四十三話 四体の騎士

◼️


 美しき草原。

 英雄によって魔物たちは駆逐され、人の配下に置かれたその草原。存分に手入れされ、青々と花々が咲き誇る。そして一時は、呑気に子どもたちが遊び回れるほどに平和だった。


 しかし、今やそうではない。今までにない程、騒乱としていた。その原因となるものがいる。人が野営していたすぐ近く。城が浮かんでいたその真下辺り。突如としてそれは、沸いて出た。夜明けとともに現れた。

 試練に向かった勇者が、まだ戻ってこない。そんな状況下で人たちは叩き起こされ、並び立つ。


 ジンパチの作り上げた軍団が、対峙しているのは魔物。いやしかしそれは、ただの魔物・・・・ではない・・・・。一言で形容するのであれば『魔物の影』であろうか。その輪郭・・は人が幾度にも渡り、対峙してきた魔物の姿。しかしそれは、その全てが黒く塗りつぶされていた。

 魔物に詳しい者であれば、その魔物がどの魔物であるか分かるだろう。しかしそれは異質。明らかに異質。その強さは、計り知れない。



 人間たちは、皆屈強という言葉が似合うものばかり。そこに老若男女は関係ない。数多の魔物を葬り、歴戦とも言える戦闘経験を積んできた者たち。しかしその正体不明の魔物たちは、戦意を下げるのには十分だった。知っているようだが、知らない魔物たち。それは言い知れない恐怖を彼らに抱かせる。そしてじわじわと拡大していくそれは、大きな緊張へと成長した。


「……ジンパチ殿、あまり良くないようですが」


 一人の男が進み出る。少し伸ばした金髪。漂う気品はこれこそ真の貴族だろう。しかしそこには武骨な剣士としての気概も秘めている。彼の名は、ガルバード・ティグル 。長年患っていた病は、完治していた。


「ガルバード殿、大丈夫ですじゃ」


 その声に応えたのは、一人の老人。隊列を組む人々の先頭に立つ。知らない者からすれば、その場に相応しくないと思われる程の小柄さ。戦士には明らかに見えない。殺気立つ戦士を彼が率いているとは到底思えない。不安げに思う者もいたかもしれない。


 そしてそんな最中、四体の騎士が降り立った。


 人から離れた場所。辛うじてその姿が視認出来るほどの場所。それは限りなく『魔物の影』に程近い。

 『魔物の影』たち。彼らは群れを成して、不気味に揺れ動く。その騎士たちの降臨に、歓喜するように。しかしそこに何一つ音はない。静かに、ただ静かに。その感情が伝播していく。


 人たちは、後ずさる。本能的に。どれほど実力を持っていたとしてもその不気味さには、勝てなかった。いや、実力を持っているからこそ後ずさったのだろう。彼らが纏う様々な気配を感じ取ったのだろう。


 彼らは決まって骸骨の姿をしていた。

 違うのはその身に纏う装飾品や、またがる馬の色。

 そして白い馬に乗った騎士が単騎、人の元へ駆ける。白い外套を纏った骸骨。彼の外見を一言で表すとそうなった。

 

「我は、戦争ウォー


「物騒な名、じゃな」


 白い馬の騎士は、小柄な老人の前でそう名乗る。その声に特徴はない。人でも無ければ、魔物でもない。この世に存在しない声。抑揚もなければ、声量もない。しかしその声は不思議と全ての者の耳まで届く。


「この地に戦争をもたらす者」


 その手には弓。頭には王冠。


「愚劣な者共を駆逐する為に、いざ行かん」


 それは突然のことだった。眩い光が目に届いたかと思えば、轟音が鳴り響いたのだ。何が起こったのか分からない者もいるだろう。それは、人の陣営を穿つ雷。しかし天に雲はない。魔法、いや。神々の力に近い何か。だが人の陣営にその雷で撃たれたものはいない。正確には、かわしていた。


「……不意打ちとはいけ好かんなあ」


 小柄な老人から半歩程、ずれた地面。そこが黒く焦げている。


「我が雷を躱すか」


「馬鹿弟子の一撃の方が──」


 その言葉が言い終わる前に閃光が走った。卑劣。いや、戦争にそんな言葉はないのかもしれない。遮ったのは、天から降り落ちる光の渦。彼は、天に向けて弦を揺らしていた。


「……この弓を使うのも久方振り」


 その光の渦は、雷ではない。神々が使う光の力。裁きの力。ルシフェルが彼に授けた力。


「だがこれで終焉」


 雷を躱したことがあるのは、彼が初めてではない。しかし、対峙した敵は、その二撃目で必ず沈んでいた。神の矢。いや、今や『堕天の矢』と呼ぶべきか。

 そして彼は白い馬を翻す。彼が自陣に帰ろうとしたその時。


「──人間を舐めるんじゃあないぞ」


 馬の足が割れる。四つあった全ての足が真っ二つに断たれた。地面に崩れ落ちる、戦争ウォー


「勇者より、劣ると見ていたが謀られたのか?」


「誰がそんなことを言っていたんじゃ?」


 地面に倒れていても決してその高慢な態度は崩れることはない。


「演技、だった──」


 その剣は、仕返しと言わんばかりに言葉ごと骸骨を叩き斬る。続く、微塵も残さないほどの斬撃の嵐。弟子の前では決して見せたことがその真の実力。その速さはウルにも勝る。人の領域を超えた速さ。見えるものは限られている。そして最後の一撃が終わると彼は、皆の前に姿を現した。老獪な笑みを浮かべ、刃を収める。


「さあ、開戦じゃ」


 全ての戦士が、目の前の出来事に固唾を呑んで見守っていた。それが呆気なく終わったことによって彼らに一瞬の空白を作り上げる。想像を超えた領域の勝負。この状況で、その言葉の意味を理解出来た者は僅か。その僅かな者が雄叫びを上げる。それこそが彼らの合図となった。皆雄叫びにに続き始める。そして地面を鳴らし、全軍が進み始めた。


◼️


 ジンパチが大将格の一体を討ち取ったことも相まって開始は、上手くいっていた。彼らは、冒険者たちのような統制の取れていない集団ではない。一流の剣士に鍛え上げれた兵士たちも混じっている。人たちの連合軍が優勢になるのは当然と言えた。


 しかしそれは拮抗するまで巻き返される。勘の良い数名は、戦い始めてすぐに気が付いていた。しかし覆しようのない事実。ジンパチほどの剣士が先導していようとも、いずれ敗北が訪れること。その原因は『魔物の影』によるものであった。


「だめだあッ!! こいつらすぐに蘇りやがる・・・・・ッ!!」


 一人の戦士が叫んだ。

 ここに元勇者である次期魔王や、魔王であった勇者となろうとしている者がいればどこかで聞いたことがある。そう思うだろう。

 この『魔物の影』と呼ばれる魔物たちは、時間を戻すように蘇る。いや正確には、蘇っているわけではない。彼らは、死んだわけでもなく生きているわけでもない。その狭間にいる存在。実態があるわけでも無いわけでもない。


 ルシフェルの魔力供給によって動き続ける造られた魔物。


「怯むなッ!! 希望はあるッ!!」


 しかし長い黒髪を靡かせる剣士の一撃は、確実に魔物の影を葬り去っていた。勇者の血を引いた彼の一撃。光の力が籠ったその一撃は、魔力供給の線を断ち切ることが出来る。


 だが、彼の前に二体の騎士が立ちはだかった。


「……我が名は腐食コロージョン


「……我が名は疫病プレイグ


 黒い馬と赤い馬に跨った骸骨の騎士。戦争ウォーに並ぶ大将格の二体。


「何体来ようがやることは変わらん」


 怒号、悲鳴、轟音、剣戟。様々な音が鳴り響く戦場。しかし彼らが交わす言葉だけは、全てを切り裂くように互いの耳を穿つ。


「……ドレイク殿、一人では些か部が悪いのでは?」


「……抜かせ」


 黒髪の剣士に隣にいつの間にか並び立った一人の男。金髪に、穏やかな表情を浮かべた剣士。ドレイクと呼ばれた黒髪の剣士に比べればやや、背丈は劣る。しかしどこか兄弟のような雰囲気を醸し出す二人である。


「しかし、これで二対二。不利がないのは真実」


 金髪の剣士は、二体の騎士に矛先を向ける。


「……何がおかしい」


 二体の騎士から繰り出される笑い声。彼らが繰り出す言葉より更に不気味。果たして笑い声だと言えるかどうかも危うい。聴覚ではなく心にそれは伝播する。


「我々と対等に渡り合えると自惚れている貴殿らが面白おかしくてな」


 大剣を担ぎ、黒い馬に跨った騎士は更に笑う。


「そうですな、兄者」


 長剣を二本携え、赤い馬に跨った騎士も続いて笑う。


「かなり甘く見られているのは間違いないですな、ドレイク殿」


「ああ、ガルバード殿。……人の力を思い知らせてやろうぞ」


 黒髪の剣士が大剣を一振りすると草原を轟と風が吹き抜ける。


「いざ……!!」

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