四十四話 魔物の影
二人は対となって、肉薄する。腐食、そして疫病と名乗った騎士に向かって。それぞれに色があるようで馬と同色の外套を纏っている。二体とも中身は骸骨。そこだけ見れば同等の存在にも思える。
そしてドレイクの大剣が水平に振り上げられた。狙いは赤い馬。その速さは、以前と変わらず。いや更に増しているようだった。速さ、そして力の込められた一撃がぶつかる。それを喰らえば強靭な魔物だろうと吹き飛ぶのは間違いない。しかし、防ぐのは二つの長剣。まるでその重みさえも感じさせない程、巧みに受け流す。流れる水が石を避けて進むように。そして返す刃は、激流のように襲いかかる。ドレイクは剣の腹で何とか受けるがその威力は絶大。地面に足を付いているにも関わらず、背後に押されてしまう。
次いでガルバードの操る剣が狙うのは、黒い馬。しかし、彼の剣は『護りの剣』。攻めることは得意ではない。容易に大剣で弾かれしまう。そしてそれは、隙へと転じる。
猛攻の刃。とめどなく溢れかえる斬撃の嵐。その一撃一撃の重量は、人が放てる限界を大きく超えている。ドレイクが持つ剣より更に大きな剣を短剣を振るうほどの速さで扱うその力。例え『護りの剣』であっても押し切られ、吹き飛ばされてしまう。
「……まさか」
手の痺れは、剣を地面に落とす。もし彼で無ければ一撃で斬り裂かれていたのは、間違いない。
「リンドブルム様か……?」
「……であらばこちらは、ティグル様か」
二体の騎士は、身動き一つしない。言葉も発することもなく、二人を見つめていた。
「……無言は肯定と取ろう」
そして二体の騎士は、それぞれの得物を構える。
「まさか、こんな形で相見えようとは」
「これは、負けるわけにはいかんな」
剣聖が生まれるより更に前。街を二分化した騎士が二人、存在した。のちに彼らが剣聖となる男を育て上げたのだ。そして剣聖は、その構えを伝承する。ティグル、リンドブルム。それぞれの男たちに。そしてそれは、剣聖の血筋のみに伝承される秘奥義となった。
「御先祖様に打ち勝ったとなると、息子に自慢出来るぞ……!!」
「馬鹿を言え……伝説になるぞ……!!」
二人の男は、少年時代に戻ったような表情を浮かべる。そして取る構えは一つ。
大剣を正中線上に、長剣を正中線上に置く。
剣士であれば最初に覚えるような構え。しかし、であるからしてそれは恐ろしい。誰でも取れるその構えから絶大な威力を誇る技が放たれるのだ。その構えを見分けられるのは、彼らの一族のみ。
その構えを見た二体の騎士は、少しばかりの驚愕を見せる。そして二体の間で何かを言葉を交わした。それはこの世界の言語のようだが、そうではない。
そして、黒い騎士の大剣から黒い靄が漏れ出ていく。それは闇の力でも無ければ、邪気でもない。彼が
「……やはり、それだけではないか」
悲鳴が上がる。
周囲で戦っていた他の戦士の悲鳴。それは自身に起こった悲劇に対するものではなかった。隣で戦っていた戦士の身体に視線が刺さる。その身体に起きた異変に対する視線。左手は錆色に変化し、崩れ落ちた。その戦士は、地面に倒れる。だがそれは、手が落ちたことにより痛みからではない。
いつのまにか地を進む、赤い靄。それが人の右足を黒く染め上げ、溶かしたからだ。そしてそれも元を辿れば、もう一体の騎士から湧き出たもの。それぞれの変化は、発生した場所から身体を這うように蝕んで行く。最悪なことにそれが起きているのは、その戦士だけではない。
「斬り落とせッ!!」
その力に触れなかった者たちが、腕や足を斬り落とした。そうするとそれ以上の侵食はぴたりと止まる。
「……早々に片を付けるとしよう」
少しばかりの静寂。戦場に轟く数多の音が彼らの存在する空間から排除されたように。
動いたのは、二人同時。圧倒的な『攻めの剣』を有するドレイク。全てを受ける『護りの剣』を持つガルバード。
「……私が全ての剣を受け切り」
「私が全てを断ち切るッ!!」
信頼、そして協力。
ありとあらゆる厄災を片方の剣が、斬り捨てる。それは、攻めの剣に限りなく近い。だが、その境地に至るには『護りの剣』を極めなければならない。
もう片方の剣はその全てを見極め、討ち滅ぼす。それは護りの剣に限りなく近い。だがその境地に至るには『攻めの剣』を極めなければならない。
片方無しに、片方は成すことはない。まさに表裏一体の剣。
「────!!」
二体の騎士は声にならない声を上げる。歓喜、いや悲鳴か。子孫に倒されることに幸せを見出したのだろうか。それとも現世への未練か。騎士たちの力は、護りの剣に見事敗れ去る。そして攻めの剣が、その身体を二つに裂いたのだった。
◼️
魔法が飛び交い、剣戟が響き渡る。しかし、数多の魔物の影が減ることはない。むしろ増えているようだった。
「……まさかアタシがこんな大役を任されるとはねえ」
ジンパチ、ドレイク、ガルバードが戦っている場所より南。野営地の反対側。赤い髪を女が靡かせ、立っていた。火薬の匂いが、立ち込める戦場。彼女は、南から攻め立てる魔物の影を抑えていた。
もう既に無数の傷が白い肌を覆っていた。倒しても倒しても魔物の影は蘇る。彼女も光の力を使えるが、それももう尽きていた。
そんな彼女の耳に、足音が届く。
それは、文字通り。『死』が迫り来る音。
「我が名は
灰色の馬に跨った騎士が走り来る。いや、それは騎士と言えるのだろうか。手には何も持たず、纏う灰色の衣のみ。中身は言わずもがな骸骨である。
「……仰々しい名前だねえ」
先手必勝と言わんばかりに彼女の剣が閃いた。それは父親が使っていた剣技と同じもの。金色の装飾が煌めき、怒涛の剣撃が放たれる。そしてそれは踏ん反り返る騎士を粉微塵に吹き飛ばした。
「呆気ない──」
彼女は言い終わる前にその身を翻した。ジンパチに稽古を付けて貰っていなければ彼女の足は千切れていただろう。
草原に生えていた草花が散る。それは彼女が立っていた場所だけではない。一言で言えば、円形状に広がる斬撃。不可視の斬撃ではなく、確かに銀色が煌めいていた。
──灰色の風が吹く。
一吹き。煙のように地平線へと吹き抜ける。
そして風に包まれるように一体の騎士がその姿を現わす。灰色の衣を纏い、灰色の馬に乗った騎士。彼女が粉微塵に吹き飛ばしたはずの騎士。
「……冗談だろう」
それはその騎士が蘇ったことに対する言葉ではない。それを優に超えるほどの絶望が滲み出る。視線は灰色の騎士を通り抜け、遠くまで続く草原。それを埋め尽くすほどの影に向けられていた。北に現れた魔物の影のおよそ数百倍。そしてその先頭を率いるのは、黒、赤、白の騎士。
その数は、例え勇者が戻ったとしても戦況を覆せないことを決定付ける。全ての戦士から気力を根こそぎ奪っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます