泣きたい
悪友が美少年の彼女を調べ始めてから次の日、ヒロインちゃんが館にやってきた。
「実は恋人ができたんです」
「え?!」
ヒロインちゃんに恋人!
「とっても素敵な男の子で、貴方に会っていただきたくて、実は連れてきたんです」
男の子ってことは年下よね。
まさか……
そして現れたのは、美少年君だった。
ヒロインちゃんは美少年君の腕を組んで幸せそうな笑顔で私に、
「ね、素敵でしょう。最初に貴女に紹介したかったんです。絶対仲良くしてくださると思って」
美少年君は少し驚いた顔で、
「貴女は昨日の」
わたしは顔が引きつっているのを自覚した。
「……また、会ったわね」
ヒロインちゃんは驚いたように、
「え? 知り合いなの?」
美少年君が元気いっぱいに答える
「はい、昨日お会いしたんです」
「わあ、まるで運命ね」
ヒロインちゃんは純粋に喜んでるけど、わたしは心底まずいと思った。
「あの、貴女たち二人はどういった経緯で付き合うことになったのかしら?」
ヒロインちゃんが説明する。
「実は先日、私が卒業した学校で同窓会が行われたんです。それがこの子と同じ学校なんですよ。
それで私、昔の学校が懐かしくて校舎を歩いていたんです。そうしたらこの子と出会って」
「同窓会をしているのは知ってましたから、僕から話しかけたんです。先輩ですかって」
「私の後輩にあたる子だから、どんな感じかなって話をしてみたら、話が弾んじゃって」
「僕、思い切って告白してみたんです。お姉ちゃんに一目惚れしたって」
「ストレートな告白に、私、キュンときちゃいました」
わたしは脂汗を流しながら聞いていた。
「そ、そうなの……」
美少年君は六歳年上の女と交際している。
この事実をあの悪友が知ったらどうなるか。
間違いなく自分でもイケると確信する。
ヒロインちゃんと美少年君のプラトニックラブを、欲望まみれの悪友によって台無しにされるわけにはいかない。
絶対 知られないようにしないと。
……あれ?
植木が茂っているところがなんかおかしいような?
迷彩服を着た悪友が潜んでいた。
早速 知られてしまったー!
「こんにちわー」
悪友は不自然なまでにとても良い笑顔で植木から出てきた。
美少年君は優しくしてくれるお姉さんに会えたのが嬉しそうに、
「あ、お姉さん。こんにちは。そんな服を着てどうしたんですか?」
「ちょっと訓練をしてたの。私も一応 冒険者だからこうして潜入の訓練をしてるわけ」
「わあ、凄いなー」
感心する美少年君。
ヒロインちゃんが わたしに、不自然なまでにとても良い笑顔で聞いてくる。
「この人は誰ですか? 私に紹介してください」
わたしは嫌な汗が全身から噴き出るのを自覚しながら、
「なんというか、その、わたしの友達というか……」
悪友が不自然なまでにすごく良い笑顔でヒロインに、
「へえ、この子があのヒロインちゃんなんだぁ。よろしくねぇ」
ヒロインちゃんも不自然なまでにすごく良い笑顔で、
「なんの話ですかぁ?」
二人とも、不自然なまでにとにかく良い笑顔だ。
二人はもう理解している。
お互いが恋のライバルだと。
視線と視線がぶつかり合い火花が飛び散っている。
怖い。
泣きたい。
悪友は不自然なまでにすさまじい良い笑顔でヒロインに、
「聞いたわよぉ。貴女、ちょっと前まで王子と付き合ってたんですってぇ」
ヒロインも不自然なまでにすさまじい良い笑顔で悪友に、
「うふふふ。大昔の話ですよぉ」
「この子は知ってるのぉ」
「もちろん、お話ししましたよぉ。私たちの間にはなんの隠しごともありませんからぁ」
「結婚も考えてたんでしょぉ」
「私は貴女と違ってまだ若いからまだ先の話ですよぉ。それに今はこの子のお嫁さんになりますからぁ」
「また気が変わるんじゃないかしらぁ」
「今の私はこの子一筋ですぅ」
「おほほほ」
「うふふふ」
ひとしきり攻防が繰り広げられると、次に悪友は不自然なまでにとびっきりの笑顔で、わたしに、
「それでぇ、貴女はどっちに付くのかしらぁ?」
そしてヒロインも不自然なまでにとびっきりの笑顔で、わたしに、
「もちろん、私に付きますよねぇ」
二人がわたしに、どちらの味方に付くのか迫っている。
怖い。
美少年君、二人の笑顔に不穏なものを感じ取っているのか、不安そうな顔で、
「付くって、なんの話ですか?」
悪友が不自然なまでに素敵な笑顔で、
「蝶の話よぉ。綺麗な蝶のお話ぃ」
ヒロインも不自然なまでに素敵な笑顔で、
「蝶って言うより蛾って感じですよぉ。触ったら毒で手が腫れちゃいますよぉ」
「あらぁ、言うわねぇ」
「なにをですかぁ?」
「おほほほ」
「うふふふ」
そして再び わたしに、
「それでぇ、貴女はぁ、どっちに付くのぉ?」
「どっちに付くのかぁ、この場で決めてくださいねぇ」
逃げ場がない。
怖い。
マジで泣きたい。
「シクシク、シクシク」
美少年君が泣き出した。
「どうして二人はケンカしているんですか? 僕、悲しいです」
悪友が我に返ったようにうろたえて、
「え、いや、あの、違うのよ」
そしてヒロインも我に返ったのか うろたえてはじめて、
「そうよ、違うの。私たちは、その」
美少年君はシクシク泣きながら、
「二人が仲良くなってくれたら、僕が将来造るハーレムのメンバーになってくれると思ったのに」
なんか変な話が出てきた。
わたしは美少年君に、
「ちょっと待ちなさい。ハーレムってどういうこと?」
「僕の夢なんです。伝説の勇者になって、百人の美女に囲まれて暮らすのが。お姉さんとお姉ちゃんは、その第一歩です。公爵令嬢さまも入ってくれると嬉しいです」
美少年君マセガキだったー!
不意に美少年君のポケットからポロッと なにかの小瓶が落ちた。
「あら? なにこれ?」
私がそれを拾うと、美少年君が慌てた声を出す。
「あ! それは!」
美少年君のポケットから落ちた瓶から特有の苦みのある臭いがした。
「この臭い、変身薬……」
変身薬。
前世で世界的にヒットした魔法少年の物語でも登場した、魔法薬の一種で、ある人物の体の一部、例えば髪の毛とかを薬に混ぜて服用すると、その人物に変身することができるというもの。
ヒロインちゃんがきょとんとして、
「変身薬? どうしてこの子がそんなものを?」
美少年君がうろたえながら、
「あの、その、実は魔法の勉強の一環で作ってみたんです」
「嘘ね」
わたしは一瞬で看過すると、パンパンと手を叩いて、護衛のツインメスゴリラを呼び、
「その子をふん縛って」
美少年君を捕縛させた。
わたしは悪友とヒロインちゃんに説明する。
「変身薬の効果はそんなに長くないわ。こいつが館に来る直前に飲んだとしても、薬の効果はそろそろ切れるはず」
悪友はオロオロしながら、
「え? え? この子、ホントは美少年じゃないの?」
「その答えはすぐにわかるわよ」
そして薬の効果が切れ始めた。
ふさふさだった髪の毛はどんどん薄くなりバーコードハゲに。
小柄な体格はそのままで、しかしメタボになり。
そして外見は中年に。
ようするに美少年君の正体は、オッサンだった。
悪友は怒り心頭といった感じで、
「これは一体どういうことかしら?」
ヒロインちゃんもこめかみに青筋を立てて、
「説明してくれる」
オッサンは脂汗を流しながら説明を始めた。
「その、実はですね……」
オッサンは子供時代、楽しいことがなかったそうだ。
メタボの体を男子からはからかわれ、女子からは気持ち悪がられ、オッサンはいつもボッチ。
そこで失われた少年時代を取り戻そうと思い、街一番の美少年と評判の少年の髪の毛を入手し、薬で変身して学校に転校生として通い始めた。
見かけは美少年。中身は大人。
学校で人気者になるのにそう時間はかからなかった。
調子に乗ったオッサンは、子供好きのお姉さんとエッチしたいと思い、冒険者ギルドで見かけた受付のお姉さん、つまり悪友に目をつけて、見学と称して話しかけた。
悪友が脈ありとみたオッサンは、次に同窓会で学校に来ていたヒロインにも目をつけて、純朴な少年のふりをして、一目惚れしたなどと抜かした。
この調子で百人のお姉さんと恋人になり、ハーレムを作ろうと目論んだのだった。
「と、いうことなのです、はい。すいませんです」
悪友は怒鳴る。
「よくも私を騙してくれたわね!」
「待ってください お姉さん! 聞いてください! 年齢は四十歳でも心は十二歳です! 薬で姿も十二歳になることができます。だからお姉さん! 是非 僕に性の手ほどきをしてください! 童貞をお姉さんに捧げますから!」
このオッサン、童貞なのか。
「私が好きになるのは見た目だけじゃなくて中身もよ! 性に目覚め始めたばかりの初々しい少年にイケナイことをするのが萌えるのよ! 中身も美少年じゃないとダメなの! なにが心は十二歳よ! 四十歳の中年男がそんなわけないでしょ! ふざけたこと抜かすんじゃないわよ! 大体 正体がそんなんで あたしが興奮するとマジで思ってんの! 寝ボケも大概にしなさいよ! ふん!」
言うだけ言って 帰る悪友。
次にオッサンはヒロインちゃんに、
「あ、あの! お姉ちゃん! 一目惚れしたのは本当なんです! だから僕とエッチしてください!」
「ペッ!」
つばを吐きかけて帰るヒロインちゃん。
「しくしく、しくしく……」
泣いているオッサンに私は、
「あの、とりあえず帰ってもらえますか。そして二度と来ないでください。あと、同じことしているのを見かけたら即座に通報しますから、そのつもりで」
「わかりましたです」
オッサンが帰ったあと わたしは思った。
ヒロインちゃん、悪い男に騙されやすい。
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