第15話 マンティコアと来訪者

 ハンク達がエルフの街に到着してから、2日が過ぎた。

 到着初日の魔獣捜索は、昼過ぎから始めた事もあり、街から近い場所を中心に行われた。

 日没も近づいた頃、シゼルとハッシュが捜索していた街の南西側の森で、エルフが魔獣に襲撃されたであろう痕跡を発見した。

 その場所には、人体の一部らしき脚のような物が落ちており、すぐ近くの木にべったりと血糊が残っていたのだ。血糊は乾いてしまっているが、残された脚に腐敗は見られない。未だ生々しさも残っており、かなり新しい痕跡であると思われた。だが、急いで助けに向かったとしても、この惨状では生きてはいないだろう。何より、日没も近い。これ以上この場に留まるのは危険である。

 二人はその場所を見失わない様に、木の枝に赤い紐を結びながら一直線にエルフの街へ向かって森を抜けた。

 シゼルとハッシュが森を抜けた頃には、既に日没を迎えており、二人はそのまま宿屋へと戻って、ハンクとアリアに痕跡の発見を伝えたのだった。


 次の日、シゼルとハッシュが見つけた痕跡から、さらに森の奥へ向かって、4人で捜索を進める事となった。捜索を始めて数時間後、アリアの探査魔法に人らしき反応が3つあった。

 その場所に向かうと、開けた岩場に何本かの大木が折り重なって倒れており、ちょうど大型の動物が雨風を凌げそうな大きさの隙間を形成していた。

 そして、人らしき物の反応は、その隙間の中からしていた。

 人らしき物と精霊が教えてくれるだけあって、生存は期待出来ないだろう。覚悟を決めて、アリアが少し離れた茂みから隙間の内部を窺う。

 すると、隙間の奥の方に3人のエルフが折り重なる様にして倒れているのが見えた。状況からして、ここは魔獣のねぐらでほぼ間違いないだろう。すぐにでも遺体を回収し弔ってやりたいが、今ねぐらを荒らしてしまっては、警戒した魔獣がこのねぐらに戻ってくることは無い。そうなっては、さらに被害が拡大してしまうのだ。4人は心の中で3人の遺体に詫びつつ、少し離れた茂みで魔獣を待ち伏せした。

 結局、日没近くになっても魔獣は戻ってこなかった。捜索対象の魔獣は獅子の様な魔物だ。夜目が聞く可能性が高い。そんなものを相手に、月の光さえも届かない森の中で戦闘するのは、自殺行為に等しい。

「絶対、街へ帰らせてあげるから。待ってて」と、アリアがねぐらの方を向いて声を掛け、探査魔法で場所のマーキングと、木の精霊ドライアドに監視を依頼して、4人はその場を一旦離れたのだった。

 拠点としている宿屋に戻った4人は、魔獣が現れたらハッシュの閃光魔法で目をくらませた後、ハンクとアリア、シゼルとハッシュの二手に分かれて挟み撃ちにしようと作戦を立て、次の日に備えて早めに就寝した。


 そして、さらにその次の日である現在、ハンク達4人の前にはその魔獣がいた。


 今日も待ち伏せをするために、早朝から4人は魔獣のねぐらへと向かった。その途中でドライアドから魔獣らしき生物が戻って来たと連絡があったのだ。

 夜間に狩りを行い、休息か睡眠のために戻って来たのだろう。今なら寝こみを襲撃するチャンスである。むしろ、このチャンスを逃しては再び1日を棒に振ってしまう。4人の足取りは自然と急いだものとなった。

 しばらくして、ねぐらの前に到着した4人は、少し離れた茂みに身を隠して、魔獣――マンティコアの姿を確認した。

 マンティコアは、ねぐらにしている数本の倒木が折り重なった隙間から、退屈そうに森を眺めている。

 目の前にしてみると、衛兵の手配書にあった獅子の様な姿の魔物と言う言葉以上に、マンティコアの見た目は禍々しい。老人を思わせる白髪のたてがみ、獅子の身体にはコウモリの様な翼が生え、臀部には巨大なサソリの尾が付いていた。

「大森林には、あんなヤバそうなのが普通にいるのか?」

「そんな訳無いでしょ。マンティコアなんて、もっと奥の大蛇の尾根付近にしかいないはず。多分、アイアタルの瘴気に引き寄せられて来たのよ」

 強力な魔物の放つ瘴気は、魔獣や猛獣の類を寄せ付ける。特に魔獣は瘴気に敏感な分、引き寄せられやすい。その点、マンティコアは大森林付近で生息する魔物の中では強力な部類に入る。その所為か、ハンクの問いに答えるアリアの声に、緊張の色が混じる。

 普通、アイアタル程の強力な邪精霊であれば、すぐに討伐されると言うことはない。その為、次から次へと魔獣や配下の精霊を呼び寄せるのだが、今回は出現後すぐに討伐された。お蔭でマンティコアは目的地を見失い、たまたま翼を休めた場所が、エルフの街付近であったのだろう。

 だが、そんなわずかの間に漏れ出た瘴気を感じ取るほどの個体だ。鋭敏な感覚を持った強力な個体である事は間違いない。その事実が、アリアの表情を硬いものにした。

 

「二人とも、そんなに覗いてると見つかっちゃうじゃないのさ! 多分、上位個体だ。かなり強いはずだよ」

 茂みの隙間からマンティコアの様子を窺うハンクとアリアに、ハッシュが声を殺して注意を促した。ハッシュも、マンティコアの纏うただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。

「うん。慎重に行こう。ただでさえ、マンティコアは上級冒険者のパーティでも手こずる相手だ。作戦通り二手に分かれて、ハッシュの閃光魔法でひるませた後、全力でカタを付けよう」

 シゼルがハンク達3人に向かって、静かな声で手順の最終確認をした後、作戦開始とばかりに大きく頷く。それを見て、他の3人もそれぞれに頷き返した。

 そして、比較的軽装のハンクとアリアが、マンティコアを挟んで反対側へと回り込む。2人が反対側に回り込むのを待って、ハッシュは魔法発動のために集中を開始した。


 シゼルとハッシュの反対側に回り込んだハンクは、相変わらず気怠そうに森を眺めているマンティコアを茂みから確認しつつ、シゼルから借りた両手斧を握る力を強めた。

 アイアタルを前にした時も感じた事であるが、マンティコアの異形を目の前にしても、思ったほどの恐怖感は無い。むしろ、今の状況は奥村桐矢だった頃にネットゲームで狩りをしていたのと似ており、懐かしさと共に心が昂ぶるのを感じた。

(転生して1週間と経ってないのに、元の世界が大分昔に感じるもんだな……)

 ふと、そんな事を思っていると、マンティコアの眼前で強烈な光が弾けるのが見えた。ハッシュの閃光魔法である。

 突然の閃光にマンティコアが立ち上がり、警戒の唸り声を上げた。

 そして、目が眩んで激しく首を振るマンティコアへ、ハンク、シゼル、アリアがそれぞれ武器を構えて駆けだした。しかし、マンティコアもる者である。なんといっても、強力な上位個体なのだ。

 閃光魔法発動の際の魔力を感知し、魔法を唱えたハッシュへ向かって火球を放つべく、口に炎を溜める。

 それを見て、ハンクが走りながらハッシュに向かって、《アイギス!》と短くコールし、盾魔法をハッシュの正面に展開する。

 同時に、アリアが『風の精霊シルフ達! 加速する刃となって!』と精霊語で叫んで、足を止めて矢を2連射した。

 アリアの弓から放たれた矢が、やじりに真空の刃を纏い、鋭く渦を巻く気流に乗って一気に加速する。それらは銃弾のような速度でマンティコアへと襲い掛かり、頬と肩口に矢羽の所まで深々と突き刺さった。

 たまらずマンティコアは仰け反り、口に溜めた炎が消失する。

 そこへ、両手斧を構えて突っ込んできたハンクが、マンティコアの首目掛けて力任せに両手斧を振り降ろすと、やけにあっさりした手応えと共に、マンティコアの首と胴が両断された。


「首を一撃とは、恐れ入ったな」

 首を刎ねられて尚、近寄る物に向かって激しく動く尻尾を片手剣で打ち払ってから切断して、シゼルが感嘆の声を上げた。

 マンティコアの尾先には毒針がある。しかも上位個体だ。もし、それに刺されようものなら、死は免れない程強力であっただろう。動きを止めるまで油断はならないのだ。そして、その不規則に動く尻尾を的確に打ち払い、一瞬の内に切断したシゼルの剣技は、まさに達人の域であった。

 とはいえ、いかに隙があろうと、上位個体の首をいとも容易く切断する事など、普通の腕力では有り得ない事である。当然、通常個体より防御力は数段上なのだ。

「ホント。キミの体のどこにそんな馬鹿力があるのよ」

「はは……それより、衛兵を呼んできて、遺体の回収とマンティコアの討伐報告しないとな」

 訝しむアリアを尻目に、ハンクは《アイギス》を展開したハッシュの方へと歩いて行ったのだった。


 その後、ハンク達4人は衛兵詰所まで赴き、犠牲になったエルフの回収依頼と、討伐した魔獣がマンティコアの上位個体であったことを報告した。

 衛兵隊長のマレインはひどく驚いて、やたらと狼狽していたが、アリアが無傷と知ると途端に静かになった。なぜそこまで狼狽するのか、ハンク、シゼル、ハッシュには見当もつかなかったが、討伐した魔獣がマンティコアだったため、密偵捕縛の証明書と共に、追加の報酬も王宮に頼んでおくと言われ、あっという間にその疑問はどこかへ行ってしまったのである。

 その後、4人は報酬の金貨5枚を受け取り、意気揚々と宿屋へと戻ってきたのだった。

「マンティコア討伐にかんぱーい!」

 そして、気が付くとハッシュがエール片手に乾杯の音頭を取っていた。アリアと、シゼルもそれぞれにエールを飲んでいる。

「あれ? ハッシュ。年齢的にマズいんじゃあ……?」

 目の前の光景に、「お酒は20歳になってから!」などと言う、既に無用となった元の世界の常識がハンクの邪魔をする。

「何言ってんのさ! 僕はこう見えても17歳。これくらいへーきにきまってるだろ!」

「キミ、エール飲まないの? まさか、私にまで年齢の事言うつもり?」

「平気って……2人とも、既に酔っぱらってるじゃねぇかよ……」

 やたらとテンションが上がった2人に気圧されながら、「異世界でも酒は一緒だな…………てか、ハッシュ童顔過ぎるだろ……どう見ても15歳位じゃねえか……」と、ハンクは心の中で独りごちる。

 そして、ハンクの前にも木製のジョッキにエールが注がれていた。

 冷静に考えたら、自分の見た目も15、6歳くらいなのだ。ハッシュの事をどうこう言えた義理ではない。それに、どこまで本当かは判らないが、元の世界でも中世では硬度や安全性、経済性等の都合から、水よりも2搾目3搾目のワインや、アルコール度数の低いエールが子供にも飲まれていたと聞く。

「ホント、気にしたってしょうがないよな、そんな事」

 ボソリと呟いて、自分もエールを飲もうかと木製のジョッキに手を伸ばしたその時、後ろから聞き慣れない少女の声が聞こえた。


「皆さん、お楽しみの所、お邪魔します。この度のマンティコア討伐、ありがとうございました。この街の預言者としてお礼申し上げます。初めまして、私はイーリス=リートフェルトと言います」

 預言者、しかもファミリーネームはリートフェルト。あまりに突然の内容に、ハンク、シゼル、ハッシュが一斉にその声の主を振り返る。そこには、青味がかった銀髪を長く伸ばした、15歳位の碧眼の少女が、衛兵隊長マレインと共に笑顔で4人を見ていた。

 そして、ただ一人アリアは、首からギギギと異音が聞こえそうなほどの硬さで、イーリスと名乗った少女の方を向く。


「姉さん、久しぶり…………7年も連絡しないで、何処で何やってたのよ!」

 そこには笑顔のまま、こめかみに怒りの青筋を浮かせた可憐な少女の姿があった。

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