第11話金の芳香
言葉が見つからなかった。初めて貴方の香りを嗅いだ、あの日から。
あれは、一体いつの事だったろうか。忘れてしまったけれど、多分、随分と昔の事だったと思う。
その日も、私はずっとそうしてたように、そこに立っていた。
その時辺りに、とてもとても、本当に一言では表せられないような、良い香りが漂ってきた。今まで嗅いだことのない、甘くてかぐわしくて、素晴らしい香り。私はその日、初めて言葉を失うという経験をした。
それから毎年、吹く風が冷たくなり、草木の色づきが濃くなってくる頃になると、決まってあの香りが漂ってきた。いつからか、あの香りを嗅ぐと、もうそんな時期なのかと思うようになっていた。
この、甘い香りの主の事を知ったのは、初めて嗅いだあの日からすぐの事だった。人間が、こう言っていたのを聞いたのだ。「やっぱり金木犀の香りは素晴らしい」と。金木犀。そうか。あの香りの主は、金木犀という名前なんだ。
そして、またこの季節が巡ってきた。一年間、ずっとこの日を待ちわびていた。金木犀さんは今年も花をつけ、そして香りを放っている。その香りは、沢山の動物達を魅了している。そして、私のことも。貴方の香りを嗅いだあの日から。私は一日たりとも、貴方の事を考えなかった日はない。
一体、どういう方なんだろうか。この目で見てみたいと願った事も、もはや数えるのは不可能なくらいだ。
でも、それは、無理な話なんだ。
私も金木犀さんも、ここから動けない。一歩たりとも、動くことが出来ない。
だから、姿を見ようなんて、最初から夢物語なんだ。それに、例え出来たとしても、一番大切な勇気が無い。
似たような名前を持っているのに。私は貴方のような素晴らしい花とは程遠い。貴方のような、素晴らしい香りを放つ事が出来ない。かすかな香りしか持っていないから。
私は知っている。貴方と私の持つ言葉を。
何の因果だろうか。それに、一つだけ被っているものがある。
いつだったか、人間が言っていた。その言葉は、「初恋」。
そして、私の持つ言葉。それは、「あなたの気を引く」。
そんなこと、できるはずないと思っている。でも、そう言いつつ、結局私はずっと諦めきれないんだろう。この想いを、無かったことにするなんて、したくない。
私は、諦めない。私は絶対に、あなたの姿を見る。
そんな私の事を、人は銀木犀と、そう呼んでいる。
「言葉が見つからなかった」で始まり、「私は諦めないよ」で終わる物語
#書き出しと終わり
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