血みどろの府庁攻防戦
千人の機動隊が府庁を取り囲む。数はこちらの三倍だ。パトカーが府庁を取り囲むと「行けー」という合図とともにエレベーターから上に上がってくる。全体の指揮をとるのは佐藤。復讐に燃えている。
エレベーターが止まった所でとたんに撃ち合いとなる。
「発射!」
自衛隊から借りたレーザーガンだ。一人の兵士の腹の辺りにベコッと穴がほげる。
「イー!(いてー!)」
レーザーは外骨格を剥がすに過ぎなかった。
そこにいた兵士全員が機関銃で応戦する。
飛び交う銃弾と銃弾。しかし機動隊は銃しか持っていない。
エレベーターが最上階にきた。銃を構えるキャル。扉が開く。リヒトが敵を打ち倒して回る。
今度は階段だ。リヒトは飛んでいき回し蹴りで次々にノックアウトだ。
このような戦いが一時間ほど経ったところ……
レーザーガンの投入も虚しく、機動隊千人ははほとんど命を落としてしまった。
「無念……」
佐藤はこめかみに銃を当て、あの世へ行ってしまった。
そこかしこに横たわる死体を見ながらキャルは虚しくなった。挑戦してこなければいいいのにと。しかしかかる火の粉は振り払うしかない。
「これで分かったでしょう、わが軍の圧倒的な強さが」
「よーくわかったよ。抵抗しても無駄だってことはね」
府庁の職員が遺体を外に運びだしている。キャルはぼうっとそれを見つめている。これだけ死人を出すと何だかこちらが悪の組織に思えてくるではないか。
「お嬢さんは資本主義が人類がたどり着く最終の社会形態だと思っているね」
府知事が問う。
「果たしてそれはどうかな」
「どういう意味だい」
「お嬢さんが考える資本主義っていうのはどういうものだい」
「……そ、それは……投資家が、資本を出し経営陣がその資本を使って利益をだし、株主や従業員たちに利益を配分するってことでしょ。今日び小学生でも知ってることだわ」
「会社に所属してない人は?富の分配に預かれない……違うかね。」
キャルは手ぐしで髪をかきあげる。
「もう、何が言いたいのよ。あなたは大阪府知事。資本主義の信奉者じゃないの!?」
「もうそれは随分昔の話だよ。府知事に登り詰めてしまうと資本主義の不完全さが嫌というほど見えてくる。いっそのこと、政治家をやめてブラックライトに府政を任せたい気分だよ」
――これはダメね
キャルは即決した。西日本を統治するのは別の人物がふさわしいと。通話機を取り出すと本部に連絡を入れる。
電話にはマスター・クラウンが直々に出た。
「マスターですか、キャリーですけど」
「上手くいったかね」
「作戦は成功し、今府庁は、我が軍が占拠しております」
「よくやった!」
「ところが……」
「ところが、なんだね」
「府知事に所見を求めるとどうやら資本主義否定論者のようなんです。首相におすことはできませんわ」
「そうか、では本部から出す事にしよう」
通話はそこで途切れた。キャルはきっとなって府知事に再度問う。
「不完全さとは具体的に何よ」
「お嬢さんは株がいくらから買えるのか知っているのかね」
「知らないわよ。株は投資顧問に直接任せているからね」
「今一番安く買える株でも一株百万円はする。昔のように数万円で投資できてた頃が羨ましいよ。貧富の格差は大きくなる一方だ」
「それで私に何を言いたいんだい?」
「今労働者階級にも貧富の格差が芽生え始めている。百年前には正社員と非正規社員の労働賃金の格差が無くなる法律ができたにも関わらずだ。失業率は2%と上がりはしたものの、これは雇用の自由を奪い強制的に企業に仕事を割り振っているハローワークの採用政策の賜物だよ。スラムから脱出出来ればどんな仕事でも構わないと、道路の旗降り、ごみ集め、ビルの清掃、トラックの荷物の積み込み、土木工事の下働き、果ては南極海へのマグロ漁まで。見かけだけの正社員の
「そんなこと、私の知ったことじゃないわ。私は任務をこなすだけ。この部隊の隊長よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「お嬢さんなら話が分かると思ったんだがね……さてと私を何処へ連れていく気だね」
「当座の間は牢屋のなかで寝泊まりしてもらうよ。間違っても逃げようなんて思うんじゃないよ」
手を前にして手錠をかけられた前府知事。ワゴンの後ろ座席を確保して寝そべってしまった。
「あなた、名前は?」
「菅谷だよ。菅谷洋一」
「前職はなによ」
「これでも弁護士でね。企業法務が専門だよ」
「なるほどね、それで企業の嫌な面ばかり見てきたわけね」
「そうだな、これまで現場では人は欲にまみれ正社員を夢見て非正規社員の競争が激化する一方だった。しかし会社の上層部には、正社員を取る気なんてさらさらない。役員になって初めて正社員で部長職までが非正規といういびつな会社カーストが敷かれていたものさ。お嬢さんは会社ではポジションはなんだね」
「一応主任よ」
「あーそれじゃ正社員でも何でもないな。ヒラといっしょの時給制だろう」
「残念!それは違うわ年棒制よ」
「へえ、悪の組織が年俸制だなんて皮肉だね。いくらくらいになるんだい」
関西人の悪いくせだ。すぐに値段を知りたがる。
「1000万円くらいよ。今日びのサラリーマンとしては破格の額じゃなくって」
「平均給与の三倍くらいか。ええ額もらってんな」
「もう黙ってて!リヒトパンチをおみまいして!」
リヒトがパンチを打つ格好をすると、
「分かった、分かった。痛いのは勘弁だよ」
車は一旦秘密基地へと戻ってきた。
「牢屋へその男を閉じ込めときな」
「イー!」
そう言うとキャルはシャワーを浴びにすたすたと消えていった。
「ねー、何の話をしてたのー?」
「坊やには分からない話だよ。そうさなあ、この社会をどうするかって話さ。この社会には右派と左派という考え方があって、右派、つまりここ西日本は右派、東日本は左派が統治しているって話さ」
「余計分かんないや」
そう言うと、菅谷は牢屋へ連れていかれた。
「ねーキャル」
リヒトが今日活躍したごほうびのすき焼きを食べながら一緒に食事をとっている。
「なによリヒト」
「あのおじさん何か悪いことしたの。なんで牢屋に入れられるの」
「難しい話になるけれど、あのおじさんは悪い事は何もしてないわ。でも思想がクリーンライトに合わないの」
「しそうってなに?」
「物事の考え方の違いのことよ。あのおじさんは東日本の考え方に毒されていた。だから連行したの。心配ないわよ。取り調べか終わったら直ぐに東日本に釈放するから」
「うはがどうのさはがどうの言ってたけど意味が分からなかったよ」
キャルは豚カツ定食にフォークをぶっさしながら
「もう!言わなくてもいいこと言うんだから」
「詳しく聞きたいよう」
「あなたは私の言うことを聞いていればいいの」
「いやだよ、いやだよー。僕もちゃんと分かった上で戦いたいよぅ」
仰向けになってじたばたしだした。それを諦め顔で見つめるキャル。
「しょうがないわねー。じゃあ少しだけね」
キャルは紅茶を飲み干すとキリッと片眉をあげた。
「左派や右派という言葉は、政治的な用法では、左派は労働者への支援を主張し、右派による上流階級の利益への支援を批判する。他方、右派は経済的な自由主義への支持を主張し、左派による集産主義への支援を批判する……理解できた?」
「全く分かんない……もういいやキャルの言うことだけ聞いていればいいんだろ。ぷんぷん」
「あなたがそうして美味しいお肉を食べられていられるのもね、資本主義のおかげなのよ。間違っても社会主義に傾倒しては駄目よ、分かった?」
「はーい!」
キャルの言葉にリヒトは思考を停止した。
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