船出は近い
もみもみ シコシコ もみ シコシコ
スパーン! ビュルル
「や、やあ、キャル起きた?」
「そりゃ朝から乳揉まれれば誰でも起きるわ!」
キャルはあたりを見回す。
「どうやって入ったのさ」
「鍵空いてたよ」
そうだった。昨日は考え事をしていてうっかり閉め忘れていたのだ。
「ちゃんと絞った雑巾で吹いて出てよ」
研究員の白衣に着替え自室を出る。
キャルはこれまで資本主義の最後の砦として頑張ってきたつもりだ。それに誇りを持っている。しかし東日本側に捕まれば間違いなく死刑であろう。
株式の市場にはとてつもない外資が入ってきて日経平均は五万円を軽く突破した。
街は活気にあふれ百年ほど前にあった「バブル」と言われる好景気に似た様相をていしている。
皆が所得が上がっている。 人手不足でスラムの住人も一人、また一人と労働者階級に身分が上がっていく。働き手がいない世帯には生活保護も支給している。
これの何が悪いのだ。キャルは思う。資本主義の信奉者として殉職してもいいとさえ思っている。
「データは取れた?」
パソコン担当者は一度敬礼をし、キャルに報告をする。
「この二人に絞られました」
研究員は大型モニターに画像を転送する。そこには瓜二つの少女が写し出されていた。
「一人は岡山県在住の子、もう一人はここ大阪府に住む富豪の娘です。両方ともしょっぴいてきますか?」
キャルは迷っている。誘拐するなんて悪の軍団のする事ではないか。
しかし事態は刻々と進みつつある。
「わかったわ。二人とも連れて来てちょうだい」
研究員が5名づつ兵士を連れて基地から出て行った。
ラボでは相変わらず兵士の生産が行われている。三台で一日十五名が限界といったところだ。千人までまだまだ道のりは長い。
ガタン シュー ブクブクブク
ポッドの中を覗くと人間の死体が体育座りをして右に左に揺れている。
薬剤が注入され、死体が浮かび上がる。そこへ生きた軍隊蟻を一匹投下する。
蟻は死体に食いつきながら体の中に入ってゆく。
この男はどうして死んだのだろう。まだまだ新鮮な死体である。考えたくないが、殺されたんじゃあ……
マスター・クラウンの非情さを知っているキャルは下を向いて首を振った。考える必要のないことだ。キャルは暗い顔でその場を立ち去った。
その頃国際社会では通貨の統一がようやく終わりに近づいていた。ドルが基準通貨となり、1ドル=100円の固定相場になった。100円以下の単位は銭が復活し、100円=100銭と呼称されるようになった。
これで経済のほうも世界標準となり、為替が全て撤廃されることとなった。
驚いたのは世界の富豪たちである。自分たちの持っている資産が無と化したのではないかと思ったからだ。
彼らは銀行や証券会社に殺到した。これを見越して各々10万ドルづつが渡された。
証券も解約の嵐となった。これまで持ってきた株が無価値になると勘違いされたからだ。日経平均は一時一気に下がり、全銘柄がストップ安になるなど異常事態が続いた。
寄り付いたのは三ヶ日後のことである。五万円を越えていた日経平均はなんと三千円になるまで後退していた。投資は自己責任。西日本の政府は無策だった。成るようにしか成らないと経済には一切口を挟まなかった。
それでも、それまでの暮らしを格下げするのは難しい。しかし、一月何百万もするマンションから十数万程度の物件が借りられていった。
キャルはこの一連の騒動を見て、資本主義が経済の最終形態であることに疑問を思えてきた。株は直接金融、社債は銀行から借り入れる間接金融だ。両方とも銀行や、証券会社に信託されているが、このキャッシュレス時代、倒産でもされたら目も当てられない惨事が待っているのは、いうまでもない。
キャルは今、資本主義の脆さを目の当たりにしている。特に気になったのはクリーンライト名義の自社株の行方である。
まあ、値段はいい。オーナーになっているのだからそこさえ死守すれば値動きなんかは関係無い。この20銘柄を持ってどう相場を操るかである。
証券取引所が東日本に占拠されれば最初に経済的征服をしたことが無になってしまう。
キャルは兵士の控え室に向かう。朝食の時間だ。みな出された米と缶詰めを持って腹一杯飯を頬張っている。
数は今現在六百人といったところだ。二階建てのベッドや床に寝そべり皆リラックスしている様子。
「オーライ、オーライ」
新しいポッドが三機運ばれてきた。これで六機体制になった。変身のスピードも上がるだろう。
キャルは次の展開を考えている。三重県庁を抑え、名古屋、静岡を突破し、神奈川県に入り一旦様子を見る。東京都に入ると国会を乗っ取り、東京都庁を配下に治め、まずは証券取引所を復活させる。
後はおいおい兵士を三人くらいで全県庁を治めていく。
1000人揃えるのはあと二ヶ月かかる。時間の猶予がない。後の四百人はのちのち追加していくとしてキャルは行動を起こそうと思い立った。
岡山県在住の少女が連れられてきた。いかにも田舎の娘という感じで野暮ったいトレーナー姿である。
自分がなぜこんなところに誘拐されてきたのか分からない風で椅子に座って震えている。
キャルはどこに連れてきたのか分からないようにするアイマスクをはずすと少女は怯えた目をキャルに向けた。
キャルの尋問が始まった。まずは自白剤の入ったジュースを飲ませ、嘘発券機を体のあちこちに取り付ける。
キャルのなかではもう答えは出ている。しかし確認しなくてはならない。
「これから質問をするわよ。すべてノーで答えてね」
「分かりました」
キャルは最初から直球を投げた。
「あなたはこのラボにあるパソコンのマイクロHDDを盗んだわね」
「ノー」
嘘発見機はなんの反応も示さない。
もう十分だ。そこにいる誰もが思った。
「ありがとう。手荒な真似をしてごめんなさい。もう帰っていいわよ」
少女は再びアイマスクを付けられ階下に連れていかれた。
これで犯人は絞られた。もっと赤毛がきつい女だ。
しかし富豪の家の女がなぜ……理由はどうあれ問いただすしかない。キャルは別動隊の到着を待った。
そこへキャルへのコール。
「電話に出て」音声認識により電話が繋がる。
「ドクターですか。例の女ですが、なんと三日前に家出をしたとのことです。」
「なんですってー!」
「さらに調査を進めると、女の父親が三ヶ月前に過労の末、ビルから飛び降り自殺したとの事です。今のところ入手した情報は以上です」
少女はもしかして重労働に耐え兼ね自殺した父親の無念をはらそうとしているのか。資本主義に敵対してくるような気がしてならない。
しかし、たかが小娘があの設計図を手にいれて、町工場なりに頭を下げて回ったりしなければならない苦労ができるのか、無理に決まっている。
それとも巨万の富を使って秘密基地をつくり、そこで金にものを言わせて作らせているのか。
八角形の超合金でできた骨格にアルミ板、一ヵ所から中を覗き見る事ができ。時折炭酸ガスがボワンと下から死体を洗い流し、その状態は一体のパソコンで管理できるシステム…
基本構造は案外シンプルなのだ。
しかし、薬剤の精製がかなり難しい。それは料理に例えられる。同じ材料、同じメニューを作れと言われても三者三様の味になる。
そのこつはキャルの頭の中にだけしか存在しない。
風雲急を告げる。船出は近い。
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