ラストゲーム・序章
赤柴 一
ゲームはまだ始まらない
音を立てながら扉が開く。
出口を見つけた煙は勢いよく外へ飛び出す。
宙を舞う煙をかき分けるように、黒髪の少年が咳をしながら出て来た。
少年は力が抜けたように仰向けに床に倒れる。
「密閉された空間で大規模な爆破系の魔術は使えないな」
と独り言を呟く。
少しすると立ち上がり、辺りを見回し自分の状況を確認する。
学園内にある修練場前で自分は廊下に立っている、すぐそこに芝生に覆われた中庭があり、木が数本生えている。日時はわからないが人に聞けばいい、取り敢えずは教室へ行かなければならない。
でもその前に水だ、学園内のどこに食堂があるかなど知らないしあてもなく探すほど余裕はない、ここは自分で用意することにしよう、偶然にもそこには木があり、雨が降ったのか土は湿っている。
中庭に出て木の芽を探す、芽は出ていなかったけれど種子は見つかった、これで器が作れる。
種子を土に埋める。
あとは魔力を栄養として吸わせ、成長させるだけだ。
種子は彼の魔力を奪っていく。
人より魔力量は多いが、不眠不休で食事もしていない体は、魔力を奪われると意識が遠のく。
途切れかけた意識をなんとかギリギリのところで繋ぎ止める。
成長に必要な分の魔力を奪い終わると、やがて芽が出て枝葉を広げながら幹を伸ばしていく、5メートルほどの高さになると木は成長を止めた。
枝を折り意志を持って魔力を込める。すると、枝はまるで熱せられた金属のように光りだし、渦を巻くように形を変える。
やがて、お椀の様な形になると、光は消えていく。
器は用意した、次は中身だ。
地面に染み込んだ水を操作する。
まるで、何かに吸い上げられるように、水は空へと昇っていく。
器いっぱいになるであろう量の水が、球体となって宙に浮いている。
飲めるようにするためには、不純物を取り除かなければならない。
取り除くために周りを漂う魔力を、器の上へ集める。
魔力を圧縮し続け、可視化できるほどに圧縮したら、集めた魔力を平たく、そして、触れられる状態にする。
すると、不純物を通さない紙のような魔力の集合体が出来る。
これを器に被せ、浮いている水を、ゆっくりと器へ入れる。
器に水を入れ終えると、被せていた魔力をそこら辺にポイと捨てる。
魔力を圧縮しただけで魔術をかけたわけでは無いため、放っておけば勝手に散っていく。
そんなことよりも飲み水が用意できた。
食事も取らず、睡眠もせず、魔術を行使し続け満身創痍な身体で、魔力圧縮などという、魔力を操作する技術の中でも難易度の高い事をしたのだから体力はごっそりと持っていかれ立つのもやっとだ。
震える腕で、お椀を口元まで持っていく。
口から体の中へと水を流し込む。
数日ぶりの水は喉を潤し、身体中に染み渡る。
飲み干すと、力が抜けたように腕を下ろし、息を吐き出す。
握っていたお椀を地面に落とし、教室へ向かって歩き出す。
廊下に入る少し手前で止まると一言呟く。
「ありがとう」
まるで意思があるかのようにお椀は、言葉を聞き終えた後に、朽ち果て、土へと還った。
その様子を見届けると、少年はまた教室へと歩き始めた。
階段を登り長い廊下へ出る。
すると、人混みの中でも見つけられそうな目立つ白い髪をした少年が居た。
気にせずに教室までいことするも、面倒なことに、話し掛けねばならなそうだ。
何故なら彼が今立っている場所は、俺の目的地である教室の、それも、一つしか無い出入り口である扉の前なのだから。
溜息をし、彼のもとへと歩いて行く。
俺が近づいている事に気付き、体をこちらに向け顔が見えた。
その顔を、その眼を見た瞬間に体は動きを止めた。
その眼の色を、俺は知っていた。
見た覚えも無いのに、知っていた。
知る由もないのに、その色を覚えていた。
自分のはよく見るけれど、他人のはほとんど見た事がない。
だけど、数少ない見たことのある中で、最も鮮明に覚えている。
それなのに、一番鮮明な筈なのに、いつ、どこで、どんな理由で、そして何より、誰のかすら覚えていないけれど、その時見た、綺麗な赤い血の色だ。
「君は誰?」
赤目の少年が言葉をかける。
その声に現実へと引き戻される。
何を言われたかに気づかず黙っていると。
なにも聞いていないにもかかわらず
「僕から名乗ろう、日本からやって来た留学生の一ノ
白は、微笑んで手を差し出す。
自己紹介をしなければなようだ。
「俺はアルバ、事情があってファミリーネームは無い、これからよろしくな、白」
そう言うと差し出された白の手を握った。
俺の自己紹介を聞いた白がクスリと笑い一言言う
「お揃いだね」
「どう言う事だ?」
意味が分からずつい聞いてしまった、教室に入るのがさらに遅れてしまう。
「
そうか、名前として口にしたから、俺に名前としてしか伝わらなかった、会話する上での名前に名前以上の意味は無いのだから。
「よく出来た魔術だな」
素直な感想だった、おそらく意識一つで言葉を相手に伝わるように翻訳する魔術に
「でしょ」
笑顔で言う白は、仮面を付けた道化師のように見えた。
横開きの扉が開く、扉の先には赤毛の女性が立っていた。
「そこの白黒コンビ遅刻か?」
「なんだよ白黒コンビって」と言い返そうとするも相手はおそらく教師、反抗的な態度は良く無いと思い開き掛けた口をつぐむ。
遅刻したことについて謝罪しようとしたその時、白が口を開く。
「申し訳ありません、この国に来るのは初めてで道に迷ってしまって、つい先程ようやくこの学園に到着したのです」
まただ、薄っぺらい笑顔で、演じるように喋る。
「七日も彷徨っていたのか?この学園を探して」
七日だと、そんなに経っていたのか、三日ほどだと思っていたため驚いた。
それだけの間俺は、睡眠も食事もせずに魔術を行使し続けていたのか。
これは意識が朦朧としても仕方がないな、などと考えて食事をとって早く寝たいという思いが強まっていく俺をよそに二人は会話を続ける。
「観光を少々」
「少々?」
「……六日、ほど…」
「では、今日遅れた理由は?」
「学園内で迷いました」
「まぁいいでしょう」
ため息混じりにそう言うと次は俺に標的が変わる。
「では黒い方、あなたはこの七日間何をしていたのですか?」
また黒い方などと言いやがって、と苛立つも、つっかかってはいけないと自分に言い聞かせ質問に答える。
「修練場にこもり、ずっと戦闘訓練を行っていた」
「七日間ずっとですか?」
「あぁ、七日間ずっとだ、睡眠も食事もしていない、そのせいで眠いし腹が減っていてな……ちなみに医務室で寝たいというわけではないからな、俺は普通に授業に出るぞ」
「それでそのクマですか、納得しました、授業に出る意思があるようですし別に医務室には連れて行きませんが倒れないようにして下さい、では次の質問です、訓練内容は?」
やはり訓練内容は聞かれるか、自分の肉体とはいえ、非人道的な内容もある、言いたくないがまぁそれ以外だけ言えば問題ないか。
「いくつかの魔術を戦闘中、同時に使用する訓練や、あまり使わない魔術の感覚を忘れないために、何度か使用しておいたり、後は新しい魔術を試したりだな」
少し思案し反応する
「答えたくないものもあるようだしこれくらいでいいでしょう」
言いたくないことがあることに気づいてるのか、まぁ質問されるよりましだ放っとこう。
ようやく終わった、そういえばクマがあるとか言ってたな顔色も悪いかもしれないし、一応隠しておくか。
右手で顔を覆うと霧が顔を包み込む、手を離すと霧は消え去り、そこには、体調が悪いとは思えない顔色も良くクマも消えた顔があった。
「なんですか今のは!」
赤毛の教師は先程までの冷静さを失い声を上げ驚いた。
そんな教師に、こんなことも分からないのかと失望した様な表情で一言。
「幻覚に決まってるじゃ無いか」
そんなことは分かっていると言いたげな表情をしていて、苛立っていることが見てとれる。
呼吸を落ち着かせ、冷静さを取り戻し質問する。
「幻覚だということは分かっていますがその詳細がわかりません、属性はもちろんのこと、どうやって使用したかが全くもって分からない、何をしたんですか?」
幻術を使う魔術師はいるが使用する幻術は、偽りの現実を相手に見せるというものだ。
しかし今のは、己を偽る、己を否定するという、魔術師として、人間としてあり得ないことだった。
教師がそんな考えをしていることに気づいているにもかかわらず口に出した疑問に対してのみ答える。
「詳細がわからないのは仕方ないさ、今創った魔術なのだから、属性に関しては教師のくせに生徒の属性を知らないのか?」
魔術をその場で創ったなどという荒唐無稽な話ではあるが不可能ではない、故にこれ以上の追求ができない、そして煽りを含んだ質問が教師に回ってきている。
「まだ入学から一週間、生徒全員の属性を覚えていなくても不思議じゃ無いはずです」
不敵な笑みを浮かべながらアルバは言う
「普通の生徒なら覚えていなくても不思議じゃ無いが、何か特徴のある生徒ならばどうだ、例えば試験一位の生徒とか」
目を丸くする教師に向かって
「質疑応答はこれくらいにして、さっさと行こう、移動教室なんだろ」
その言葉を聞き次の授業を思い出した教師はアルバの表情を想像して笑みを浮かべながら告げる。
「残念でしたね次の授業は修練場での実技です」
だが、想像していた表情とは違い暗い表情をして「怒られたくないな」と一言呟くと来た道を戻っていった。
扉に手を触れると扉は内側に向かって音を立てて開く。
中は円形で反対側の壁までは100メートル以上はある。
壁には鉱物が埋められており修練場全体を明るくしている。
中に入ると惨状に気付いた白は
「普通こんなの気付かないし大丈夫だと思うよ」
と、アルバに向けて優しく微笑み言うが
「普通じゃないやつがいるから困ってんだよ」
そう言うと白を睨み悪態を吐くように「知ってると思うけど」と、後につけた。
正面からブロンドの髪を揺らしながら走ってくる少女を見てアルバは「イヤだなぁ」と一言だけ言うと少女に押し倒された。
その様子を見ていた白は、誰にも聞かれないような声で呟く
「人形のようだと思っていたけど、考えを改めなきゃだな」
少女は倒れたアルバにまたがり声を荒げる
「お前はここで何をしていた」
明らかに怒っている、しかしそんな少女に対して淡々と冷たくあしらうように答える
「わかってるんだろ、こんな大勢の前で言えないようなことだって」
そう、彼女はわかっていた、この場所で彼が何をしていたかを、レンズを通して見たその惨状が全てを物語っているのだから。
修練場内は静まり返りアルバ達二人に視線が集まるが、教師の授業を始めるという言葉で皆、修練場中央に駆け足で向かう教師を目で追いかけた。
「この授業で皆さんの実力を見たいと思います、一対一の模擬戦をしていただきますが全力を出すために実力の近い人と戦って下さい」
ありがたいな、集められた視線を全部持っていった、教師として生徒のためにすべきことがわかっている、いい人だ。
ただ入学から七日しか経っていないのに実力の近い相手などわかるはずもないが…
「一位のアルバ君は二位のリブさんと……ごめんなさいついさっきまで怒られてたのに」
試験の順位か、試験と実際の戦闘では全く違うのだが、まぁいいだろう。
「問題ない」
それどころか好都合だなどと考えていると
「私では実力不足です、私が相手ではアルバは本気を出すまでもない授業内容的にアルバは私よりも強い人との再戦が」
しかしこの学園にアルバよりも強い人がいるとは思えない、続く言葉を遮ってアルバは
「あいつがいるじゃん」
と白を指差すが白は笑って言う
「悪いけど僕は魔術師じゃないから授業は見学だよ」
魔術を学ぶこの学園に入学しておきながら魔術師じゃないなどと言う。
色々と言いたいこと、もとい聞きたいことはあるが今は置いておき結論だけ述べる
「再戦は無しでいいさ派手にやるから」
だがリブは納得しておらず
「私はイヤだアルバの相手が私でもいいのならアルバの相手は誰でもいいだろう、私じゃなくてもな」
逃げられたら困る、さっさと本題にいこう
「賭けをしよう。君が勝てばここでしていたことを話すよ」
「お前が必ず勝つ賭けなど乗るはずないだろう」
怒る彼女にアルバは付け加える
「俺に一度当てれば君の勝ちだ」
その言葉を聞くと、リブは手のひらを返し
「わかった、その賭けに乗ろう」
乗るしかなかった。
ここで乗らなきゃいけなかった。
アルバは優しいから、言いたくなくても聞けば結局言ってしまう。
けど今回は、勝敗によって喋るかを決めようとした。
それも、自分の敗北条件を厳しくしてまで、勝負に私をのせようとした。
だからのるしかなかった。
この勝負で勝たないと今回は絶対に言ってくれないと思ったから。
実力もかけ離れていて、才能も天と地ほどの差がある私が、私である為にはこの勝負に勝たなきゃいけないから。
どうしてそんな目ができる。
なんで勝ってやるなどと思える。
開始と同時に反撃する間も与えずに殺せば、俺の勝ちなのに、なぜ勝てるなどと思えるんだ。
いくら考えてもわからない。
いや考える必要もないか、殺すことに変わりはないのだから。
突然教師から声がかかる
「訓練の成果、見せてもらいます」
教師はリブの味方か、これで複数属性を使って戦わなくてはならなくなった、だがまぁ俺の勝利は揺らがない。
「二人とも存分に戦ってください」
そう言うと火球を二人の間に飛ばした。
火球は淡く光ると爆発した、戦闘開始だ。
横に左手を伸ばす。
伸ばした先で魔力を水銀へと変質させる。
左手を前へ突き出すと、それに応じるように水銀はリブに向かって、形状を剣へと変化させながら飛んでいく。
リブが右手を前に出す。
中指と薬指に刻まれた文字が光り出す。
すると、水銀はリブへと届く前に蒸発した。
空間内を熱するか。
だがその魔術に指二本はきついんじゃないか。
それに蒸発ってのは詰めが甘いな。
気化しただけならそこに俺の魔力は存在する、ならばそこは、俺の操作圏内だ。
周辺の魔力ごと空間内に収める程に圧縮し、圧縮した魔力を水へと変質させる。
水銀が一瞬で蒸発するほどの高温空間に大量の水をぶつけたら水蒸気爆発が起こる、無理だとは思うが耐えれるものなら耐えてみたまえ。
水へと変質する直前に何をしようとしているかに気づいたリブの薬指の文字から光が消え、代わりに人差し指の文字が光り出す。
水が現れた場所には既に高温空間はなく圧縮されている水が元のサイズに戻り始める。
たった一雫にこの部屋の全ての魔力を圧縮し変質させたんだ。
元のサイズに戻ろうとする水に当たって人の体が耐えれるわけがない、どう対処する。
水は一気に膨れ上がる。
しかし水は、内側から凍りつきその動きを止めた。
人差し指が冷気を操り、中指が空間を操り、薬指が熱気を操る。
加えて左手の指ごとに各属性を扱うといったところか、欲しい情報は手に入ったし先も全て読み切った、動くか。
アルバの体が青白く光る。
次の瞬間その場所にアルバの姿はなくなっていた。
二人を除き、この場にいる全員が彼の動きを捉えられなかった。
対戦相手であり、この場で最も良き目を、否、良きレンズを通し全てをその目に映していたはずの彼女ですら見えなかった。
仕方のないことだ、それが当たり前なのだから。
だってそれは、音を越え光と同速で移動する人の形をしたナニカだったのだから。
レンズは確かにその動きを捉えていて、彼女の目に映していたしかしゼロコンマ一秒にも満たない間だけ。
そんな刹那より短い時間を見て気づけと言う方が無茶な話だ。
皆が消えたと認識したと同時に修練場内に暴風が吹き荒れる。
物理法則は置いてきたと言わんばかりの移動によって風が置いていかれ追いつこうとした結果である。
そんな暴風の中、髪をなびかせながら必死に痕跡を追って後ろを見る。
そこに彼はいた。
親指を立て、人差し指でこちらを指し残りの三本を折り畳んだ手を向けている。
この手が一体どういう意味か、理解しているものなどいない…今度は一人を除いて、今回はその手をしている本人も意味を理解していなかった。
だって、この国に銃は存在しないのだから。
その手に疑問を抱く間も無く指先から電撃が放たれる。
彼女の左手薬指の文字が光り出す。
それと同時に地面は形状を変化させ二人の間に壁を創り電撃を防いだ。
しかし、壁は彼女の意思に反し崩れ落ちる。
その先にいるはずの人はまたも居なくなっていた。
今度は、痕跡すら残さず消えていた。
理論で戦う彼女は、読みではなく、自分には似合わない、なんとなくで上を見上げた。
そこには、目の前にまで迫る炎を纏った手があった。
防御も攻撃も間に合わない正真正銘、詰みだ。
これで私はもう、彼のことを追えなくなる。
嫌だ、私はずっとお前のそばに居たい。
だけど私は弱いからお前のそばに居られない。
これで最後なんて嫌だ。
でも……もう終わりなんだ。
涙が頬を伝う。
彼と過ごした七年間が走馬灯のように頭を駆け巡っていた。
目をつぶり敗北を受け入れる。
体を炎が覆う、しかし体を焦がすより先に彼の一言と共に炎は氷へと姿を変えた。
「絶対零度」
無機質で、無情で、冷徹なその声を最後に意識は途切れた。
アルバが着地すると同時に地面から複数の茨が生えアルバに迫ってくる。
アルバは、氷漬けにしたリブを見ると、少しうつむき思案する。
何故涙を流す。
何故敗北を悔やむ。
負けて当然の勝負だろう。
むしろ、俺の攻撃をあれだけ防いだのだから誇れるレベルだ。
なのに何故君はそんなにも苦しそうな表情をするんだ。
そして何より、何故俺はこんなにも苦しいんだ。
ごみでも払うが如く、茨は炎により灰と化す。
降る灰の一つを手で握る。
握った手の中から肌を焼く音が聞こえる。
苦笑を浮かべアルバは言った
「俺の負けだな」
瞬間氷は砕け、意識のないリブは倒れる。
リブを抱き上げたアルバは
「医務室へ連れて行く、意識が戻ったら伝えてくれ、俺の負けだ一ヶ月後に話をしようと」
そう言うと、修練場を後にした。
あれから一週間が経った。
学園にもなれ、少ないが友人も出来、楽しい学園生活を送っている。
なにかを忘れている気がするが、思い出せないならその程度のことだったのだろう。
いつものように修練場へ行く。
門を開くと、いつもとは違い中に人がいた。
その者を見るや忘れていたことを思い出す。
そして今までの異常に己を疑った。
楽しい学園生活?ふざけるな、あるわけないだろ、そんなもの。
だって俺には感情が無いんだから。
じゃあこれはなんだよ、楽しいと思ったそう日記のように記憶する
頭を巡らすアルバに向かい修練場内にいた者は話しかける
「随分楽しそうだったね」
彼の声で現実へと意識が引き戻される。
彼の姿を、自分が最も警戒している男。
一ノ瀬白であると認識した途端、体を百八十度回転させ歩き出す。
「待って…待ってよぉ、僕とも遊ぼうよぉ、ゲームしよ…チェスだよチェス……って話聞いてよぉ、無視しないでぇ……はぁ〜、わかった…わかったよ、それじゃあ」
一呼吸置き先程とは違い明るいが、声のトーンが低くなり一言告げる
「賭けをしよう」
一瞬足を止め、魔術を発動させた。
その言葉は、一週間前に自分が言った言葉だったから。
相手を逃がさないための言葉だったから。
その先を聞かないために、この空間から空気を消した。
どうせ蘇る悪く思うなよ。
すでに閉じていた門に手を伸ばす。
しかし「逃すかよ」と音のない世界で呟いた者はダーツの矢でも投げるかのように、内ポケットから取り出したそれを門へ向けて放った。
門に刺さったそれは鉄で出来たナニカだった。
門に触れるよりも先に棒状のそれの先から空中へと文章が映し出される。
目を背けようとするも、すでに遅かった。
映し出された文章を読んでしまったのだから。
映し出されていた文章の内容はこうだ
「僕は、君の記憶と感情について賭けよう」
その一文で彼をこの賭けに乗せるには充分だった。
魔術を解き、刺さっていたそれを勢いよく投げ返す。
しかしそれは彼の吹きかけた息によって跡形も無く消えていった。
その光景を見て咄嗟に何年も隣で見てきたそのレンズを創り上げた。
全てを映し出すレンズを。
しかし、失敗作ではないのに、レンズは彼のしたことを、どうやって消したのかを映しはしなかった。
宙を漂う魔力は見えてる。
この一週間に使った魔術の残留痕すら見えてる。
でも奴がなにをしたかが見えない。
こちらの考えを読んだように彼は言う
「どうだい?凡人の気持ちは」
そこに元気で明るい薄っぺらい演技をした男はいなかった。
笑みを浮かべ男は続ける
「初めてだろ?壁にぶち当たる感覚。そいつが、凡人がいつものようにぶつかってる壁だ。君さぁ、考えたことなかったでしょ、いや、こう思ってたでしょ、誰かに勝つたびにさぁ、同じ人間で、強くなりたければ、俺より努力すれば良いって」
一呼吸置いて話を続ける
「無理だよ、いくら努力しようと天才には勝てない、その証拠に、君はそのレンズに僕がなにをしたかが映らないから驚いてたけど、普通は宙を漂う何かの存在に驚くんだよ。まぁ君は一瞬でそれが魔力だということに気づいた、それも、属性まで理解して。さて、天才の君は一瞬で理解したけど、凡人の少女は宙を漂う何かの正体を突き止めるのに何年掛かっただろうねぇ」
その言葉を聞きアルバは膝から崩れ落ちた。
俺の隣を歩いていた彼女は俺に並び立つためにどれだけの努力を……
思考を遮り彼は言う
「少なくとも、彼女はこの国で一番努力している」
そうだろうとも、素の俺に追いつくのに何年もかかる。
俺も強くなるために必死に修行した。そんな俺に追いつくのが普通の次元であるはずねぇよなぁ。
彼が後に付け加えたその一言でアルバは天才と凡人の差を天才の身で痛感した。
「君を除けばね」
顔を下に向け絶望するアルバを眺め彼は話を続けた。
「そもそも君、勘違いしてんだよ。追いついたとか並び立つとかさぁ、できてるわけないじゃん。彼女、一週間前に気付いちゃったんだよ、君との間にある大きすぎる、縮まらない差に」
確かに、と話を続ける
「魔術の常識を変えるほどの理論を提唱した彼女は、とんでもなく努力したさ、普通そこまでする?ってくらいにはね、でも君ほど常軌を逸してないんだよ」
そこで話を区切り
「つか、この話終わり、さっさとゲーム始めよ」
沈黙し続けるアルバに、ため息をつき一人で話し続ける
「賭けのルール説明するからちゃんと聞いててね」
述べられた内容はこうだ
・敗者は相手の質問に答える
・引き分けは両者敗北と見なす
・された質問に嘘偽りなく答えなければならない
・された質問に答えられない場合に限り答えなくても良い
・両者合意の上であれば指し直しが可能である
・指し直しは敗者からのみ要求可能
・指し直しの回数に制限はない
・僕は指し直しの要求を必ず呑むこと
ルールを聞き終えるとアルバは顔を上げ、問いかける
「本気か?」
明るい笑顔でその問いに答える
「あったりまえじゃん」
その言葉を聞くと、一ノ瀬白の正面に机を挟んで座った
「ルール、守れよ」
満面の笑みを浮かべ答える
「当たり前だ、君からの信用を掛けてるんだから」
その言葉を聞きアルバは微笑みながらゲーム開始の合図をした
「さぁ、遊ぼうぜ」
アルバの表情を見て一ノ瀬白は思う。なんだ、君も笑えるんじゃないか。
これから先は辛い事だらけだから、笑えるうちに笑っておかなきゃだよ。
駒を打つ音だけが響く空間で、一ノ瀬白は、未来へと想いを馳せる。
少年よ早く目覚めたまえ、世界は君を待っている。
陽に焼かれなくなったにもかかわらず陽の光を怖がる吸血鬼。
滅びの運命を覆した王の末裔。
独り歩きが好きな百鬼夜行の主たる
人々を守るために立ち上がった騎士団団長。
古代エジプトにて太陽神として崇められたファラオ。
少年、君が彼らと会う日が楽しみだ。
そんなパズル、さっさと完成させて起きてこいよ。
君の目覚めが対戦開始の合図だ。
さぁ、君の物語を始めよう。
ラストゲーム・序章 赤柴 一 @sibamon
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