第4話 魂の定着

 赤い荒野で、奥村が深緑のローブを纏った一団に拘束され、両手斧を背負った男の肩に、駄々っ子のように担ぎ上げられてから大分時間が経過した。

 拘束とは言っても、縄で縛り上げられている訳では無いため、痛みは感じない。

 逆さになった視点で、あちこち眺めていると、どうやら遠くに見えていた森へ向かっているようだ。

(コイツ等ハイエルフだって言ってたし、森へ向かうのは当然か。ひょっとしてハイエルフの里とか王国とかあったりするのかな?)

 膨らんだ妄想に思わず目が輝きそうになる。しかし、現在自分は拘束中だ。

 異世界での捕虜の扱いは分らないが、あまり期待は出来ない。だが、なんといっても彼らはハイエルフだ。拷問のような残酷な仕打ちなど、きっとしないだろう。

 多分……。

 奥村はなるべくポジティブに考えようと決めて、上下運動する揺れに身を任せる。

(それにしても、ハイエルフって華奢なイメージなのに、なんでコイツはこんなにゴツイし体力があるんだ? しかも、得物が両手斧かよ……)

 そんなことを思いながら見ていると、傍らを歩く杖を持ったハイエルフが時々何事か呟いては、両手斧のハイエルフに杖を向けている。

 疲労回復か身体強化の魔法でも掛けているのだろう。かなりの時間、奥村を担いだまま歩いているのだ。いくら少年の様な体格だからと言っても、相当な重さがあるはずである。

(なにかはしてるんだろうけど、さっぱりだな。かなりの時間この態勢で痛みすら感じないし、この身体ホントに大丈夫なんだろうな……)

 魂が定着するまで、しばらく時間が掛かると魔神は言っていたが、「しばらく」と言っただけで期間は明確に伝えられていない。

 そもそも、数千年単位で生きている神様だ。「しばらく」とは、自分たちと同じ尺度なのだろうか? そこまで考えて、「しばらく」が年単位に及ぶのではないかという不安に駆られる。

(……きっと数時間、いや、せめて数日と信じよう)

 待つのは好きではないと、何度も言っていたくらいだ。その言葉を信じて、「しばらく」と言う言葉の事は一旦忘れることにした。

 そして、ある重要なことを思い出した。

 そう、名前である。危うく、再び忘れるところであった

(どこへ連れてく気かは知らないけど、元々身体は言うことを聞かないし、今のうちに名前考えておかないとな……)

 記憶喪失と言っておきながら、名前もなにもあったものではないが、拘束された時に地面で頭をぶつけた衝撃で名前を思い出したとでも言っておけばいい。そんなことを考えつつ、肩に担がれ上下に揺られながら、どんな名前にしたものかと、しばらく思案に耽った。

 


(ハンク。この名前にしよう。ネトゲでも使ってたし愛着があるしな)

 奥村にとって、「ハンク」の名前との付き合いは10年以上になる。

 最初に使いだしたのは高校生になったばかりの頃だったはずだ。何本ものネットゲームを共にした名前だ。名乗る事に違和感は無い。

 そう決めた瞬間、少し体が軽くなった気がした。それと同時に、心臓の辺りだろうか? 突然、突き刺す様な痛みが走った。反射的に胸に手を当てようとするが、拘束魔法に阻まれる。

 そして、そのまま彼は意識を失った。


 どれくらい気を失っていたのだろう? 気が付くと下草の茂った森の中で仰向けに寝かされていた。

 名前を決めた瞬間、心臓の辺りに走った痛みは今のところ無いようだ。

 その代わり、痛みを感じた場所から全身へ、温かな根の様な物が伸びていこうとする感触が伝わってくる。

(俺はハンク。奥村桐矢?)

 ハッキリしない頭で、自分がどちらであったか曖昧になる。(どっちでもいいか)と思いながら、ハンクは上体を起こした。

「うお、身体が動いた……」

 状況が呑み込めず、思わず両手を持ち上げ、両の掌を眺めた。そこで、はたと気が付く。

(さっきまで魔法を掛けられてたのに、なんで解けてるんだ?)

 不思議に思いながらもハンクが顔を上げると、3、4歩ほど前方に杖を持ったローブの少年がこちらを向いて立っていた。どうやら一人の様である。

 目だけ動かして、周りを確認する。残りの二人は近くに居ない様だ。

そして、ハンクは目線を正面に戻した。そこには、幼さの残る顔立ちに、青い髪をした15歳くらいの少年が、胸の前で杖を握りしめハンクを見て固まっていた。

 移動中被っていたフードは脱がれており、彼の表情から困惑しているであろうことが見て取れる。

 そして、驚くべきことに彼の耳は尖っていなかった。

 てっきり、全員ハイエルフなのだとばかり思っていたのだ。早合点である。

 この世界では、ハンクも含めヒューマンと呼ばれている人種だ。

「全員エルフじゃなかったのか……」

「なんで動けるのさ!」

「なんでって言われても、気が付いたら動けたんだ」

 要領を得ないハンクの言動に、青い髪の少年は杖を握る力を強めて杖の先をこちらへ向け、何事か集中しているように見える。

(3人とも同じ格好をしているからって、みんなハイエルフって訳じゃ無いよな……)

 ハンクは自分の早合点に辟易しつつも、自分と少年の喋っている言葉が同じことに気付いた。

(あれ? ハイエルフの言葉は? 途中からごっちゃになってるな。最初に喋りかけてきた女の声だけそうだったのか……) 

 荒野で話しかけてきたローブの女性の声を思い出していると、青白い光の粒子が、杖の先に集まっていくの見えた。

(魔力? 何となくだけど、なんか判るな)

 不思議と魔力が知覚出来るようになっているようだった。魔力は青白い粒子として目に映っている。

 そして何となくではあるが、光の粒子達をこっちに移動させる事が出来る気がして手を伸ばした。

「こっちへ集まれ」

 その瞬間、杖の先端に集積していたはずの、青白い粒子がハンクの手に集まる。

「ウソだろ……。魔法解除なんて聞いたことも無い!」

 青い髪の少年が驚愕の表情で叫ぶが、ハンクにはその重大さが良く分らない。それよりも、手に集めた魔力が体内へと流れ込んできて、発動されるはずだった魔法の魔力構成が頭の中に流れ込んでくる。

 どうやら、この世界の魔法は魔力を立体的に構成して発動するという、ロジカルなものらしい。

 吸収したのと同じ、青白い光を感じて、さらにそれらを一点に集めて構成する。

 魔神も、魔法が使えない訳は無いと太鼓判を押していたことだし、試してみることにした。

 右手の掌に集中し、魔力を集める。そして、拘束魔法の魔力構成を立体構築する。

 難しく言ってはいるが、ハンクの頭の中では目の細かいジャングルジムをイメージして、そのまま前方に向かって広げると言った作業をしているに過ぎない。

「お蔭で、今の魔法なら俺もやれるかも」

 そう言いながら、ハンクは青い髪の少年に向かって手をかざす。その瞬間、ハンクと青い髪の少年を取り囲んで、目の細かいジャングルジムと言うよりは、牢獄と言う言葉がぴったりな、1辺が20メートルほどの、青白い光の粒子で作られた格子が出現する。

「なんだよこれ! 反則じゃないのさ! 化け物かよ……」

「せっかく初めての魔法だし、軽くやってみただけなんだけど、そこまで言わなくても……。ところでコレ、俺を荒野で縛ったのとは違うっぽいけど、どうやって発動するんだ? 閉じ込めるタイプの魔法だろ?」

 魔法の感触が、何となくとはいえ掴めた。何が起こるかわからない。解除しておこう。そう考えて、「散れ」と心の中で念じると、青白い光たちは霞のように消えていった。

 そして、未だ驚愕の表情の少年にむかって、「攻撃魔法も見せてくれよ」と気軽に言った。

「見せるわけないだろ!」

 当然である。絶叫するかのような声で拒否された。

 そして、ちょうどそこへ残りの二人が戻ってきた。

 二人とも武器を構えている。

 女性は弓。胸元まで伸ばした金髪に碧眼。長く先端の尖った耳。深緑のローブを纏い、整った顔立ちをしていた。正真正銘、エルフである。16歳くらいだろうか。

 そして、もう一人の男性は燃えるような短い赤い髪に、両手斧を油断なく構えている。中肉中背の無駄なく鍛えられた体躯をした、20歳くらいのヒューマンであった。

「そのまま、動かないでもらおうか」と、静かな声で、両手斧の男が警告を発する。

 二人とも、一様に険しい表情でハンクを見ている。

 尋常ではない魔力を感じた後、巨大な牢獄が現れすぐに霧散した。

 全速力で戻りながら仲間の無事を祈り、自分も生きては帰れないかもしれないと、覚悟を決めなければならない。それほどの魔力であった。

「キミ、何者? どう考えても只の密偵レベルじゃないでしょ。アレ」

 油断なく弓を構えつつ、エルフの少女がハンクに問いかけた。

 赤い荒野で聞いたハイエルフの言葉ではなく、先ほどからハンクと少年が会話していたのと同じ言葉である。どうやら、この言葉が共通語の様だ。

(ヤバイ……。調子に乗っちまった。初めての魔法だし、かなり楽しかったせいで……というか、密偵って何のことだ?)

 まずは、冷静になろう。荒野でのやり取りを思い出してみる。

 名前を聞かれたのだった。さらに、この見た目でハイエルフの言葉が理解できるのはおかしいらしい。しかも、自分は目下どこぞかの密偵に疑われているようだ。そうとなれば、誤解を解かなくてはいけない。

 とはいえ、現在自分は丸腰な上、薄手の服1枚着ているだけである。圧倒的不利だ。魔力を感じる事が出来たが、魔法が使えた訳でもない。そして、もし彼等のように武器を持っていた所で、剣や弓を習った経験などと言うものも無く戦えるとは思えない。何かあるとすれば、言葉のみだろうか。

(こうなったら、記憶喪失で押し通そう。事情は何も判らないしな……)

 意を決してハンクは口を開いた。

「俺はハンク。名前は思い出したけど、記憶が無くて何も分らないのは、本当なんだ。信じてもらえると助かるんだけど……無理かな?」

 遺品整理のバイトの前は営業マンだったのだ。会話やハッタリには自信がある。そう信じて、可能な限り誠実に、だが、本当の事はぼかして返事を返す。

 魔神に目を付けられて、異世界から来ましたなどと言って、誰が信じてくれると言うのだろうか?

「記憶喪失? 信じられられると思う? それに、あの出鱈目な魔力で何をするつもりだったの?」

「それは……あいつの杖に青い光が集まって来たから、ちょっとこっちへ来いって呼びかけただけなんだ。集めて作っては見たけど、発動の仕方は分らないから消したんだ。それに危害を加えるつもりは無いよ」

 今となっては不用意に魔法を使ってしまった自分が悔やまれる。しかし、ハンクとしては事実をありのままに伝えるより無い。

 どうしたものかと考えを巡らせていると、

「アリア。その人は密偵じゃないかもしれない。実際魔法を展開した時、どうやって発動するのかってホントに聞かれたよ……。それに、魔力の光が見えて、それを自由意志でどうにかできる人間なんてのは、王国魔導師長官……いや、それ以上、ハイエルフの長老クラスだよ……そんな重大な特技、密偵があっさり喋るとは思えない」

 意外にも、助け舟を出したのは青い髪の少年だった。アリアと呼ばれたエルフの少女は驚愕の表情を浮かべ、ハンクに向かって「本当なの?」と聞き返した。

「もちろん。密偵じゃないのは確かだ。魔法については、さっき初めてやったから何の事だかわからないけど……とりあえず、3人が何者で、ここが何処か話さないか? さっぱり分らないんだ」

 チャンスである。ここで信用を得ずにいつ得るというのだ。そう思って、ハンクは言葉を切り返した。

「わかった。まず、突然あなたを確保したことは謝るわ。ごめんなさい」

 そう言って、アリアと両手斧の男は構えを解いた。

「手傷を負わせた密偵が荒野に逃げたから、追跡してたの。ローブと仮面を着けてたから、顔は分らない。ただ、ハイエルフの言葉が喋れたわ。それで、木の下で動けずにいるキミに当たりを付けてみたら、隠そうともせず返事を返してきた。まさかとは思ったけど、動けなくなって救助を待ってた可能性もあるし、死なれる前に確保したってわけよ」

「そういう事だったのか。そういう時密偵は自害しろ、とかって教え込まれてるだろうしな」

 漫画やラノベではよく聞く話だ。そんなことを思いながらハンクは言葉を返した。

「普通はね。軽くつついて怪しかったから、即、《バインド》で動きを封じさせてもらったのよ」

「そか」

「それだけ? 怒らないの?」

「本当にそうなんだけど、記憶喪失って言う時点で怪しいこと言ってる自覚があるしなあ。しょうがないさ。それより立ち話もなんだし、みんな座らないか?」

 ハンクにしてみれば、ついさっきやっと動けるようになったばかりなのである。疲れたということは無いが、落ち着いて話をするためにも、座りたくなったのだ。 

「いいわ。そうしましょう」

「そうしてもらえるとありがたい」

 そう言って、ハンクは安堵の笑みを浮かべた。

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