第14話凍るキッチン
知らないふりが上手くなるなと、誰もいないキッチンの隅で、一人感じた。
全てが氷で出来たと思うような、冷たい世界。今はもうここに、君はいない。今どこで何をしているのかわからない。いや、わかっているが、わかりたくなかった。
いつからだろう、君が何か隠していると気づいたのは。
単に君が隠し事をするのが下手なだけか。それとも、私の勘が鋭いせいか。
君が私に真実を隠しているのも、“本当”が透けて見える嘘を貼り付けて誤魔化しているのも、君と私の心がどんどん離れていっているのも。全部、気づいている。
でも、私は知らないふりを続けた。何もわかっていない、鈍い人間のふりをした。それは元々脆い矜持に自分でとどめを刺しているようで、なんて惨めなことかと思った。そうやってでも守ろうとしているのは、この暮らしか、あるいは自分の心か。
誰もいないキッチンは、恐ろしく冷たい場所に感じられた。この世にこんな寒々しい場所が会ったのかと思う程。前までは、こんなのではなかったのに。最早夢の中での出来事だったのではと錯覚してしまうほどぼやけている、記憶の果て。そこには、私と君、二人が並んでいるキッチンの姿があった。あの頃は、この世にこんなに暖かい場所があったのかと、そう思っていたのに。
最後に君がこの場所に来たのは、いつだったか。その時見せた君の背中が、やけに遠くに見えた。私と君の間に、絶対に埋まることも、飛び越えることも出来ない、深くて広い溝が横たわっているのが、一瞬目に浮かんだ。
私は顔を上げた。目の前に、大きな冷蔵庫がある。最新型のものだ。
君が買ってくれたものだ。
君を喜ばせたくて、私は毎日料理を振る舞った。冷蔵庫の中は、いつも沢山の食材でいっぱいだった。
食材でも、君との思い出でも溢れていた。けれど、今は。
私は、灰色になった空っぽの冷蔵庫を見つめた。
「知らないふりが上手くなる」で始まり、「君の背中がやけに遠く見えた」がどこかに入って、「空っぽの冷蔵庫を見つめた」で終わる物語
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/851008
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