第2章 グランド・オーダー

第11話 パーティ結成

「キミ、バカなの?」

 次の日の朝、出発を前にハンクが言ったことに対して、アリアが呆れた様に言葉を返した。

 よほど呆れたのだろう。彼女の目は半目だ。

「ホント、何言ってんのさ……」

 木製のコップと言うよりは、大きな湯呑みの様な物を片手にずぶ濡れのハンクを見て、ハッシュが苦笑いを浮かべ、シゼルが大きく溜め息をついた。

「俺は結構真面目に喋ってるんだぞ。バカってなんだよ……」

 余りの返事に、ハンクがむすっとする。

「当たり前でしょ……密偵に道案内させて、帝国に乗り込むとか正気じゃないわよ。それに、服一枚のキミがどうやってこの先旅をするつもり? しかも、ずぶ濡れじゃないのよ。もうちょっと、タイミング考えなさいよ」

「そうそう。お金も装備も無しじゃ、帝国なんてとても辿り着けないよ。それに、その密偵をギルドに突き出さなきゃ、僕たちの依頼達成が証明出来ないじゃないのさ!」

 頭を抱えるアリアとは対照的に、若干鼻息の荒いハッシュが目に映る。

 ハッシュにしてみれば、この依頼を受けて大森林に入ってから今日まで、かなりの日数を費やしたのだ。せっかく捕まえた密偵を、タダで譲る訳にはいかないのである。

「あんな桁外れの力持ってるくせに、世間知らずなこと言って……キミ、記憶なくす前はどこかの貴族とかだったの?」

「そこまでボロクソに言わなくても良いだろ! ずぶ濡れで言った俺が間違ってたよ!」

 アリアとハッシュに、立て続けに非難を浴びて、ハンクは自分の迂闊うかつな言動を呪った。

 

 少し時間を遡り、その日の早朝。


 ハンク達4人は、二人一組の交代で見張り番をしながら夜を明かした。

 普通であれば、一人ずつで十分なのだが、アイアタルの出現に刺激されて、猛獣や魔物が出現しないとも限らない。

 ハッシュによると、強力な魔物は周囲に瘴気をまき散らし、仲間や眷属を呼び寄せるそうなのだ。

 そして、《アナイアレイション》の影響で、怯えた小動物達が姿を隠し、凶暴な猛獣たちが餌を得る事が出来なかった事が予想される。彼らは餌を求めて夜中、もしくは明け方に狩りを行うだろう。そんな時に無防備に寝るのは自殺行為だと、アリアから忠告が入った。

 当然、臭いが猛獣達を誘き寄せるので、食事も禁止である。もちろん、湧水の周辺も動物が集まるため危険であり、何も無い平らな場所を選んで野営したのだ。

 そのような訳で、4人は激戦の後にもかかわらず、手持ちの水だけ摂取して、交代で休息を取った。


 そして、無事、朝が訪れた。

 薪を燃やし尽くし火勢の衰えた焚き火の前に、3つの水筒と大きな湯呑みの様なコップが置かれた。ハンクが2回目の交代で起きた時に、シゼルにナイフを借りて、手ごろな木を削って作った物であった。

水の精霊ウンディーネ達。水を分けて』

 アリアが精霊語で呼びかけると、水筒とコップに水が湧き出て、それらを一杯にした。

「おお! すごいな精霊魔法……」

「そうだね。こればっかりは真似出来ないね。普通に冒険者してたら、水と食料の確保は死活問題だからね」

 感動するハンクに、ハッシュがしみじみと答える。

「これくらい、大した事ないわ。出発よ!」

 照れたアリアが、そそくさと水筒の口を締めて立ち上がった。

「アリア、ウンディーネに水を分けて貰うのは、精霊語さえ話せれば俺でもやれるのかな? 妖精みたいな姿が見えたりするのか?」

 水筒片手に踵を返したアリアへ、ハンクが問いかけた。

「厳密にいうと、妖精と精霊は別のものよ。精霊たちが姿を現すこともあるけど、それは上位精霊よ。彼らを使役するには契約が必要になるわ。でも、基本的な精霊魔法は自然の中に感じる見えない精霊力とでもいうのかな……そういうのを認識、さらに魔力で媒介させて、精霊魔法は力を発現させるのよ。普通の魔法とは違って、トリガーは必要ないわ。精霊達に語りかけて、力を貸して貰うの。精霊魔法は自然と共に生きるための魔法なのよ」

「精霊魔法は自然と共に生きるための魔法か。同じ事を言うんだな……」

 アリアが「え……?」と小さく息を呑んで、ハンクを見た。

 そして、ハンクは小さなため息を吐いてから、コップの水を飲み干し、おもむろに森の景色を見渡した。

 よく見ると、木や下草に朝露がうっすらと降りている。さらに、遠くの方では朝靄あさもやらしきものも見える。大気中の水分はしっかりとあるようだ。それらを感じる事が出来れば、ウンディーネと水のやり取りをできるかもしれない。

 ハッシュも言った通り、水の確保は死活問題だ。

 ハンクも転生直後に、まず水を得なければと何より最初に思ったくらいである。

 昨晩コップを彫りながら、心の中で決めた事を実行する為にも、水を得る方法は知っておきたいのだ。

 もちろん、ハンクは上位精霊と契約などしたことは無い。

 しかし、いきなり精霊語が理解できるのだ。自身の身体の素材に精霊と契約、もしくは使役させるだけの何かが使われているのではないかと思う。

 そして、アリアの話から察するに、ウンディーネの見えない精霊力とは、湿度の事ではないだろうかと当たりを付け、ハンクは自分の周囲にほんの少しの魔力を放散させてから、空中に漂う水へ語る様に精霊語で呟いた。

『ウンディーネ達。水を分けてくれ』

 その瞬間、ハンクのコップから水が溢れた。

「ちょ! わっ! ええぇぇ! なにしてんのさ!」

「キミ、なにやってんのよ!」

「これは……、すごいな」

 ハンクの持つコップの中から、大量の水が流れ出て、辺りを水浸しにした。

 そう、文字通り水が溢れたのだ。

 急いで避難した3人は濡れなかったが、当然ハンクはずぶ濡れとなった。もちろん、《アスフィクシア》で寝ている密偵もずぶ濡れである。

「えーっと……。ゴメン」

 そして、ハンクはばつが悪そうに謝ったのだった。

 しかし、量の調整の事はさておき、水を得ることは出来た。あとは練習あるのみだ。そのうち慣れてコップ一杯の微調整も出来るだろう。

 そして、ずぶ濡れのまま、ハンクはある決意を胸に3人へ口を開いた。

「あのさ、俺は一緒にいるとみんなに迷惑を掛けると思う。上手くは説明出来ないけど、危険な目に巻き込んでしまうんだ。だから、ここでお別れだ。それで、その密偵を道案内に帝国へ行って、エルフの先生と他の子供たちを保護しに行きたい。罪滅ぼしと言うか……自己満足みたいなものだけど」

 コップに目を落としながら、ハンクは静かに語った。


 ――そして、現在。


 アリアとハッシュから、散々に非難を浴びるハンクを横目に見ながら、ため息をついて考え事をしていたシゼルが口を開いた。

「その、密偵なんだが……ドルカスで冒険者ギルドに突き出すのはやめた方がいいかもしれん。討伐証明になる物だけ剥ぎ取って、エルフの街の警吏に突き出そう。俺達が受けた依頼内容は、あくまで誘拐の阻止だ。依頼書に確保とは書かれてないんだ」

 そう言って、シゼルは1枚の羊皮紙を広げてみせた。

 アリアとハッシュはそれを見て、それぞれに頷いている。

 そして、無言のハンクを横目にシゼルが言葉を続けた。

「普通なら捕獲した方が圧倒的に功績は好い。だが、確保の文字が無いと言うことは、下手に連れて帰って来て貰っても困る。と言う事なんじゃないか? 王国領内に、他国へ派遣したはずの帝国密偵がいる事実を、帝国側に逆手に取られたら、戦争の口実になりかねない。しかも、ドルカスはアドラス王国でも国境に近い。大森林と同じように、密偵が潜んでいても不思議はないだろう」

「シゼルの言う通りかも知れないわね。密偵をエルフの街で警吏に引き渡して、証明書を出して貰える様に頼んでみるわ」

 と、アリアもシゼルに賛同する。

「でも、なんでそんな依頼の出し方をしたんだろ?」

「さあな。俺は王国軍の人間が絡んでると思ってたが、エルフの街に通じてる奴が依頼を出したのかもな。気を使ったつもりなのかもしれん」

「そうだね。成功報酬は預かってるからって、冒険者ギルドは依頼人の事はぐらかしてたし……」

 ずぶ濡れのまま蚊帳の外に置かれたハンクは、冒険者ギルドという言葉が気になりながらも、すっかり意気消沈していた。

「俺の決意は何だったんだ……言い出すまでのハードル結構高かったんだぞ……」

「キミが順序をすっ飛ばして、一人で行こうとするからよ。あのね、ハンク。この依頼が落ち着いたら、私も帝国へ行くわ」

「え?」

 ずぶ濡れで恨み言を吐くハンクに、アリアがさらりと言った。 

「だから、私もキミと帝国へ行くって言ってるのよ。キミが見たっていう、栗色の髪のエルフは私の師匠かもしれない。ハイエルフでもなければ、精霊語を会話レベルで教える事なんて出来ないわ。7年前に姿を消した師匠の手掛かりを、ずっと探してたの。私が森を出た理由の一つは、その人を探す事よ」

「いや、危険すぎるだろ! 相手はハイエルフを狙ってるんだぞ! それに、3人はパーティなんだろ?」

 栗色の髪のエルフを助け出すという点で、アリアとハンクの目的が偶然にも一致しており、アリアの申し出は、この世界の事を右も左も分らないハンクにとって、とてもありがたいと言える。

 だが、相手はハイエルフを誘拐しようとした連中なのだ。ハイエルフであるアリアが、帝国に乗り込むと言うのは、いくらなんでも危険である。

 それに、現在パーティを組んでいるハッシュやシゼルもいるのに、そんな事勝手に決めてしまっていいのだろうか?

 ぐるぐる回る思考に、ハンクが次の言葉を出せずにいると、

「あのさ、僕達はこの依頼からパーティを組み始めたんだ。一緒に依頼を受けてくれる人を探すアリアを放っとけずに声を掛けたんだよ。パーティを組んで一月も経ってないけど、だからって、帝国は危ないからハイさようならなんて事、出来る訳無いじゃないのさ。ね? シゼル」

「当然だな」

 ニッと笑う二人を見て、ハンクは軽く溜め息をつく。

「……まったく、とんだお人好しだな。二人とも」

 未だ、ずぶ濡れの衣服を身に纏いながら、ハンクは破顔した。

「じゃあ、ハンク。改めて、俺たちとパーティを組まないか? 余計な詮索はしないが、遠慮もしない。いいだろ?」

「よろしく! ハンク」

 そう言って、ハッシュとシゼルはハンクの言葉も待たずに、片方ずつ手を取って強引に握手を交わす。

「あのなぁ、ホントに色々危ないんだからな……まあ、よろしく頼むよ。てか、昨日もこのくだりやったよな……」

 この3人と出逢ったのは、つい昨日のはずなのに、とても長い時間経ったような気がする。そんな事を考えながらハンクはアリアを見ると、彼女と目が合った。

「私は、アリア。ハイエルフよ。よろしくね」

 悪戯っぽく笑って言うアリアにドキリとしながら、ハンクは「よろしく」と一言返した。


 その後、アリアはウンディーネ達にハンクと密偵の衣服から離れるように命じ、ずぶ濡れのハンクと密偵を、あっという間に乾かした後、「今度こそ、出発よ」とハンクに声を掛けた。 

 そして、4人はハイエルフの街へ向かってその場を後にしたのだった。

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