トレーラーデート
それから二日して20銘柄のうち、19銘柄をTOBで手中に納めた。
残りは新○鉄住金のみ。買い向かうが動かない。証券会社の残高が見る間に減っていく。
しかしここまで株価が上がると小口の株主が株を手放し始める。大口が動かなければ個人投資家が頼りだ。じりっ、じりっと株価が上がっていく。
今持ち株比率は49%。あと少し。この狂乱と化した相場に終止符がうたれようとしているのを目ざとい個人投資家が売りを大量に仕掛け、今度は株価が下がり始める。
川城はここぞとばかりに買っていく。
持ち株比率が52%になった。勝負はついた。思い切り伸びをしてソファーへゴロンと倒れこんだ。
そこへキャルがコーヒーを持って現れた。キャルにしては珍しくメイクをしている。
「お疲れ様」
「これで日本経済を意のままに操ることができる。ミッションクリアだ」
川城が座り直すとコーヒーをすすり始める。
「さっ、行きましょトレーラーに乗せて!」
「いいねぇ、それじゃ行こうか」
川城はだだっぴろい駐車場から自分のトレーラーを運転してくると秘密基地内の食料庫に横付けした。キャルは座席に乗るのに四苦八苦している。川城がみかねて乗り込みかたを教えている。
ようやく助手席に乗り込めたキャル。昨日の夕方までトレーラーヘッドを掃除していたのでまるで新車のようだ。
「座席が高いだろう?」
「本当。見晴らしがいいわ!」
突き抜ける蒼天のような濃い青のトレーラーヘッド。どこか肉食動物を思わせるそのフェイス。川城は、そのトレーラーヘッドを新車で現金一括で買った。
川城は運転席に座るとエンジンをかける。トラックもすでに全部が電気自動車になっており、音が全くしなくなった方が危ないと録音したエンジン音がかかるようになっている。
車内は広々としており、運転席から、助手席までの距離が遠い。そして後ろの空間で寝ることが出来るようになっている。車内の内装も凝っており、日よけのカーテンが上にかけられており、ハンドルにはカバーがかかり操作しやすくなっている。
川城がアクセルを思い切り踏む。「ブオーン!」と巨大な生物が咆哮する。
徐々に動き出すその生物は駐車場を飛び出し一般道へ出る。
「曲がる加減が難しいのさ」
といい、左にハンドルをくるくる回す。反動でキャルは右に倒れる。
しばらく一般道を走っていると緑色の標識が。
「高速に入るよ!」
無人のゲートをくぐり、高速に合流。「ふう」と息を吐き出した川城が、キャルの方を見つめて言う。
「どう、乗り心地は」
「サイコーよ。目線が高いし。空を飛んでいる気分よ」
「だろう? 運転すること自体が楽しいんだよ」
川城は高速に入ると人が変わったようにぶっとばし始めた。
……100Km、110km、120Km……
「退けどけー!」
完全に興奮状態に入っている。
「ね、楽しいでしょう」
「……え、ええ」
口とは裏腹に全身が
しばらくジェットコースターに乗っている気分を味わうと川城も気が晴れたのか、80Kmくらいに速度を落とし、他の車輌の流れに乗る。
「本当は、こんな人生を生きたかったんだよ。キャルは今の人生に満足してる?」
ようやく人心地ついたキャルはしばし考えこむ。難関大学をトップで卒業したキャルは、最大手の医薬品メーカーに引き抜かれ入社。研究内容も興味深く、給料も破格の額だ。社内での地位も高く、これといった不満はない。
「私は不満はないけど」
「キャルは恵まれ過ぎなんだよ。俺は大学どころか高校にも行かせてもらえなかった。俺はスラムで生きていたんだ。毎日腹を空かせて毎晩のように泣いてたもんさ。夜昼もなく働いてやっと三百万円溜め込み株式相場に打って出た。水が合ってたのか三億円の儲けが出てようやく一家ともどもスラムから逃げ出し、生活も普通の家庭くらいにはなった」
川城は自動運転に切り替える。
「だから憎んでいる、この国を。しかしチャンスがあれば億の金が手に入る。だから愛してもいる。愛国心ともちょっと違うけど」
「複雑なのね」
「いつも思っていたもんさ、何兆も持っている資産家がせめて毎年百万円づつでもくばってくれりゃーこんな
キャルは考え込んでいる。しかし出た答えはありきたりなものであった。
「それこそ選挙に行くべきよ。富の再配分は政治の仕事なんだから。企業やお金持ちから税金を吸い上げ貧しい世帯に配って行く。法律でそう定めさせるの。そうすれば全てが上手く行くわ」
「それを唱えているのは共産党だろう。しかし富裕層や中間層が圧倒的多数を占めるここ西日本では受け入れられないのはいつものことさ」
川城はまたアクセルを踏みしめる。何故かイライラをほとばしらせるように。
「しかし人間は強欲なもので、自分が三億円もの大金をもつと、百万円すら惜しくなる。なぜ見ず知らずの他人に恵んでやらなくちゃいけないんだってね。俺も残酷な人間の一人なのさ」
キャルは自分の人生は自分で掴み取ったものだと信じて疑わなかった。しかし川城の告白に心が揺れる。自分もスラムに生まれていたらこんな人生を送れなかっただろうと。
「ま、身の上話はこの辺で。つまんない話だったろう。喉が乾いた。サービスエリアに寄っていこう」
大きなサービスエリアのトラック置き場に到着すると、二人ともまずはトイレに駆け込む。キャルは何年かぶりのデートで緊張していたのだ。キャルは緑茶を、川城はコーヒーをそれぞれ飲み干す。
「何か食ってく?」
「ええ、お腹すいちゃった」
二人はサービスエリアのレストランに入った。そこそこの賑わいだ。空いた席を見つけると二人ともトンカツ定食を頼んだ。
「今の子、アンドロイドだね」
「そうなの?気づかなかったわ」
「空気圧で動いているからかすかにぷしゅっ、ぷしゅって音がするんだよ」
「川城さんって何でも知ってるのね」
とろんとした目で川城を見つめるキャル。研究所の男たちは学歴が高いだけで、本当の意味で頭がいいという者はいない。しかし川城は違う。世間知にたけていて、学歴がないのに、地頭がいいのだ。
定食が運ばれてきた。楽しく談笑する二人。
キャルは思わず口にする。
「ねぇ、付き合わない」
言ってから顔が赤くなる。もじもじしていると一言、
「いいよ。あのへんちくりんなガキを近寄らせなければね」
「分かったわ、なにか手を考えとくわね」
川城が最後に残ったキャベツの千切りを頬張りながらキャルに尋ねる。
「しかし本当に警察とどんぱちやるつもりなの? 警察は見方につけてた方が何かと都合がいいと思うんだけど」
「でももう衝突しちゃったのよね。後戻りはできないわ。しかし平気よ。兵士一人で十人力の戦闘能力があるし。今続々と製造中なの」
「もし自衛隊が出てくる事になったらどうするの。相手は戦闘のプロだよ。必ず負けちゃうよ」
「絶対出てこないわ。そこは自信があるの。自衛隊は国民の味方をするはず。資本家と中間層が圧倒的なこの西日本の住民に銃を向けることはないわ。静観し続ける筈よ」
高速を降り、海に向かう。真っ赤な夕日に彩られキャルは今日一日を思い出していた。
私は恵まれて育ってきた。これは認めよう。 しかし大学受験はかなり頑張って乗りきった。それは私の努力で成し遂げたものだ。偶然と必然が去来する、私の人生……
海を見ていると、なぜか泣けてきた。どん底から這い上がり億万長者になった男が横にいる。どちらが幸せなのかは分からない。ただ今日は自分の人生を少しだけ否定された。
「帰ろうか」
「うん」
二人はまたトレーラーに乗り込んだ。
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