超克社会主義

 ―――

「………」

「……………!?」


 キャルはベッドルームで目を覚ました。私は確か知事室内で巨大なスズメバチに刺されて死んだはず…針の後を探って見るとやはりある。いまいましい毒針の跡が。手当てをされているようで医療用ホッチキスで縫った跡があり、まだずきずきとうずいている。


 リヒトも横ですやすや眠っている。まだ現状を認識できないキャル。服装は白衣のままだ。


 ベッドルームから外へ出てみる。知事室が横にある。どうやら寝てたのは、知事の仮眠室らしい。


 キャルはリヒトを起こし、知事室の中に入ってもらう。どうやらスズメバチはいないようだ。キャルも思いきって中に入る。そこにいたのは思いがけない人……


 川城正幸だ。かつて恋に落ちた男が目の前に座っている。キャルは考えがまとまらず錯乱状態だ。


「やあ、キャル久しぶりだね」

 部屋のすみにはあのスズメバチの死体が。リヒトが回し蹴りで頭を吹っ飛ばしたようだ。頭も一緒に転がっている。


「なぜあなたがそこにいるの」

「世界政府の日本支部長だからだよ。まあ、仕事といっても大したことがあるわけじゃなし、それでトレーダーとして潜りこんだのさ」


 川城は笑みを浮かべてキャルに近づいてくる。そして手を出し握手を求めた。


「株はね、資金力さえあれば勝ちっぱなしにすることが可能だ。やり方さえ教えてやれば君でもできる事なんだよ」


 握手を受け入れるキャル。


「今日は久しぶりに僕の愛車でデートといこうよ。その前に顔を洗っておいで」


 一回分の歯磨きチューブの入ったお泊まりセットを渡され洗面所の位置を聞く。言われたところで顔を洗うと、なぜか涙がぽたりとおちた。


 ――負けちゃ駄目よキャル。社会主義のほころびを聞き出してやるんだから。


 トイレに行きついと顎をあげ鏡をみると、いつもの自分にもどっている。


 知事室に戻ると川城が涼しい顔をして言う。

「君の銃ねえ、あれはこちらで処分したから。丸腰で行くよ」


 キャルは言われた通り川城についていく。エレベーターを下り、一階に降りると県庁職員達が生き生きと働いている。


「みんな元気に働いているだろう。それにはある秘密がある」

 川城が意味深な事を言う。キャルの中では役場の職員なんか、皆全体的にやる気がなく、暗い顔で仕方なく働いているイメージがあった。それがどうだろうここは活気にあふれ暗い印象は微塵もない。


 外に出ると日差しがまぶしい。ドライブには絶好の日和である。


 キャルは高い座席に乗り込み、ドアを閉めた。川城がトレーラーを発進させる。

「今日は工場見学と行こう」


 川城は一般道に入り、ご機嫌に運転している。キャルのほうは浮かれる気にはなれない。


「征服された県庁ね、あれ全て取り返したから。機関銃の玉ぎれと自衛隊の火炎放射機の投入が大きかったね。県でさえ征服できないのに、世界征服とは大きく出たもんだね。ブラックライトが世界を席巻した時は世界中が応援したと聞いてるよ。行きすぎた資本主義にみんなうんざりしてたのさ」


 キャルは痛いところをつかれて伏し目がちになる。トレーラーは二度の修復工事を果たした首都高に入っていく。


「さて何から話そうか」

「さっきの県庁職員、なぜあんなにも生き生きと働いているの?」

「それは自分から『働きたいです』と名乗りを上げた人達ばかりだからだよ。県庁職員は人気があるからね。こちら東日本は労働は義務じゃない。自ら率先してやるものなのさ。憲法にそう書いてある。給料はどんな職種でも例え上司と部下でも差はなく、時給は平等に千銭に固定されている」


 トレーラーを追い越して行く自動車も、古いデザインのイメージはない。皆シャープな外観だ。

「企業間の競争も活発だ。そういうところは自由主義を取り入れている。主にヨーロッパの国々の車のデザインをまねているみたいだね」


 給料が時給制で千銭で固定されているとは。それで家計は成り立つのであろうか。


「あー、忘れていた。君はベーシックインカムって聞いたことはないかい。一人につき一定額を文句なく受け取れる制度の事だよ。今は確か物価スライド制で、十二万四十銭一律に受け取る事ができる。怠け者でもわざわざ地価の高い東京に住まなくても地方に引っ越せば二万円台のアパートなんて無数にある。東京は家賃のために働いているようなところがあるからね。働きたくなければ田舎でゆっくりしていればいい。だから失業率が30%を超えているんだよ」


 労働が義務でないとは……しかも全労働者はベーシックインカムなる不労所得を受け取れるとは。キャルは納得がいかない。


「ベーシックインカムを導入してからほぼ全ての問題が解決したんだ。我々はこれを『超克社会主義』と呼んでいる」


「超克社会主義……」


「貧富の差で学歴に差が出ないように大学まで無料だ。スーパー金融資本主義の一番の問題はここだったからね。大学に行くと何十万もの学費のうえに子供の生活まで面倒みなくちゃならない。これが家計を圧迫し、本当に優秀な子を大学までいかせてやれなかった。しっかり勉強した子は、相応の大学まで進ませてやる。そして生活面では国立大学の場合千人規模の寮がある。月二万銭だ。たったこれだけで十分な睡眠と学問に打ち込める環境を提供できる。私学の方にはばらばらにあった奨学金制度を見直し、利子がゼロの制度に一本化した。まるで金融業のように利子の高い悪質な奨学金制度も存在したからね」


 キャルは黙って聞いている。誇らしげに語る川城。


「無料といえば医療費も無料だ。正確には国が運用する保険に加入している。ガン治療など高額な医療費に備えて皆あまり意味のない民間の医療保険に入ってたからね。手術などに備えてまたぞろ貯蓄に励む。あーそうそう、運用と言えば西日本のバブルの運用益もきっちり刈り取って国庫へ入れさせてもらったよ。凄まじいバブルだったからね。こちらもかなり潤ったよ」

「なんですって!計算づくでやったということなの?」

 川城はそれには答えず、にこにこしながら運転している。


「最後に老人ホームももちろん無料だ。老後の不安が貯蓄の最大の要因だったからね。これで学費、病気、老後と、不安要素が全くなくなり、貯蓄民族と揶揄やゆされた日本人もようやく先進国並にバランスよく消費するようになった」

 川城は首都高のうねうねしたカーブを切っていく。


「その代わり代償もある。消費税が一律に50%になり、所得税が30%持っていかれる。それでも文句が出ないのは不安がないからなんだよ。資本主義は不安だらけだ。ならばその根っこを立ちきればいい。実に簡単な解さ」


 川城は東北道に進んだ。


「もちろん娯楽も提供されている。テレビは未だに根強い視聴者がいるし、金を貰わなくてもテレビに出たいというお笑いタレントや俳優なんかは腐るほどいるしね。それに有名になれば、SNSなんかを利用して広告収入が得られる。むしろテレビのギャラよりもそっちの収入が大きいかもね。それとギャンブル。未だに国営でやってるよ。パチンコもまだまだファンがいるし、国庫を潤してくれている」


 キャルは社会主義をなめていた。完全にグロッキーの状態だ。父親との約束が空虚なものになっているのを感じる。


 トレーラーは高速を降り、とある工場に入っていった。

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