第13話 ハイエルフのアリアとイッパンジンのハンク

 ハンク達がエルフの街の街門前に到着すると、入出管理をしている門番の衛兵の前には、20人ほどの行列が出来ていた。ハンク達も、そのまま進んで列の最後尾へと並ぶ。

 いざ街門前まで近づいてみると、周りの木々と同じ高さの岩壁は、より一層圧力を増して見えた。継ぎ目のない1枚岩で出来た壁が、今にも倒れ掛かってくるのではないかと言う錯覚に陥りそうになる。

「すごいな……。これも精霊の力なのか?」

「そうよ。昔は無かったんだけど、外部と交流を始めるって王様が決めた時に、何十人もの精霊使いが、交代で土の精霊ノームに魔力を注いで作り上げたの」

 壁を見上げながら感嘆するハンクに、アリアが微笑みながら答えた。

「ふうん。アリアが知ってるってことは、出来たのはそんなに昔じゃないんだな」

 アリアが長命なハイエルフだと言うことを、すっかり失念したハンクが、うっかり口を滑らせる。

「そうね。30年くらいかしら」

 アリアはしれっと答えて、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべてハンクを見上げた。

「さんっ……俺の……。ははは……」

 危うく、「俺の歳と、ほとんど一緒かよ」と続けそうになり、慌てて中途半端な笑いでハンクはそれを誤魔化した。転生前は29歳で命を落としたが、今はどう見ても15,6歳にしか見えないのだ。そんなことは間違っても言えない。

「なんて言おうとしたのよ? 俺の?」

「ほら、俺の……、なんていうか、まあ……」 

 何を言おうとしたか追及するアリアに、ハンクがしどろもどろになっていると、シゼルが助け舟を出した。

「次俺たちの番だぞ。お喋りはおしまいだ」

「残念。私の出番ね」

(ナイス! シゼル)と、ハンクが胸を撫で下ろしていると、門番の衛兵の前に進み出るアリアと目が合い、言葉通り残念そうな眼差しを返された。

(まったく、油断も隙も無いな……)

 衛兵と手続きを始めたアリアを見ながら、ハンクは心の中で小さなため息をついた。

 その間にも、アリアは慣れた様子でエルフの衛兵と話を進め、左手の袖を軽くまくってマナクルタグをあらわにする。太陽の光を受けてそれは、金色に輝いており、彼女が上級冒険者である事を示していた。

「アリア=リートフェルト、上級冒険者。ハイエルフよ。通してもらうわね。同行者は後ろの3人。あと、帝国の密偵を確保したわ。警吏に渡したいから連れて行く許可を衛兵隊長に取らせてもらっていい?」

「ハッ! 了解しました」

 突然、衛兵の姿勢と顔つきが変わり、エルフ式敬礼の態勢になった。

 それもそのはず、ハイエルフとは王族、もしくは貴族の事なのだ。衛兵と言えど平民の彼が、ハイエルフのアリア相手に失礼な態度をとれるはずがない。

 そんな衛兵に、シゼルとハッシュも続けてマナクルタグを見せる。

「シゼル=ランドルフ、上級冒険者。ヒューマンだ」

「ハッシュ=ルポタ、中級冒険者。ヒューマンです」

 そして、ハンクの番となった。

「ハンク。一般人だ。肩のこれは捕まえた密偵だから、一緒に連れてかせてもらうぞ」

 前の3人に倣って、ハンクも名前を伝えてから衛兵の前を通り過ぎようとする。しかし、衛兵が電光石火の勢いでハンクの前に槍を斜めにかざした。

「まて! 小僧。イッパンジンとはなんだ。それに、身分を証明するものを見せてみろ」

「え?」

 自然に通過したつもりが、どこに問題があったのだろう? 内心、完璧だと思っていた分、衛兵に待ったを食らってハンクは一瞬呆然となった。どうするべきか考えながら、アリア達3人と目が合う。

(((――なに止められてる のよ!)んだ!)のさ!)

 一斉に心の声が聞こえた気がした。

「え? ええええ!」と、思わず情けない声を上げてハンクは3人を見返した。

「コホンッ。ごめんなさい。彼はまだ見習いなの。彼の身元はアリア=リートフェルトが保証します」

「ハッ。失礼しました。では、皆さんを衛兵詰所まで御案内します」

 アリアの一言で、まるで何事も無かったかのように衛兵は槍を引き、そのまま詰所へと案内するその姿に、なにか釈然としないまま、ハンクはアリア達の後を追おうとして、はたとある事に気が付く。

(――あそこは一般人じゃなくて平民か! 何やってんだ俺……)

 自信満々に答えただけに、顔から火が出るほど恥ずかしいとは、まさにこの事であった。


 その後、街門の裏手にある衛兵の詰所に案内された4人は、隊長らしき男と2人の補佐官が待つ部屋へと通された。衛兵隊長は、短めの茶色い髪を後ろに流した精悍なエルフであった。そして、事前の打ち合わせ通り、アリアが隊長に話しかける。

「お仕事ご苦労様。アリア=リートフェルトと言います」 

 すると、衛兵隊長たちは急いで席から立ち上がり、アリアの前に片膝をついた。リートフェルトと言うファミリーネームで、アリアがどういった身分か察しがついたのだろう。

「衛兵隊長を務めております、マレインと申します。後ろの二人は副官に御座います。本日はどの様な御用件でしょうか?」

「ハイエルフ誘拐を企んでいた帝国密偵を、大森林で確保したわ。誘拐って言うくらいだから、警吏に引き渡そうと思うのだけど、警吏詰所まで密偵を連れて街に入る許可が欲しくて寄らせてもらったわ」

 どう見ても年上の男3人を相手に、堂々と話すアリアを見て、ハンクは呆然とその光景を眺めているばかりであった。

「流石リートフェルト家のご息女に在らせられます。そういった事で御座いましたら、その密偵はこちらで警吏の方まで運ばせましょう」

「ありがとう。マレインさん。ただ、依頼はドルカスで受けたから、そちらで証明書を出して貰えるよう警吏に頼んでくれませんか? それと、探査魔法の結果、この街から2日くらい東へ行った所に、彼達が潜んでいた場所があると思います。しかも、彼等は何人かの部隊で大森林に潜入してるらしいわ。私たちは現状3人の密偵を確認したけど、1人は死亡、もう1人は手傷を負わせたものの、帝国側へ逃亡したかもしれません」

 アリアはさらりと賞賛を受け流して、必要な事と現状分っていることをマレインに伝えると、流石に彼も言葉を失った。

 彼は事の重大さを悟ったのだろう。一瞬、頭を抱えるようなしぐさをする。

「失礼ながら、何故そのような依頼が、国外の、しかも冒険者ギルドから出されていたのか不思議でなりません。ハイエルフといえば、王族、貴族と言った国の要人です。管轄外ですので、その様な案件を警吏が扱えはしないでしょう。……これが真実であれば、事件どころか国際問題ではないですか」

「……そうですね。マレインさんの言う通りです。ですが、依頼がドルカスで出ていた理由は私たちも分らないの。ただ、ドルカスに連れ行くのは物理的に不可能な事と、我がエルフを狙った犯罪行為に報いを受けさせるべく、ここまで連れてきました」

 硬い表情で喋るマレインを真っ直ぐ見つめて、アリアが言葉を返す。

「ふむ……。それでは、この密偵は王宮の牢獄へ連れて行きましょう。そちらで証明書も出してもらうよう手配いたします。それで、申し訳ないのですが三日程お待ちいただけないでしょうか?」

「もちろん」

「では、密偵を預からせてもらいます」

 マレインが言い終わるのと同時に、副官二人が密偵を引き取ろうとハンクの傍へ来た。

「よろしくたのむよ」と、一言発しながらハンクは密偵を副官に渡した。

 密偵を受け取った彼らは、密偵をゆっくりと床に寝かせて状態を確認する。

「ん?ほとんど息をしていませんが、もしや死んでいないでしょうか?」

「ああ、俺の魔法で仮死状態なんだ。いま解除してやるよ。《起きろ》」

 ハンクの魔法解除のコールと共に、密偵がパチッと目を開けて、おもむに周囲を確認する。野営の時の様に突然暴れ出すと言うことは無かったが、油断なく周りを観察しているようであった。

「本当に、仮死状態なのか……。驚くべき魔法ですね」

 副官の一人が目を見開いてハンクを見上げる。「まあな」と、どこかこそばゆい様な顔をして一言答えた後、ハンクは彼等から離れた。

「よろしくお願いしますね。3日後証明書を受け取りに来ます」

 密偵の受け渡しが完了したのを確認して、アリアがマレインに軽く会釈しながらそう言うと、「ハッ。お任せください」と彼はエルフ式の敬礼を取って答えたのだった。


 衛兵詰所を後にしたハンク達4人は、街門から王宮まで一直線に伸びる大通りを歩いていた。数日前まで、アリア達3人がこの町で拠点にしていた宿屋へ向かう為である。

 馬車2台が並んで通れるであろう道幅の大通りは、地面が剥きだしになっており、舗装はされていない。

 だが、その大通りから外れると、まるで線を引いたかのように、その先の地面は下草に覆われ、まばらに生えた木の間を縫うように木造の平屋が並んでいる。さらに、それらが無数に集まって、このエルフの街と言う都市国家を形成しているのだ。

 そして、街の中央にはカテドラルを思わせるような造りの王宮があり、それ以外の建造物は貴族の屋敷と言えど、森の木々の高さを超えることは無く、街全体が自然と融合しているのであった。

「ところで、エルフの街ってみんな言ってるけど、この街には名前が無いのか?」

 のんびり街並みを眺めているアリアに、ハンクが怪訝な顔で尋ねた。

「そうじゃないわ。大森林もこの街も精霊王の持ち物なのよ。だから、本当は両方に彼の名前が付けられてるわ。でも、王以外のエルフはその名を呼ぶことを禁じられてる。そうなると、誰もが街としか言わないから、エルフの街ってみんなに言われるのよ」

「「「そうなんだ~」」」

 ハンク、シゼル、ハッシュの声が奇麗にハモった。思わず3人が顔を見合わせる。

「いや、最初に聞きそびれたら、なんか聞けなくなっちゃうことってあるじゃないのさ!」

 何故か必死に弁明するハッシュにシゼルは頷き、ハンクは苦笑いを返した。

「3人とも何やってるのよ……。宿屋、着いたわよ。ここからはいつも通りシゼルに任せるわ」

 呆れながら言うアリアに、「ああ。任せてくれ」とシゼルが答えて、シゼルを先頭に4人は宿屋に入っていった。


「ごめん。俺、金持ってないわ……」

 宿屋に入って、ハンクの第一声がそれであった。

 すっかり失念していたが、そもそもこの世界の通貨を持ち合わせていない。

「ん? 俺とハッシュの2人部屋で雑魚寝してればいい。3日位の事だろう? そうなるだろうと思ってたから、気にしなくていいぞ」

 そう言ってシゼルは取り合わなかったが、流石にハンクも気が引ける。宿代は1泊夕食付で銀貨2枚。何度かシゼルと押し問答の末、この3日間で何か依頼をこなして、その報酬で返すと言う方向で話がまとまった。

 とはいえ、このエルフの街に正式な冒険者ギルド支部は無い。

 エルフ達はそもそも外部に対してあまり開放的ではなく、ほんの30年ほど前まで、エルフ以外の種族が街へ立ち入る事は禁じられていたのだ。それでも、このような宿屋があってヒューマンの3人が街を歩けるのは、その30年前にエルフのために尽力した、とある冒険者の功績なのである。

 そのような経緯の為、この宿屋は只の宿屋と言う訳では無い。

 大ききなロビーは酒場、宿屋受付、冒険者ギルド出張所を兼ねており、冒険者のための設備になっているのだ。そのため、この宿屋で働いている者は皆、冒険者ギルド職員なのである。

 とはいえ、エルフの冒険者は数えるほどしかおらず、依頼もほとんどない。

 必然的に彼らの仕事の大半は、今回のシゼル達の様な、大森林の外から来る冒険者のための拠点となる事であった。

 そして、4人は部屋に荷物を置いた後ロビーへと戻り、3枚ほど張られた依頼票を前に、どの依頼を受けるか品定めしているところであった。

 依頼票の一枚をハンクが読んでいると、「要:中級冒険者」と記載されている個所に目が留まり、はたとある事に気が付く。

「なあシゼル。俺、冒険者登録してないけど、俺が依頼とか報酬受け取るのってマズく無いのか?」

「そうだったな……。登録ナシはご法度だった」

「早速、詰んでるじゃねえかよ……」

 ハンクががっくり肩を落としてため息をつくと、後ろからアリアの「そうでもないわよ」と冷静な声が聞こえた。「どういうことだ?」とハンクが振り返ると、アリアが隅の方にある1枚の羊皮紙を指差した。

 そこには、「エルフの街周辺にて、獅子の様な魔獣出没中。現在、大森林西側にて被害者も多数出ているため、巣穴発見者及び討伐者には懸賞金あり。巣穴発見で銀貨30枚、討伐で金貨5枚。王国衛兵隊より」と書かれていた。

 ――ちなみに、金貨1枚は銀貨100枚に相当する。

「これなら冒険者関係ないし、懸賞金も出るからちょうどいいんじゃない? 巣穴を見つけるだけでも、宿代に御釣りが来るわ」

「わかった。やってみよう」

「よし! じゃあ決まりだね。3日間あれば余裕じゃないのさ。なんだったら金貨ねらっちゃおうよ」

 こうして、3日間で魔獣捜索をすることでパーティの方針は一致したのだった。


 その後、巣穴を探すのなら二手に分かれて探そうとハッシュが提案した。

 被害が起きているのは街の西側の森と言う事だったため、シゼルとハッシュは南西側、ハンクとアリアが北西側を探す事となった。

 エルフの街は街門の所に岩壁があるが、そのほかの場所は木の精霊ドライアドの力により、木々が密集して、街の周囲を木の壁が取り囲んでいる。そのため、所々大森林へ抜ける事が出来、そこからエルフ達は森へ日々の糧を得に行くのである。

 そして、ハンク達4人は、巣穴を見つけたら安全な場所で狼煙を上げようと決め、街の西端より二手に分かれて大森林に入り、獅子のような姿の魔獣の捜索を開始した。

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