四十六話 光の矢

◼️


「……多いな」


 光の扉を潜り抜けた先で見たのは、戦場。しかしそれは紛れもなく俺の生きていた世界。俺の庭とも言える王都の前にある草原。……もうあの頃の美しさは微塵もないが。


「魔物の、影か」


 少し離れた小高い丘で俺たちは、戦場を見渡していた。軍勢の数は、明らかに人が不利。人は影に四方を囲まれていて、逃げ場すらない様子。その上、妙な骸骨騎士までいる。かなり厄介そうだ。流石の俺たちでもこの数相手では、身体が持たない。もし、コイツら全てを倒せたとしてもルシフェルとの戦いが控えている。ここで俺たちが出て行っても、どうしようもな──


「行こう、ウル」


 顔を上げると、ルシフの兜があった。相変わらずその兜を外すことはないらしい。だが、その様子は今までとは違う。


「まさかお前に励まされるとはな?」


「我は勇者だぞ」


「……ああ、そうだったな」


 ルシフはその拳を握って俺の前に差し出した。


「行こうぞ」


 俺たちは、軽く拳をぶつけ合う。

 どうやら俺としたことが弱気になっていたらしい。一度、死んだことが影響しているのは間違いない。


「ああ、行くぞ」


 丘の斜面に一歩踏み出したその時。


「……いや、あれを見ろ」


「なんだ?」


 巨大な光の奔流が戦場を真っ二つに割いた。それはまさに光の力。……俺がよく知っている者が放った力だ。


「ウル様ーーーッ!!助けに来ましたーーーッ!!」


 魔物の軍勢の更に後ろ。巨大な狼に乗った女が一人。黒い髪に白い肌。その美しさには一層、磨きが掛かっている。彼女の名は、アルテミス。アマゾネスの街の長となった少女。


 そして声の主は彼女だが、駆け付けたのはそれだけじゃあない。数多の戦闘民族アマゾネス、そして色のある魔物たち。一つ目の魔物が魔物の先頭を走っていた。あの魔物はよく覚えている。美味い料理を作るオーガだ。そして更に全体の先頭を走るのは、アレスにトニオ。ジュリアに、ミラもいる。


「味な真似してくれるじゃあないか……」


「これで心置きなく進めるな」


「だが、どうやってあの城まで行くんだよ」


 宙に浮かぶ城。流石の魔王でも空を飛ぶ力は持ち合わせていない。


「アンタたちッ!! 遅かったじゃないのさッ!!」


 赤髪の女が馬に乗って、勢いよく目の前に走り込む。


「……待たせたな」


「驚かんのか……?」


 惚けたようにルシフが呟く。死人が蘇ったとなれば驚くのも無理はない。しかし彼女の表情はその真逆。


「ああ。ルシフにはすまないが知っていたのさ」


「……いつもの如くジジイが何かしたんだろ」


「あの御仁は一体何者なのだ……?」


「話したことなかったか? 違う国の勇者だぞ」


 そう、あのジイさんは極東の国の勇者を務めていた。勇者という役職は、この国だけにあるわけでない。極東の国において、大魔王と呼ばれる存在を討ち果たした伝説の勇者。


「そ、そうだったのか……通りで……」


 大魔王を倒したほどの勇者であれば女神と面識があっても変ではない。


「……がっかりしているところすまないが、城に向かう準備はできているのか?」


「ああ、テティス。万端だ」


 思い残すことはない。あの数があれば地上は何とかなる。向かうは、魔王城。倒すは邪神ルシフェル。


「よし──」


 指笛の音が響き渡る。そしてこの戦場の上を何かが横切った。その場にいた全ての者が手を止める。それほどに巨大。あの宙に浮かぶ城に匹敵する程だ。


「リーフィ!!」


 巨大な水龍が俺たちの真上で停止する。


「……これが運んでくれるってことか」


「ああ、臆病な子が勇気を出してくれたのさ」


 船で見た時よりその身体は更に巨大に。そして葉のような背びれに混じり、大きな翼が生えている。だが、表情はあの頃と変わらない。悪戯心を宿した幼い子どものような顔立ち。


「……よし。お願いするよ」


 飛び乗った俺は、その背を軽く叩く。そうすると高い鳴き声が返事のように鳴り響いた。


「さあ、アタシらはアンタらを待ってるよッ!!」


「ああ、必ず戻るッ!!」


 水龍が飛び立つ。巨大な翼がはためき、空を切った。見る見るうちに高度が上がり、もはやあの城は直線距離。不気味に浮かぶルシフェルの居城。



◼️


「さて、と……着いたか」


 龍の背から、城の床に着地する。


「ありがとう、お前は戻ってな」


 リーフィは何度か瞬きをした後、一声鳴いて飛び去っていった。


「ここで待たせると危険なのは間違いない」


「ああ、その通りだ」


 龍種は、魔物の頂点に立てるほどの実力を秘めている。しかしリーフィのような戦いに向かない龍もいるわけだ。強弱が分かる程度の知能がある魔物であれば、龍種というだけで逃げていく。だが魔物の影は、別もの。例えそれがなんであろうと群れをなして襲う。


「……しかし、様変わりしているな」


「様変わりどころじゃねえな」


 城の中は、城ではなかった。俺も何を言ってるか分からん。だがこれが邪神の力なのだろう。俺が馴れ親しんだ城は、もうない。壁や床が存在していないのだ。厳密に言えば、床のようなものは存在しているが、飛び石のようなものが宙を浮かんでいる。その下は黒一色が敷き詰められ、底があるのかすら分からない。


 手で探ってみても、気配を探ってみてもそれが幻覚ではないことが分かった。


「異空間……ってのが正解だろうな」


「だが、一本道であろう」


 ルシフが指を差したのは、宙を登っていった先にある広間のような場所。他に行ける場所は確かにない。


「罠、だろうな」


「だが、行くしかあるまい」


「……ああ」


 不揃いの形をした石を渡る。両足で乗っても、全く微動だにしない。人一人乗れるほどの大きさの石は、宙で固定されてあるようだった。無言で俺たちは登る。この場を支配する空気の中、そう大して喋る事もなかった。

 そして広間に辿り着く。広い床があるが、壁はない。端に、柱が設置されていて灯りがいくつか点っているくらいだ。


「何かいる」


 ぽつりとルシフが呟いた。

 黒い何かが不気味に揺れ動く。魔物の影、とも少し違う。大きさは、俺とルシフを合わせたほど。だが波のように蠢く身体は、人ではない。


「──ッ!!」


 不定形の何かは分裂した。それも一体や二体ではない。この周囲を埋め尽くすほど。広間をぐるっと囲むようにだ。つまりその黒い何かは宙に浮いている。先の尖った円柱状の何か。例えるならば、針だろう。加えて黒く放電しているようにも見える。大体の見当は付く。しかし。


「……おい、まさか」


 息を付かせる間も無く、それは宙を突き進む。数千、数万の黒い針が同時に放たれた。


 いくつかならば斬り落とせるがそれ以上は──


「隠れてッ!!」


 黒い羽根が目の前に降り落ちる。


「間に合ったあ……」


「久しぶりじゃないか?」


「あ、ああ。元勇者よ」


 息を切らしながら、黒髪の女が翼を広げていた。その翼は巨大。龍にも勝るほどの翼。いや、龍そのもの・・・・・と言った方がいいか。


「ユースティア隊長!?」


 ルシフが叫ぶ。


「すみません、魔王様っ!! 居ても立っても居られなくてっ!!」


 今の俺なら分かる。魔王の力、魔王の自覚というものが出てきたお陰か。彼女が龍人族であることが分かる。人が別人種を見分けるように、これも魔族同士特有の何かなのだろう。


「しかし、ここは危険だユースティア隊長」


「……大丈夫です、魔王様」


 黒翼隊。ルシフが造り上げた部隊の一つ。彼女はその隊長である。


「私にはこれがありますので」


 その自信は、クラーケンを俺たちに差し向けた頃とは全く違う。

 黒翼に纏う力は、闇の力。強大な黒い針を全て防いだのが闇の力だとすれば合点が行く。あの不定形の黒い物体は、邪気の塊だ。


「……分かった。じゃあここは任せたぞ」


「はいッ!! 行ってくださいッ!!」


 その速度は、俺程。ほぼ、瞬間移動だ。一瞬にして黒い物体に肉薄したユースティアは、その剣を抜き放つ。真っ二つになったが、直ぐ戻るだろう。俺たちは、その隙を突いて中央突破した。

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