実験

 実験は、午後一時から始まる予定だ。


 リヒトには申し訳ないが、命を失なうかもしれない過酷な実験の数々が待っている。そこでデータを取り、次の改造人間を着実に誕生させる因子を見つけるのが今日のミッションだ。


 キャルは椅子に座り机の上にあるリヒトの基本データを横見しながらペン回しを繰り返している。


 身長145cm、体重56kg。パンチ力不明、キック力不明、握力不明……


「おーい、そこのやつ。こっちに来てみ」

「はいはい、どうかされましたかドクター」

「この『不明』ってのはなんだ?私が寝る前に測定しとけっていったよなぁ」

「それがその……言いにくいんですが、身長体重は素直に測らせてくれたのですがそこから面倒になったのかぐずり始め、あの鬼ごっこが始まったんです」

「そうか、私が直々にやらないといけないわけね」

「そうしてくれると助かります」


「これから改めてリヒトの潜在能力を試す。パンチ力測定器を用意して!」


 ガラガラと音を立て、パンチ力測定器が運ばれてくる。リヒトを呼びパンチの仕方を教える。


「さあ、直にやってみて」

「はーい!」

 リヒトが真剣な顔になる。そして右ストレートを放つ。


「630kg!」

 ヘビー級のボクサーの平均値が400kgということなので、これは凄い数値である。


 次はキック力、腕より力があるので期待が高まる。


 測定器に回し蹴りをぶちこむ。1070kg。1tを超えた。物凄い数値だ。


 握力も130kgを超え研究員達をうならせる。


 次は防御力である。後ろのいかにも固そうな上羽をバットで殴ってみる。本人はあっけらかんとしたもんだ。


 次にバールでもダメ。ハンマーでもノーダメージだ。ここまでは想定通り。これからが本番だ。


 拳銃である。キャルはベレッタM-92を取りだしリヒトに背中を向けさせる。


 パン!


 弾丸は鉄のような羽の鎧にはじき飛ばされる。後ろは大丈夫だ。しかし問題は前である。


 キャルはリヒトに前を向かせ、ベレッタを構える。これでリヒトは死ぬかもしれない。その時はその時だとキャルは腹に向かって引き金を引いた!


 パンッ!


「痛てー!」

 どうやら、腹も貫通しなかったようだ。ほっとするキャル。


「リヒト、空を飛ぶんだ」


 リヒトは上羽を上げ、下羽を広げると素早く宙に舞った。部屋を一周すると、またキャルの前に降りる。


 走行スピード、スタミナ、共に問題なし。戦闘能力はピカ一だ。


「これで検査は終了だ。よく耐えたな。腹が減っただろう。食事を取りな」


 今日は豚のハムが3kg与えられた。リヒトは夢中になってガツガツ食べている。


 食事が終わり手持ちぶさたになっていると、キャルが研究日誌を取るため後ろの資料棚を探っているではないか。リヒトは嬉々としてキャルのおしりに顔を埋めクンクン匂いをかいでいる。


「このど変態が!」

 キャルは振り向き様に回し蹴りを喰らわす。リヒトはニ、三度転がり気を失い、手足を縮めて動かなくなった。


「ああそうだ、忘れてた」


 てんとう虫はある程度の衝撃を受けると、手足を縮めて仮死状態になるのだ。死んだ振りをして天敵をやり過ごすのである。それほどキャルの回し蹴りが効いたということか。


 しかし戦闘中にこのような状態になるのは非常にまずい。頭部を蹴ったのが原因だったようだ。これが唯一の弱点か……キャルは肩を落とす。




 なんにしろあの薬剤の調整方法で成功を勝ち取った。この事実はでかい。後はリヒトの部下になる個体を十体ほど製造せねば。


 紅茶を飲み一息つく。仕事の疲れが癒される。


 キャルはリヒトの部下に蟻の集団を選んだ。それも軍隊蟻を。上司に絶対服従の性質をもっている。加えて力も強く手駒には最適な部下になるだろう。


 まず新鮮な死体と蟻をポッドに入れる。蓋を閉じ特殊な薬剤を注入していく。そこに高圧電流を数回流し込む。青白い光がポッドから放たれる。そして薬剤を抜き、ポッドの蓋を開けると裸の男がポッドから這い出てきた。


 男はしばらく床にぺたんと座っていたが、やがてキャルを見つけ近づいてくる。


「お、俺はいったい……」

 それ以上言葉が続かなかった。リヒトと同じく生前の記憶は無くなっているようだった。


「あんたは生まれ変わったの。これからはリヒト様の下僕しもべとして働くのよ」

「リヒト様の下僕……」


 キャルは耳の後ろのボタンを押した。

「うおー!」

 男が叫ぶ。体中の筋肉が太く大きくなり、骨が変形しバキバキと音をたてている。全身の皮膚がささくれ立ち黒く変色していく。皮膚が剥がれ落ちるとつるんとした漆黒の肌があらわになる。


 のどが変化したのか何か言おうとしても「イー」としか言えない。所詮リヒトの下僕なのだ。




 十人が揃った。イーイーイーと結構うるさい。

「お黙りなさい!」

 キャルがピシャリと釘を指す。

「これを着なさい」

 用意されたのは黒い全身タイツだ。陰部がもろだしだったからである。顔には目だし帽をかぶされた。かなり恥ずかしい格好を強要されているのは本人たちにも理解ができる。


 そこへリヒトの登場だ。

「これからお前たちはここにいるリヒト様の下僕として生きていくのよ。忠義を尽くさないものには食事を与えない。分かったわね」

「「イー!!」」

 全員右手を斜め前に出し敬礼する。


 ――これですりこみはバッチリね


 キャルは安堵した。蟻の選択は上手くいったようだ。


「このおじさん達が僕の家来なの?」

「そうよリヒト。好きなように使っていいのよ」

「使い方がよくわかんないや」

 キャルは人差し指をちょいちょいとした。

「私達の究極の目的はただひとつ。ブラックライトの上層部の殲滅よ。それにはまず食料庫を押さえてゆくの。そのうち使いどころが分かってくるわ。あんたはもう不死身よ。何も恐れることはないわ。私の指示に従っていればいいのよ。そうねぇ、中庭に出て少しお話しをしましょうか」




 二人は中庭の公園に出て一緒のベンチに座った。リヒトは一人でワクワクしている。二人っきりでおしゃべりなんて、もうもらったようなものだ。最低でもおっぱいを揉むくらいは許してくれるだろう。


 しかしキャルは腕を組んで胸をガードしている。リヒトはその下から手を滑り込もうとしたが「させるか!」とキャルに頬をぶったたかれた。


「さあ、リヒト。ふざけないで真面目に聞いて。これから昔話をするから」

 キャルは、長い髪を右手でかきあげた。


「この話は百年以上も前のことよ。全世界が超格差社会に生まれ変わり階級社会になってしまったの。その社会では貧しいものは更に貧しく富めるものは更に富み、貧しい家庭に生まれ育ったものは大学に進学する事すらかなわず正社員と非正規社員の格差は大きくなる一方だったのよ」

「何だかよくわかんないや」

「これからの戦いでいやというほど分かってくるわ。そんな中、人々の間に革命の種が芽生えていったの。当然の結末よね。行動を起こしたのはブラックライトと名乗り、ブルジョアの資産を凍結し全ての貧しい階級に与えていったの」

「いい話じゃないの」

「それがそうじゃないの。革命はブラックライト上層部の富を膨らませるのが究極の目的だったのよ。富と権力を手にしたブラックライトはあらゆる企業に委員を派遣し、徹底的な管理社会を構築していったわ。その勢いは全世界を席巻し、完全にブラックライトの手に落ちてないのはここ日本だけになってしまったの。日本は鎖国政策を実施し今に至るというわけよ。分かった?」

「はーい!」

「どうだか。ミッションが成功したらおっぱいでも何でも好きに揉ませてあげるから。ただし服の上からだけど」

「やったー!」

 リヒトはその場面を妄想し○起した陰部をまたいじくるのであった。


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