最終決戦編

四十五話 勇者と魔王は手を組むことにしました

◼️


 その場所は、地面も壁も白い。見渡す限りの白で出来ている。と言っても、天井は何故か存在しない。雲が所々に浮かび、光が差し込んでいる。朝日、夕日……。いやそのどちらにも当てはまらない。青空も所々に見え隠れしているからだ。大体どこにいるのかは見当が付いているが、地上でないことは間違いない。


「まさか、お前も死んだのか?」


 白い壁と地面は地平線まで続く。何らかの建造物なのだろうが、そこに装飾の類は一切ない。ただ平坦な壁と地面。所々に支柱が建っていた。唯一、そこには階段があった。数段しかない階段。その上は、小さな踊り場ほどしかない。


「なっ……!? 我が見ているのは幻か……?」


「何言ってやがる、俺はここにいるぞ」


 そんな空間の中に色があるものが存在している。俺も含まれるが、今言いたいのは当然俺のことじゃない。階段の前で立つ鎧で全身を覆い、外套を纏った元魔王。俺が命名し、この世界を訪れるまでに共に旅をしてきた者。


「無に帰したわけではなかったのか……!?」


「そればかりは、俺にも分からねえ」


 俺は、三人目の人物に向かって指を差す。


「……そいつなら分かるだろう」


 一人の女が立っていた。階段の上で立っていた。だが本当に『女』と呼んでいいのかは分からない。しかし外見をそうしている・・・・・・以上、そうなんだろう。


「如何でしたか? 彼らの生き様は」


 あの時、深々と被っていた外套は外れてその顔は見えている。その顔は誰でもない誰か。俺が見てきた女。その全てに似ている。アリスに見えることもあれば、アルテミスにも、テティスにも、ユースティアにも。……違うな。逆なんだろう。彼女らが彼女に似ているんだ。


「理不尽、それしかねえだろ」


「そうです。どうしようもない理不尽によって、その人生は叩き潰されました」


 声が透き通る。耳にのみ言葉が届くと言うより、言葉が全身を刺し貫くような感覚。その声は、天から聞こえていた声と同じもの。


「まさか、『始まりの勇者』たちのことを話しているのか?」


「違う……いや──」


 彼女と目が合った瞬間。それが俺の頭の中に流れ込む。ルシフの記憶。『始まりの勇者』が誕生したその瞬間の出来事……彼らのその全てが。しかし俺には、大体の予測が付いていた。


「それも正しいのかもしれない」


「そうです。彼らもまた我々が蒔いた火種に喰われてしまっただけ」


我々・・、だと……?」


 ルシフは、彼女を見つめる。恐らく彼女が何者であるのか。気が付いていないのだろう。……相変わらず鈍感なヤツだ。


「……名乗るのを忘れていましたね」


 彼女は、階段から降りる。


「私は、ガイア」


 降り切った彼女は、その外套を完全に脱ぐ。そしてどこかに消し去った。……占い師として纏っていた外套を。わざと俺が興味を引くように声を掛け、未来の予言をした占い師。


「この世界を創った者……女神、という事になるのでしょう」


 外套に隠れていた長い黒髪が現れる。

 その外套の下は、誰よりも女性的な特徴を有していた。『人』を創った存在であるからして当然と言ったところだろう。背丈は人の中でも高い俺すら超えている。俺が階段を登ってようやくその背丈に追い付けるほど。


「か、女神様!?」


「……落ち着けルシフ」


 犬を見た時とはしゃぎようが変わらんルシフを腕で抑える。


「……それで、『無』なんて紛い物を作った理由を教えてもらおうか」


「人はその生命が終われば、私たちが裁定します」


 その表情に深い変化はない。だが、どこか悲しげに、俺の目には映った。


「裁定……?」


「ええ、本来これを話すのは禁句とされているのですが……」


 彼女は、目を閉じる。女神様でも悩む、ということはあるのだろう。


「……良いでしょう。お二人共、目を私に合わせてください」


 彼女が次に目を開けた瞬間。ルシフの記憶が流れ込んだ感覚と同じ。いやそれ以上の感覚が俺を支配する。目の前で起こっていないことが、今、目の前で起こったように錯覚させる。


 目の前を一人の男が歩く。その男は俺……ではない。俺によく似た誰か。彼は、女神の前に片膝を立てる。そして話していた。喜び、そして悲しみ。その表情は変わる。……悲しんだ理由は、一つ。現世への転生が叶わないこと。それは邪気が死を迎えたとて、付き纏っているために。


 本来邪気は、天界にて封印されていた力。


 それを女神という立場の元、降ろすわけにはいかなかった。彼がどれほどの功績を残した立派な人物であろうとも。

 そして彼は憤怒を纏い、天界を離れる。行き着いたのは、遥か遠く。何も無い場所。無機質な光と岩のみで構成される場所。彼はそこで想いを馳せた。共に戦った仲間たち。愛した者たち。それは、そこでより強大な闇の力を発現させるに至った。数十年、数百年、数千年。それほどの時を超えて。いつしか彼はふらりと女神の元へと戻った

。『邪気』を完全に喰らった闇の力を率いて。


「……つまり『無』なんてものは存在しません」


「邪気に侵された者を送っている場所、ってことか」


 記憶が終わる。視界に存在した男は消え、白い壁が再び舞い戻った。


「ええ、その通りです」


「……光と闇の力が合わさることで邪気を断ち切ることが、出来る」


「ええ、それもまた」


 女神は、俺たちを視る。その瞳は、青く澄み切っていた。まるで雲一つない青空のように。


「……そして、今。最もその力が強大になる時」


 燃え滾る白い炎と黒い炎。それが俺たちの前に現れ、一つとなった。


「勇者と魔王が手を組みました」


 地上最高の光の力を持つ勇者。最強の闇の力を魔王。ルシフと俺。俺たちが二人で戦えば。


「……俺たちはどうすればいい」


「あの子……いえ、ルシフェルを葬り去ってください」


 その表情は、子を想う母親に近しい。彼女の嘆きがありありと投影されていた。


「良いだろう、任された」


◼️


 ウルとルシフが光の扉を潜った後。その扉が消えると同時に三つの扉が現れる。


「しかし、本当に良かったのですか」


 現れたのは三人の男女。


「ええ、私は」


 栗色髪の乙女は頷いた。


「私も」


「……俺もだ」


 彼女に続くように二人の男も頷く。


「残した者たちのため……ですか」


 三人の中心に、丸い水鏡が現れる。

 そこに映ったのは、彼らの姿ではない。


 栗色髪の乙女の瞳に映るのは、長い黒髪の男。大剣を易々と振り回し、魔物の影を斬り裂いている。だが、もう疲れが見えていた。強敵を倒した上に数多くの魔物を討ち払ったのだ。流石の彼でも、もう限界が近付いている。


「あの子達ならやってくれるよ」


 そう言葉を続けた彼女の瞳は映り変わる。映っているのは一人の青年。黒髪に黒衣。目付きは悪い。しかしその瞳は燃え上がる。

 彼女が青年を見る目は、深い愛情に満ちていた。


「ああ、その通りだ」


 大柄な男の瞳に映るのは、少年。草原とは別の場所にいる一人の少年。赤焦げ茶色の髪を靡かせ、走っている。その髪色は男のものと同じ。その少年の表情に、幼き日の面影はない。もう男の知っている臆病さはなかった。


「……これで良い」


 女性のような美しい顔立ちと長い銀髪の男が呟いた。その瞳に映るのは、青い瞳を潤ませる金髪の少女。しかし彼女の元に一人の黒髪の青年が現れた。もう彼女が一人になることはない。


「私が創ったとは言え、本当に不思議なものです」


 彼女らは、転生を迎えるために必要な時間を全てウルに捧げていた。完全に死を迎えていなかったウルは、転生せずにまた下界に降り立っていく。地上の命運をその背に乗せて。最大の盟友と共に。


「我らの処分はどうなるのですか?」


「……あの扉の向こうが答えです」


 女神が指差した一つの扉。彼女たちは少し名残惜しそうに水鏡から離れ、扉に向かう。柔らかな白い手が扉を開けるとその向こう側は、光の満ちた美しい世界だった。

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