第24話 B子さんの就職試験(B子さん就労支援・後編)
帰りの車内はつらかった。
こっちから話しかけても、二人とも応答がない。
まず隣のみゆきだ。
手は握ってはいるものの、やんわりとではなく、手が解けないほどキツく握られ、手のひらに爪が突き刺さりっぱなしだ。
「……浩さん? あのハロワの人って何なの?」
B子さんはストレートに聞いてきた。
「高校のクラスメイトだよ」
「ふ〜ん。だいぶあの女、うれしそうだったけど?」
「久しぶりだったからじゃないかな?」
「……そういうことにしておく」
ハロワでの借りてきた猫状態は何だったんだ。
そう思わせるほどのツッコミぶりに軽く頭痛がする。
だが……一番怖いのはみゆきが静かなことだ。
おそるおそる横顔をチラリと見る。
唇を真一文字にキツく結んで、まっすぐ前しか見てない。
…………。怖い。今夜、荒れそうだ。
***
職場に到着し、無言でそれぞれ行くべきところへ向かう。まるでお通夜みたいだ。
みゆきは診察室へ。
B子さんはパソコンの訓練のため、職業訓練室へと向かった。
ちょうど履歴書を作る必要があった。
さっきハロワで紹介を受けたところに、応募書類を送らなくちゃならない。
片麻痺のかたが、応募書類を手書きで作るのはしんどい。
僕はこの時間を使って、彼女と履歴書を作るつもりだ。
訓練室に入ると、戸川さんが患者さんたちに頑張って教えていた。
「戸川さん。B子さんに履歴書の作成を教えてもいいですか?」
「あら? いいわよ。B子さんなら、そこにいるわよ」
にっこりと微笑んで、視線でB子さんの場所を教えてくれた。
B子さんの脇に行くと、何やらテキストを見ながら、文字入力の練習をしていた。
よくよく見ると、入力されて画面に表示されているものと、テキストが微妙に違う。
彼女はお手本を左側に置いていた。
なぜ見にくいところに置いているのかと思っていたら、右肘を机上にのせて入力していたのだ。
それじゃあ、手本を置く場所なんてない。
他の訓練室やら職員室やらをウロウロした挙げ句、僕はパソコン用のブックスタンドを使えばいいと思いついた。これならB子さんが見やすい右側に置ける。
もう一つの問題はキーボードの位置だ。もっと右側に寄せたほうが、右手しか使えない彼女にとって楽だ。
「どうかな? B子さん」
「うんっ! さすが浩さん。やりやすくなったわ」
ふりかえった彼女の笑顔が明るかった。
「履歴書をパソコンで作ってみない?」
「え? 履歴書って手書きじゃなきゃダメなんじゃ……」
「いまどき、そんなところは少ないよ。それに麻痺があるから、上手く字が書けないだろう?」
「そっか。わかった。どうするの?」
履歴書フォーマットが入ったUSBメモリを、使ってるパソコンに挿して、ファイルを開いた。
画面上に白紙同様の履歴書が表示されている。
「ここに項目あるから、この中に入力してみようか」
「わかった」
僕の目を見て、にこっとするとB子さんは指示どおりに入力していった。
履歴書の場合、だいたい自分の頭に原稿が入ってるようなものだ。
そのためか、B子さんはスムーズに入力していく。タイプミスはあるけれど、許容範囲だ。
しばらく入力していると、ふと、指が止まった。
ん?、と見ると、そこは志望動機のところだった。
「……ここ、どうしようか? 浩さん」
上目遣いで僕も見つめてくる。
妙な彼女の感情はひとまず無視して、ヒントを出してみた。
「元々、興味があるんでしょ? アクセサリー」
「まあ。そりゃあね。女だもん。それにお客様が付けてきれいになれば、なんとなく嬉しいし」
「その気持ちを、ちょっと固い文にすればいいさ。そのまま動機になるよ。お客様のことを考えてるのはいいことさ」
「ああ。なるほど……。ありがとう! 浩さん」
その後はあっという間に入力を終え、履歴書が完成していた。
ヒントを与えるだけで、ちゃんと志望動機を書けるのは素晴らしいことだ。
B子さんの希望どおり、販売系に再就職できればいいなあ、と単純に思った。
***
面接試験も近いことだし、せっかく作ってもらった応募書類をもとに模擬面接を行うことにした。
場所は言語訓練室を空けてもらった。
静かな方が練習になる。
B子さんは何度か転職経験がある。
ただこれまでの面接とは違って、障がいを負っている。そのため結構勝手が違ってくるものだ。椅子のひき方一つ、お辞儀すら違ってくる。
トントン。
部屋の扉をノックする音がする。
「どうぞ、お入りください」
いよいよ模擬面接だ。こっちの方が緊張する。
さすがに転職経験もあり、販売を希望するだけあって、受け答えはしっかりしていた。これならきっと上手くいくだろう。
気になった入室のことだけ、やり直してもらって面接の練習を終えようとした。
その時、B子さんは、らしくもなく、もじもじしながら、声をかけてきた。
「浩さん……。あ、あのね。もし、受かったら……」
「受かったら……?」
「……ううん。何でもない。今日はありがとうございました」
受かったら……かあ。
受かるといいよね。うん。
急いで病棟へ戻るB子さんの後ろ姿を見ながら、僕は自然と口角がほころんだ。
***
一週間後、B子さんのところへ、面接を受けた企業から一通の封筒が来た。
その封筒はちょっと厚みがあった。
僕はイヤな予感がしながらも、そのままB子さんに手渡した。
「あっ! 来た来た! どうだったかな〜」
あわてているのか、麻痺した左手で封筒を開けようとしている。
「ほら……」
ひょいと彼女から封筒をとって、封を切ってあげる。
それを奪い取るようにして、震える手で文面を目で追っていた。
「……はあ」
がっくりとうなだれるB子さん。いつも凜としている眉はハの字に脱力し、フラフラとしている。
やっぱり落ちてしまったか……。
どう声をかけたらいいか、と思っていたら、フラフラと僕に寄りかかるように抱きついてきてしまった。
「ち、ちょっと! B子さん……」
でも僕は彼女を突き放すことも、それ以上、拒否する言葉も出せなかった。
なぜなら彼女は泣いていた。
ヒクヒクとすすり泣いていたのだ。
せめて泣く止むまで、そのままにしてあげたかった。
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