約束
次の日から川城は、米の運搬の車列に加わり、生き生きと働き始めた。
キャルが出発する川城に声をかける。
「頑張って!」
手を振ると向こうも手を振って返す。
日当三万円。車の維持費込みで。これで充分食っていけるそうだ。
秘密基地から米を積んだ倉庫までは車でおよそ一時間だ。川城は気分よくトレーラーを運転している。
食料庫についた。荷物は軍隊蟻がフォークリフトで積んでいる。20t車だ。時間がかかる。飲み物を買いに自販機にいき、コーヒーを運転席に運び込む。
朝刊を見ながら優雅なひとときを楽しむ。1面には、クリーンライトが起こした事件がでかでかと載っている。
その中に気になる記事を見つけた。死体を蘇生する原理を編み出した女性研究者が行方不明だと書いてある。川城はキャルのことだとピンときた。死体と生きた昆虫を融合し、その昆虫の生命力で死んだものを蘇らせるということだった。
「おかしな子だ」
川城は安物の電気タバコを吸い、一息ついた。
三日ほど前――
大阪府警察の警備課課長佐藤に悪い知らせが届いた。死亡11名、負傷者36名 。相手の兵士は無傷だというのだ。佐藤は怒り心頭に達している。
「遂に人を殺しやがった」
死体安置所にぞくぞくと運ばれてくる変わり果てたかつての部下たちを見て涙する佐藤。
「お前たちの仇はきっとこの俺がとってやる」
再度涙に濡れながらそう誓うのであった。
「レーザーガンを自衛隊から貸してもらう許可を出していただきたいのですが」
「レーザーガン?なんのために」
上司である本部長が怪訝な顔をして問いただす。
「敵はどうやら人間ではないらしく拳銃の玉などものともせずに向かってくるらしいんです」
「機関銃でもダメなのか」
「一発一発は拳銃と同程度の威力なのでおそらく無用の長物かと」
「ふーん、そんなもんかね」
本部長は、安物の電気タバコをふかした。
「よしわかった上の者にかけあってみよう。このまま負けっぱなしでは警察の威信に関わるからな」
本部長が立ち上がった。
リヒトはおおはしゃぎでキャルのパンティーを頭にかぶりながら逃げ回っている。洗濯所でキャルが下着類を入れてその場を立ち去るのを隠れ見て洗濯中の下着を取り出したのだ。
キャルがソファーでくつろいでいるとパンティーを頭にかぶったリヒトを見つけた次第。
「待ちなさい!動くと痛い目にあわせるわよ」
「いやーだよ。このパンティーはもう僕の物さ」
駆け回るリヒトに追うキャル。しかし相手はスタミナが違う改造少年だ。日頃の運動不足も合わさってキャルはすぐ青息吐息になってその場にへたり込む。
ぷいーん
「大丈夫?」
リヒトから肩を叩かれる。そしてまた追いかけっこの繰り返し。
そのうち仕事から戻ってきた川城が座りこけているキャルを発見する。
「どうしたんだい」
「いや、何でもないわ。ちょっと疲れただけ」
そこへ頭にパンティーを被ったリヒトの姿が。
一瞬で事態が飲み込めた川城は、リヒトを取っ捕まえる。
「この変態め!どうしてくれようか」
リヒトの頭からパンティーを剥ぎ取るとキャルに返し、飛び去ろうとしている上羽をつかみ頭をごつんとぶっ叩く。するとリヒトは手足を縮め仮死状態になった。
「あれ、死んだのか?」
「仮死状態になっただけよ。てんとう虫の習性で頭部にある程度の衝撃をくわえるとそうなるの。この子の唯一の弱点よ」
「それはいい事を聞いた」
川城はニヤリと笑うと、再度リヒトの顔面をぶっ叩く。
「この前のカンチョーのしかえしだ!」
もう一発、
「これはジュースの分」
もう一度
「これは爆竹の分だ!」
気が晴れたのか、リヒトの上羽に座り込む。三十秒もするとリヒトの目が覚める。
「なんか頭が痛いよう」
「いらないことをした罰よ。少しは反省しなさい」
するとリヒトは腕の関節から妙な液を川城に引っかけた。
「うわ。くせぇ!」
その隙に宙に舞うリヒト。
「ごめんなさい、これもてんとう虫の習性なの。すぐに拭くのをもってくるわ」
「いいよもう。直行で風呂に入るから」
川城が大浴場に行くと人間に戻った蟻人間たちでごった返している。 最終的には二万人も必要だとキャルは言っているが、新聞などの情報では圧倒的な強さを誇っているらしい。それを思うと三百人程度でいいのではないのか。
ソファーでゆるりとしているキャルの横に川城が座る。すでに三百人は上回っている蟻軍団を遠目にみると各々炊いた飯にイワシの缶詰を食べている。
「ねぇ。」
「ん?」
「新聞とかテレビからの情報からだと蟻軍団はもう三百人ほどでいいんじゃない?チョー強えーらしいし、養っていくのも大変だろうし」
「そうねえ、私もそれを考え中なの。何万人が相手でも負ける気がしないのよねえ」
「君たち終着点とするのはどこなの」
「悪の組織、ブラックライトの上層部の殲滅、およびその掲げる思想、社会主義に毒された国民の再教育、さらに日本全土を取り戻すと世界に打って出るわ」
キャルの握られた拳がわなわなとふるえる。
「なんだってー!世界征服するの?やめとけやめとけ。中国一国ですら征服なんてできやしないよ」
キャルは何か言いたげだったが、すぐに飲みこんだ。
「とにかくこれは私と亡き父とが交わした約束なの。私の父は世界的な社会学者だったわ。ブラックライトが世界革命を起こし、世界をその手に入れつつあった時、ブラックライトに殺害されたの。その頃から貧困層が爆発的に増え始め、現在各地にスラムに住んでいるのはご存じの通りよ。でもかろうじて西日本だけが資本主義国として残ったわ」
「約束って?」
「社会主義が国家モデルになると行き着く先は人口爆発だ。各国家間で食料をめぐって世界的規模の戦争が起きる。これを阻止せよって」
「人口爆発は起きないよ。百年前中国が証明している」
「それは一人っ子政策をしていたからでしょう」
「自然にまかせてもいいじゃない。人口爆発が起きようがどうしようが。日本は今人口が7000万人だけれどもだれも不自由してないし」
キャルは腕組みをして、顎をさすっている。
「でももう歯車はまわり始めたわ。後は前に進むしかないの」
「ドクター、こちらの米の倉庫が満杯になりました!」
「向こうの残りはどうなっているんだい」
「はっ!まだ9/10も残っていると思われます」
「さすが、圧巻の量ね。そっちは引き上げて缶詰工場に回って頂戴」
「イー!」
当座の食料は確保した。 次は大阪府庁だ。モタモタしている訳にはいかない。
キャルはリヒトと、三百人の軍団を連れて府庁の前に仁王立ちをする。
「かかれー!」
府庁の中はパニックになった。一般人なので手荒な真似をするなと言ってある。そのおかげもあってか、府知事を除いて全員が無傷で庁舎から避難した。
「さて府知事さん、この場を占拠した意味は分かっているよねぇ」
「東日本と交流を断絶せよ。そのくらいの勢いだが」
知事が苦笑する。
「あんたには西日本の首相になってもらいたいのさ。大統領は後から紹介するわ。その上で東日本と行き来できる道路を全て閉鎖し、鎖国政策をとる。そのくらいできるわよねぇ……」
「やろうと思えばできるが、さてどう転ぶかやな」
キャルは愛用のベレッタを取り出して
「やってもらわないと困るんだよ」
パンッ!
キャルは壁に穴を開けた。
そこに、ファーフォーファーフォーと機動隊が続々と登場した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます