真髄

 ストッ


 キャルは地面に降り立った。そこは何平米あるか分からないほど巨大な工場が建っていた。


「なんの変哲もない饅頭工場だ。工場見学に行くよ」


 川城はスタスタと玄関に入っていく。キャルはおっかなびっくりであとに続く。


 受け付けに工場見学に来たむねを伝えると、新しい白衣と耳が隠れる帽子を渡され、靴を交換させられた。


 受け付けの女性が直に案内してくれるようで、三人揃ってラインを見て回る。


 材料を混ぜるところからベルトコンベアーに乗ってオーブンで焼かれるところまで、全ての工程を見る事ができる。


 この工場では十種類の饅頭を作っているそうで、受け付けの女性は先に行こうとしたが、川城が「もういい」というのでそこで引き返した。


 お土産に三個パックの箱をもらい、トレーラーに再度乗り込む。


 川城から受け取った饅頭を食べると出来立ての香ばしい香りがして、実に旨い。そこにお茶を流し込むとここまで来たかいもあるというものだ。


「どう感じた?」

「一つは分かったわよ。受け付けのお姉さん、アンドロイドね」

「まあ、正確。これは当てて当たり前だな。他には?」

「他に……そういえば従業員を見なかったわね」

「大正解さ。それを見せたかったんだよ!」


 川城は満足げに饅頭を頬張ると、キャルの方に向き直る。


「ここ東日本では、ほぼ90%ほどの工場が完全に無人化されているのさ。原材料の運び込みから製造、商品の出荷まで全部無人なんだよ。これで人件費が要らなくなり。価格も驚くほど安く供給される」

「検品の工程まで自動なの?最後は人の手がいるんじゃあ……」


「全て無人さ。そして超克社会主義の真髄がここにある」

「真髄が?」

「そうだ。工場を見れば分かる通り、ロボットの概念が西日本とは違う。アンドロイドだけじゃなく、産業用ロボットも立派なロボットと考えられるんだよ。他の工場も同じだ。もう製造業には本社機能しかいらない。会社は国営だから利益は全て国庫へ納められる。唯一商品開発部に正社員が二十人ほどいるだけさ。そして、工場は無人だ。ベーシックインカム制度を世界中が取り入れているのも人間が働く必要がなくなったからなんだよ。ほぼ全ての仕事がロボットに取って代わった。だから労働は義務でなくなった。それで失業率が30%を超えても誰も文句をいわない。実にスマートな流れだろう?」


 川城は電気タバコを取り出しスイッチを押す。ハッカが出てくるだけのチャチな物だが五十年ほど前にタバコが麻薬指定されてからは愛煙家の必須アイテムだ。


「農業も同じさ。農機具を数人のアンドロイドが操縦し、昔は細かく区割りをしていた田畑も農業を放棄している農民から取り上げた。一つ一つの農地の面積が十倍ほどになり効率は格段に上がった」


 川城は畳み掛ける。


「人々は労働から解放され一生怠けていてもいいし、絵画や漫画、小説に人生を捧げることもできる。ユートピアだよ、現代に表れた」


 キャルの方を向いてにやりと笑った。


「ベーシックインカム制度は誰にも無条件で支給することによって社会保障制度をシンプルにし、行政上のコストを削減する。同時に、無条件という特徴は受給者に『政府からの施し』という劣等感を感じさせないという利点もある。昔は『生活保護』っていう自らを卑称に感じさせる呼び名だったからね。共産主義的な施策とも違う。所得の再分配制度の一つではあるが、あくまで支給されるのは生活に必要な最低限度額のみ。足りないと思う人が働いて稼ぐのは自由だ。そこは自由主義を取り入れている。しかし、製造業は今見た通り。最後に人手がまだいるのはサービス業の分野くらいなものだろう」


「世界政府の事を聞かせて頂戴。どこまで進んでいるの」

「君は井の中の蛙だよ。研究に明け暮れて世の中の動きが分かっていない。何が聞きたいんだい?」

「中東情勢はどうなっているの?」

「もう八十年前の話さ。国連軍が介入し、強引に世界政府の下に組み込まれたよ。それよりも激しいのはアフリカの一部の国さ。国連軍が介入しようとしてもいまだに内戦の種火がくすぶり続けている」

「中国とインドは?何人でも子供が作れるなら人口爆発しないの?」

「それこそ『神の見えざる手』だよ。一時いっとき増えたんだが、不思議なことに両国とも物価が一気に上がったんだ。それでやはり子供は二人程度がいいってんていま緩やかな減衰状態にある」

 川城が言うことだ、本当なんだろう。


「そういえばあの昆虫融合機とでも言えばいいのかな。赤い髪の女が突然やって来てHDDを渡して『これを早急につくりなさい。でないとヤバいわよ』といってどこかへ行ったよ。で最初に作ったのがカブトムシ男。次にクワガタ男、この二人は失敗作だとしても、スズメバチ男は正解だったろう。リヒトの坊主に殺られちゃったけどね」

 川城は、トレーラーを発進させる。ぼう、ぼうとアクセルを踏み込む音がする。


 駐車場を大回りさせ、帰り道だ。また高速に上ぼる。


 キャルは脱力している。川城の話が本当なら、正に現代のユートピアだ。




「…………」

「どうしたんだい黙ってしまって」

「完全な敗北ね。この前のバブルとそれが崩壊したときの人々の動揺。株価が実態経済を反映してないのがよくわかったわ。資本主義の脆さを改めて見せつけられたわよ。ベーシックインカムなんか粗っぽくお金をばらまいているだけのイメージだったけど、良く考えられているのね……」

「そりゃそうさ。国連でおおもめにもめてやっと決まった制度だからね。人類がたどり着いた叡智の塊といってもいい。特に東欧には制度の似た共産主義へのアレルギーがあるからもめにもめたらしい。それと中国。中央政府の解体に実に十年かかったそうだよ。そして資本主義の最後の砦となったのが西日本ということだ」


 死に体となっていたキャルだが、ガバリと起き上がる。

「私は死ぬのよね……」

 両手で顔を伏せた。

「しかし君の場合は洗脳……」

「いいの!千人以上殺したのは間違いないんだから!でももう少し時間を頂戴。一連の騒動で自衛隊も東日本についたわね。これから西日本を占拠しに動くんでしょう。私にもそれを見せて!それを見届けないと死ぬに死にきれない」

「……分かった、それが最後の希望ならね」

「ありがとう。そして死刑台に立つのね」

「待ってくれよキャル。警察も蟻の大軍と戦った記憶しかない機動隊員ばかりだし、自衛隊も県庁に張り付いていた巨大蟻と戦ったとしか言ってはいない。君が裏で操っていたのを知っているのは俺だけなんだよ。君を失いたくはない。そこで提案だ」


 台場線へ出た。日はまだ高い。




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