃないならしいさ。」

 笑うように蛇を舌舐めずりをした。

 陰陽師は眉間にシワを寄せる。

「なんだと?」

「情報はうわさ程度だから、仕方ないさ。いんが弱るこの一時いっとき、妖は寝てるのさ。」

「優秀なお前がいて助かった。」

 溜め息をついて、白蛇の頭の方へと一歩近付いた。

 するとどうだろう?

 視界が一瞬だけ歪んだ。

「もっと、褒めてくれてもいいさ?嗚呼ああ、起こさないようにしないと駄目さ。」

 白蛇は這って陰陽師の方へ戻り、その頭で陰陽師を一歩押し戻す。

 近付けば、目を覚ましてしまう可能性がある、と言いたげに。

 さて、どうしたものか。

「何処で眠っている?」

「流石にさっきのが限界さ。わからないのさ。ただ、彼処あそこまで近付けばかすかに寝息は聞こえるさ。」

 シュルリ、と舌は言う。

 白蛇はその身を巻いて、頭を置いた。

 陰陽師の考えでは札で結界を張ってやろう、と思ってはいたのだがどうやらそれは無理らしい。

 唸っていれば、グンッと陰が強くなった。

 白蛇はそれをいち早く察知して、陰陽師の身に軽く巻き付く。

「どうやら、お目覚めらしいさ。」

「戻るか…。」

「それはまだ早いさ。寝起き姿の妖を、見るだけなら出来るさ。」

 白蛇は陰陽師の顔の横でシュルリと舌を出す。

 見るだけ、ならば。

 月輪神社を前に、ただ、待った。

 数分後、月が丁度月輪神社の真上に来た時、その妖は姿を現した。

「ほれ、目に焼き付けて帰ろうさ。」

 白蛇が目を細めて言う。

 その妖は、九尾きゅうびの狐であった。

 それにしては珍しい真っ黒な毛並み。

 月の光に照らされて、美しい九尾は揺れる。

 その目は鋭く、紅が飾るように揺らいで、口の端にも紅はあった。

 妖美ようびはそこのしゃんと座って陰陽師と白蛇を見つめる。

「お前が、この月輪神社に住み憑く妖か。」

 そう声を飛ばせば目を細めてその口を開いた。

 しかし、それは控えた笑い声ばかりを響かせる。

「噂程度、さ。この妖は月輪神社に住み憑いたわけではないさ。ようやくわかったさ。」

「じゃぁ、目的とは外れたモノか?」

「否さ。月輪げつりんの九尾なのさ。この妖の為に、月輪神社が存在しているようなものさ。逆だったのさ。」

 白蛇はその身を黒い狐に伸ばす。

 黒い狐は白蛇に鼻先を持っていった。

 匂いを嗅がせ、白蛇は代わりに黒狐こくこをひと舐めした。

月輪黒狐ゲツリンコクコ、会えて光栄さ。」

百毒白蛇ビャクドクビャクジャ、それは大袈裟おおげさというもの。わっちはそう大した妖じゃぁない。」

「神社のぬしが言うことじゃないさ。」

 妖同士の挨拶といったところか。

 陰陽師はそれを初めて見る。

 親しそうに接しながらも、初対面であるのだが、相手の妖がどんな妖かお互いにわかっているらしい。

 百毒白蛇、そう、この白蛇は百の毒を持つ妖。

 陰陽師はその名を久しく聞いた。

「月輪黒狐、我があるじにつく気はないさ?」

「わっちは誰の妖にもならないよ。この月輪神社の主とし、人の負を喰らう。それで満足している。」

「人自体を喰らったことはあるのさ?」

「否。わっちは人肉を好みはしない。」

 会話は確かに陰陽師に聞こえている。

 ならば、ならば何故消えてゆく人が?

 この妖でなければ、どういうことだ?

 情報が全て違う。

「ならば、消えた人は何処さ?」

「わっちはただ、その鳥居とりいをくぐって帰る姿ばかりを見送った。わっち以外に妖がその石階段にいるとしたら、それはわかるまい。」

 その身を起こすと、用はもう済んだだろう?というように黒狐は月輪神社の中へと収まろうとする。

 白蛇は陰陽師の元へ戻る。

 どうやら、月輪黒狐の所為ではなかったらしい。

 陰陽師は石階段を振り返る。

 新たな問題を、どうしたものか。

 白蛇はシュルシュルと舌を滑らせ、目を見開く。

「どうやら、厄介やっかいさ。」

「あぁ。」

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