第14話 預言者イーリス

 エルフの街の中央にある王城。それは、唯一この森で木々の高さを超える事が許された建造物だ。

 木造である事を感じさせない外観は、城と言うよりカテドラルの様な姿をしている。

 その謁見の間に、王国衛兵隊長マレインより、リガルド帝国の密偵と思しき男を捕えたとの報告がもたらされた。マレインの報告によると、その帝国密偵の目的はハイエルフの誘拐。

 ハイエルフとは即ち、王族、貴族の事を指す。当然、誘拐などと言う野蛮な行為は、断じて許すことは出来ない。もしそれが真実であるならば、密偵は極刑である。


 謁見の間、最奥の玉座の上でエルフの王アルヴィス・ルドルフ=エントは、怒りに顔を紅潮させて、縛り上げられた帝国密偵を睨みつけた。壮年のエルフ王は、金髪碧眼で髪を後ろに流しており、エルフ特有のすらりとした体格ながらも、見る者に威厳を感じさせる気品を纏っていた。

 彼の視線の先では、王国衛兵隊長マレインとその副官が、帝国密偵の両脇をそれぞれ抱えている。

「マレインよ。其奴の尋問はどうなっている?」

 努めて冷静に、エルフ王アルヴィスがマレインに問いかけた。彼等は数人の部隊で潜入を目論んでいたとの報告も受けている。1人は死亡、もう一人は傷を負い逃亡中だが、それがすべての人数とは限らないのである。ハイエルフが誘拐されてからでは遅いのだ。対策を講じるためにも、速やかに情報を引き出さなければならない。

「は。捕縛した者の話によりますと、捕縛前、帝国密偵達は仮面を着けていたそうです。素顔を晒したからには、猿ぐつわを外すと、舌を噛んで自害する恐れがあると忠告を受けております。その為、尋問の手段を未だ思案中に御座います」

「自害か……厄介だが、その可能性は大いにあるな。ところで、捕縛したのは何者なのだ?」

「アリア=リートフェルト様に御座います。なんでも、ドルカスの街で、ハイエルフ誘拐阻止の依頼を受けたと仰っておられました」

 マレインがアリアの名前を出すと、エルフ王アルヴィスの眉がピクリと反応する。

「依頼に関しては、私と預言者も承知している件だ。心配は無い」

 王と預言者と言う、政治の中枢にいる者が揃って承知している。その事は誘拐阻止の依頼が、なにか意図を持って他国で出されたと言うことだ。それは、王国衛兵隊長であるマレインに、これ以上の詮索はするなと言外の圧力を与えた。

 そして、エルフ王アルヴィスは自らの傍らに控える、青味がかった銀髪を長く伸ばした、15歳位の碧眼の少女に顔を向けた。

 彼女は、運命の女神ノルンが選んだ依代であり、その女神達の神の力を借りて、過去・現在・未来を見通す力を得た者である。畏敬の念を込めて、エルフ達はその依代を預言者と呼ぶのだ。


「預言者イーリスよ。ノルンの女神達が神託を下した通り、依頼書に沿って冒険者は密偵を連れて現れた。かの女神達はその先について何か語ってはおらぬか?」

「はい、陛下。ノルンの女神達は、その冒険者達が巨大な渦の中心になると仰っておられました。そして、この日が来たら、御名を呼ぶよう女神ウルド様より仰せ付かっております」

 イーリスと呼ばれた少女は、片膝を付いて伏し目がちに答えた。

「陛下、尋問でその密偵から情報を得るのは不可能でしょう。御名を呼べと言って頂いた女神ウルド様にお願いして、私が彼の過去を視てみます」

 片膝は付いたままに、イーリスはエルフ王アルヴィスを真っ直ぐに見つめた。女神ウルドとは、運命の女神ノルンの長女であり、過去を司っている。

「是非とも頼む。被害者が出る前に、此奴等の人数と狙いを知りたい」

「畏まりました」

 一言そう答えると、イーリスは立ち上がって密偵の前まで移動する。

 イーリスの「過去を視る」という言葉に密偵が異常な程反応し、身を捩って拘束から抜けようとするが、両脇を固めるマレインと副官に、力で床へ押し付けられる。そして、尚も身じろぎを続ける密偵へと向かって、イーリスは右手をかざした。

「ウルド様、力をお貸しください」

 その刹那、イーリスの右手は淡く光を帯び、密偵の過去が映像となって彼女の脳内へと押し寄せた。


 しばらくして、ほうっとため息をついてから、イーリスは右手を下ろした。

 先ほど映像として見た密偵の記憶を整理する。普段、女神ウルドが見せる過去は、知りたい情景を短い映像で見せてくれる程度なのだ。しかし、今回に限っては相当な長さの映像であった。そして、その内容はイーリスにとって、驚くべき事ばかりであった。


 まず一つ目に、死亡した密偵の少女はハイエルフに育てられ、精霊語の手ほどきを受けていた。帝国密偵はその彼女を伴って、精霊語の手ほどきをするためのハイエルフをさらに増やすべく、リガルド帝国宰相の命を受けて、密偵部隊4人でこの大森林へ潜入していたのだ。

 4人と言う人数から、手傷を負った一人と、あともう一人が野放しになっていると言うことが分かった。そして、重要なのは、精霊語を教えたハイエルフである。それは、今回、彼らの作戦が行われる何年も前に、既にハイエルフが誘拐されていたと言うことに他ならないのだ。

 イーリスの記憶では、ハイエルフが失踪した事件と言えば一つしかない。それは彼女の師である、先代預言者サラの事だ。もし、そのハイエルフがサラで一致するなら、彼女は帝国に居る。そして、理由は分らないが帝国に協力していると言うことになる。


 二つ目は、先日、大森林の半分を蓋った常識外れの探査魔法を使ったのは、アリアであろうと言う事である。

 巨大な精霊魔法の反応に、密偵が2人で確認に向かった先で、アリア達4人に遭遇していたのだ。残りの3人はヒューマンで、精霊魔法が使えるとは思えない。先日の巨大な魔力は、このエルフの街でも感知出来るほど強い物だった。アリアとは、幼い頃から先代預言者の下で共に師事していた為、彼女の事は熟知している。だが、これほどの魔力を持っていたなどと言う話は聞いたことが無い。何より、あの様な出鱈目な探査魔法の使い方は自殺行為も甚だしい。彼女がそれを知らないはずは無いのだ。一体、何があったと言うのだろうか。とはいえ、本当に無事で良かった――あの人はいつも無茶ばかりして私を心配させる。


 さらに、恐るべきは三つ目。邪精霊アイアタルの出現と、それを一瞬で消滅させた光の柱である。もちろん、その光の柱もエルフの街で観測され、有り得ない巨大な魔力放出に、城内は一時騒然となったほどだ。そして、その光の柱を顕現させたのは、アリアと一緒に居たヒューマンの少年のようだった。

 映像を頭の中で整理して、イーリスはエルフ王アルヴィスに向き直る。

『陛下。驚くべきことばかりでした。人払いを願えますか?』

 イーリスは精霊語でエルフ王に言葉を発した。基本的に、預言者が視た内容は精霊語で語られ、王にのみ明かされるのだ。

 謁見の間に控えていた他の臣下達が退出して、人気が無くなったのを確認してから、イーリスは自身が視た内容をエルフ王アルヴィスに語った。

 

『……何という事だ』

 エルフ王アルヴィスとイーリスの二人だけとなった謁見の間で、彼女が語った内容にエルフ王アルヴィスは深い歎息を漏らした。

 預言者の継承は、先代の死によって行われる。行方が分からないとはいえ、預言者の継承が発生したのだから、先代預言者サラは死んだものだとばかり思っていた。だが、帝国領内に居るハイエルフが、サラであると決めつけるのは早計だ。

 他のハイエルフ達から申し出が無いだけで、どこかで元気にやっていると思っていた家族が囚われた可能性もある。慎重に調査しなければならないだろう。場所は帝国領内、しかも帝都中心部の可能性が高い。おいそれと目立つエルフなどを送り込んでは、戦争の口実を与えるようなものだ。

 そして、つい先日観測された、数度の有り得ない巨大な魔力。500年前に消滅したはずの邪精霊アイアタルが再び現れ、しかもそれを一瞬の内に消滅させるなど、最早それは人のなせる業では無い。それらは、帝国密偵を捕えた、4人の冒険者が関係しているのだと言う。

 その中の一人はハイエルフのアリア。まさに「どこかで元気にやっている」の典型だ。しかも、同行しているヒューマンの少年が、あの光の柱を出現させた張本人とあっては、放置しておくことなど出来ない。

 こちらも、脅威となる前に接触しておいた方がいいだろう。そうなると、適任者はイーリスを置いて他に無い。

 玉座に深く腰掛け、しばし瞑目していたエルフ王アルヴィスはおもむろに目を開いて、イーリスと目を合わせた。


『先代預言者については、エルフ以外で信用に足るものを帝国に潜り込ませるしか、今の所思いつかぬ。そして、アリアとその同行者が我が街とエルフにとって脅威となるか見極めるのは、イーリス。そなたに頼みたい』

『はい。お任せください。7年連絡も無しにほっつき歩いてたあの人に、言ってやりたい事が山ほどあるんです』

 余程堪りかねたものがあるのだろう。見た目15歳位のイーリスが、年相応に頬を膨らませる。

 謁見の間は公式の場だ。他の重臣がいる時に、この様な表情を王に向けるなどあってはならないが、今はアルヴィスとイーリス以外に他の者はいない。つい出てしまったのだろう。

『はは……イーリスは幼い頃よりアリアといつも一緒に居たな。久しぶりの再会だ、好きなだけ言ってやるといい。私が許そう』

『ありがとうございます。どれだけ心配かけたと思ってるのか、あの人――姉さんにビシッと言ってやりますね』

 そう言ってイーリスは破顔し、アルヴィスに一礼した後、謁見の間より退出した。

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