赤い女

 小さな手でスナック菓子をつまみながら、昼間見た

 画像を何度も再生している少女がいる。風呂あがりか、バスタオルを頭にかぶり、その隙間からは赤く染めた髪の毛がのぞいている。


 スナック菓子がなくなった。また同じポテトチップスの袋をあける。お菓子なんてこの一種類だけあれば後は要らないと真剣に考えている。


「国営企業でもっと作れば価格も一気に落ちて万々歳じゃない」

 何も知らない訳じゃない。それをすると民業圧迫となり、他の菓子メーカーが存立の危機に立たされるのを分かった上でそう考えている。


 何度も繰り返し見てるのは黒い軍団の一人 (一匹?) が、アップされた場面である。頭部の目だし帽をつけてなかったのだ。それはまさに昆虫の蟻であった。


 少女はスパイとして送り出している部下に連絡を取る。秘密基地の中で行われていることは、この少女に筒抜けなのである。


「サリー元気?」

「モント様ご機嫌よろしゅう」

「そちらの軍団は想像以上に強いらしいわね」

「はい。千人もいれば東日本も乗っ取れるかと」

「あれはやっぱり蟻なの?」

「そうです。軍隊蟻です。主人に絶対服従で戦闘能力は人間の十倍はあります。その上に機関銃です。ほとんど無敵といっていいかと思われます」


 前畑 門斗モント。女の子にしてはいかつい名前だ。是非とも融合ポッドがほしくなった。

「恐らくパソコンに繋いでいるマイクロHDDに設計図が入っているはずよ。盗んでくることはできないかしら」

「鋭意努力はしてみますが期待しないで下さいよ」


 通信していた男は勇気が出ずパソコンの前を行ったり来たり。悪の組織だ。捕まれば拷問の上殺されるだろう。


 そんな日が五日も続いた頃。サリーと呼ばれた男は耐えかねて東日本に逃亡してしまった。


「しょうがないわねー」


 モントは無鉄砲にも自ら出向こうと決めた。




 キャルに研究員から緊急の知らせが入った。


 キャルは廊下を走り、急いでラボに向かった。ポッド前に到着するとニ十人ほどの研究員達が必死になって何かを探している。


「どうしたの!何かあったの?」


「それがないんです、パソコンに装着していたマイクロHDDが一つだけ。他のHDDからコピー出来ますから実害はないのですけど」


 実害がないなんてとんでもない。マイクロHDDには長きにわたり苦心して突き止めた薬剤の精製方法やポッドの設計図、それに付随するパソコンのシステムなどの情報が、100%入っているのだ。


 誰かが持ち去ったとしか思えない。真っ先に頭に浮かんだのは最初にリヒトに右手を食われた研究員だ。利き腕を奪われた事を恨んでHDDを持ち去り、ブラックライトに売り込んだ可能性が高い。


「いまラボにいるのは何人なの?」


「十八人です。早番遅番交代で勤務しています」


「全員ここに集合させて!」


「イエス、サー」


 やがて全員が白衣に着替えてホールにあつまった。半分ほどは寝てたみたいであくびなどをしている。


 やはりあの研究員だけがいない。キャルはいきり立って言った。


「下僕を三十人ほど使うわよ。あの男を引っ捕らえてやる」


 すると思わぬ返事が。


「腕を噛み切られた男は逃げたんじゃなくて入院してますよ」


「なんだってー?」


「そりゃそうでしょうよ、なんせ腕一本なくなったんですから」


 どうやらこの線は消えたようだ。


 キャルは次の提案をする。


「じゃあ、お互いの顔をよく見て、いない者がいるかどうか調べてて」


 キャルは自分のデスクへ行き、全員の履歴書が入ったリストを取り出した。


「順番に点呼いくよ。井上!」


「イエス、サー」


「江川」


「イエス、サー!」


「小原……」


 全員揃っている。キャルはソファーに座り貧乏ゆすりを始めた。


「あのー」


 研究員の一人がおずおずと前に出る。


「私の記憶が正しければ、昨日の昼ニ時ごろに若い女が白衣を着てスタスタと歩いているのを見ました。あまりにも溶け込んでいるのでドクターの新しい助手かなにかと思ったんですけど」


「なにー。なぜそれを早く言わない!」


「いやなに、バタバタしていたもので全体的に」


「私も見ました」


「私も」


「そうか、もうこの女で間違いないな。監視カメラを調べて顔の写真を頂戴。どうせスラムの物取りの類いだろう。取っ捕まえて拷問にかけてやる!」


 こういう時警察に委ねられない不便さを感じるのであった。




 「リヒト!次のミッションが決まった。起きな」

「なーにー?まだ眠いよー」

「次のミッションは『謎の女を追え』だ。まずはこの写真を見るんだ」


 キャルは、旧時代の遺物であるペーパーパソコンを愛用している。今は腕時計型が主流であるというのに。


 そこには監視カメラが捉えた鮮明な顔写真が浮かび上がっていた。それも三方向から。


「可愛いねぇ」

 ペシッ!

「そうじゃなくて顔を覚えるんだよ」


 そこに写っていたのは日本人離れをした端正な顔つきで、真っ赤なショートヘアに白い肌が映えている少女が写っていた。年の頃は、十七才前後、動画を見るとこそこそせずに堂々と歩いているのが印象的だ。


 違う角度の動画へ移ると、パソコンの横にいき、素早くマイクロHDDを抜いている。ズームアップをすると確かに手の中に入れている。


「いい?これからスラムの一斉捜索を始めるよ。下僕を百人規模で投入し、A地区からF地区までくまなく探し回るんだよ。なーにこれだけの美人だ。直ぐに見つかるだろうよ」


「僕は何をすれぱいいの?」


「危険なスラムの中だ。私のボディーガードをして頂戴。さあ、出発するわよ」


 リヒトらはA地区の担当だ。一軒一軒回り写真を見せながら問題の女を探していく。


「お金頂戴よ。そしたら教えて上げる」


 キャルはしぶしぶ千円払う。すると遠くへ逃げていき、振り向きざまにこう言った。


「そんな事知ってるもんか。こっちは生きていくので精一杯でね。他人の顔なんかいちいち覚えちゃいないよ」

 と言いその女はずらかった。


 結局A地区では何の収穫もなかった。




「今百人体制でF地区まで捜索をしている。じきに見つかるわよ」

 とキャルはあくまで楽天的だ。


 ぞくぞくと集合しつつある下僕たち。しかし何の情報も得られないとのこと。


「そんなわけないじやないの。もう一度、今度は班を変えて調べるのよ!」


 キャルたちは今度はF地区に入った。必死になって一軒一軒訪ねていく。今度もまた手がかりさえつかめない。


 ――もしかしてブラックライトのしわざ?


 その方が合点がいく。それが本当なら諦めるしかないであろう。ブラックライトの勢力は東日本一帯に及んでいる。それを百人程度で探せる訳がない。


 ――人数が必要ね



 軍隊蟻の数が千人を超えたら行動を開始しよう。ブラックライトが全システムを作り上げるのが早いか、こちらが女を捕らえるのが早いか。


 その時キャルは閃いた。確か研究員の中に優秀なハッカーがいたことを。


 キャルたちは基地に戻った。腰に手を当てて

 研究員たちを整列させる。


「はい、みんな聞いてー。この中でパソコン担当者は手を上げてー」


 キャルの問いかけに五人が手を上げた。


「その他は仕事に戻ってよし。解散!」

 各々持ち場に戻っていく。キャル達も秘密基地へと戻っていった。


「いい?これから総務省のホームページからマイナンバーのデータベースへ接触して。そこからこの女の顔写真から誰かを特定して頂戴。できるかしら」

「なんとかできると思います」

「じゃあ後は頼んだわよ」


「ふう…」


 女を特定してどうしようというのであろう。殺す?まさか。機動隊を殺すのとは訳が違う。府庁を乗っ取った時には良心の呵責など感じなかった。


 しかし今度は年端もいかない小娘である。なんともやりきれない気分でキャルはベッドに横になった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る