四十二話 光の試練 参
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闇の力。最も魔王が馴れ親しんだ力。
「──それをなぜこの者が使えるのだ」
頭の中に浮かぶ当然の疑問。『始まりの勇者』とされるオルゴ・イーガ。今、彼が身に纏ったのは間違いなく闇の力。光を扱い武器とする勇者が闇の力を使う。それは理から外れているということ。それがウルのような入れ替わった者でないならなぜ。
「闇の力を産み出したのは彼なのです」
天から降り落ちる言葉は、ルシフにそう告げる。
「一体どういうこと、なのだ」
時の止まったその場面。オルゴの姿になったルシフは、天の声に問い掛ける。
「光の力は、厳しく己を律することで強くなります」
光の力は、感情を封じることでより強くなる力。神々が生み出した力。本来ならばその『感情』と呼ばれるものを神々はほとんど持ち合わせていない。
「つまり今の彼は、その真逆……?」
「はい、それが闇の力が生まれたきっかけ」
例えどんな状況に陥ろうが、食べたいという欲望、感情が優った。それは彼が感情を取り戻したきっかけでもある彼女の手料理。
「感情の反乱……」
「光の力が感情によって反転した姿」
ずっと押し留めらていた感情の爆発。それは、真逆の真理によって生み出された光の力を反転させる。その性質を真逆の物へと造り替えた。光の力は本来、裁き、浄化、癒し、守護を現す。使い道が重なる時、最もその真価を発揮するのだ。
「それが、闇の力……」
「さあ、これが最後です」
だからこそ、彼がその感情を爆発させたこの瞬間。両隣に倒れる愛する人の存在。必ず生きて帰って料理を食べるという感情。目の前のいけ好かない半裸を確実に敵と見定めたそれは。闇の力の真価を最大限までに発揮させる。
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「生き残った者がいるのか」
天から降り落ちる言葉を最後に時は動き出す。これは過去にあったことの再現。例えその輪から、かの大天使であろうと抜け出すことはできない。
「お前を倒さなければならない」
オルゴ、いや。ルシフは刃を向ける。それは、真なる勇者の剣。彼が持っていたとされる聖なる剣。
「面白い、その力で向かってくるがいい」
ルシフェル。彼はその力に惹かれていた。彼に潜むその性質は、遥かに『闇の力』に近いもの。この世界に堕とされた後に、目覚めたものであった。しかし大天使であろうと、それは神々が神々により近くなるように造られたもの。であるからしてそれ至ることは今までなかった。
黒色の煙に近い何か。それがオルゴの身体から溢れ出す。
しかし『人』も神々によって造られたものであった。だが
「……闇の力を一人で使うのは久し振りかもしれん」
黒煙は上がる。まるで自分の意志を持つように。
「行くぞ……!! 【魔王の一噛】ッ!!」
黒い塊は、頭蓋骨へと姿を変える。しかしそれで終わりではない。一度、出来上がった頭蓋骨はけたけたと一笑。そして姿を消した。
「……何かと思えばそれで終わりか?」
「そんなわけなかろうッ!!」
再度姿を現したのは、真横。大天使の真横。
「喰らえッ!! たわけめッ!!」
その威力は絶大。左腕に食らいついたそれは、より一層燃え上がる。そこから先、その全てを喰らおうと光り輝く。しかし、それは──。
「ば、馬鹿なッ!?」
「何を驚いておる……この程度、すぐ復活するわ」
その力が本体に迫る前に、彼はその腕を刃で斬り落とした。右手には宙から創り出した
光の粒が斬り落とされた腕の先に集まっていく。そして腕の形へと姿を変えていき、腕は復活した。まさに言葉の通り。
「……この程度では、倒せないということか」
「我を誰だと心得る」
立ち上がった大天使は、聖なる剣を横に振り被った。
「『魔王』であるぞッ!!」
同時に風が生まれる。その一振りは、魔法を
その暴風は、ルシフに殺到。いや空間全てを覆い尽くすほどの風は、ルシフを吹き飛ばした。
「ッ!?」
地面に激突するルシフ。その身体は、ルシフの鎧に包まれてはいない。オルゴが身に付けていた鎧。特別製の鎧は、地面に打つかる衝撃を吸収する。
「痛く、ない」
「鎧の力に助けられたか」
助かった。ルシフはそう思う。しかしこの鎧がそれほどの力を持っているとするならば我の鎧は、なんなのだ。そんな思いが、それを打ち消していく。物心ついた頃から纏う鎧と兜。これを外せたことはない。
「余所見は死を生む」
いつのまにかルシフの前に立っていた邪神は、その手から炎を生み出す。ルシフの瞳が赤く照らされ焦げ付いた。そして撃ち放たれた炎と共にルシフの身体は、また吹き飛ばされる。
今度こそ、その身体に痛みが走る。腹部に風穴を開けられたような衝撃。そこに感覚はなくなった。ルシフは、自分の身体を見下ろす。鎧の中心が溶けてなくなっていた。
「もう、次はない」
「ッ!!」
ルシフは、考えを振り払う。今、それを考えていても仕方がない。
「やるしかあるまいッ!!」
闇の力が
「【魔王の僕】よッ!!」
号令。それは力を呼び出す、魔王の言葉。魔王の使者が黒き拳で向こう側から幾度も叩く。呼び掛けにそれは現れる。巨大な闇の骸骨。
「……これが全力か」
それはさながら闇の津波。ウルが使ったその力ほど強大ではない。しかし邪神に負けず劣らずの力の奔流。闇の力を纏った骸骨が襲い掛かった。
しかし彼は腕を広げ、瞼を落とす。まるで子どもを迎える母のような表情を浮かべながら。
「な、なにをッ!?」
「……ふむ」
闇の力が邪神を呑み込む。そしてその姿は消えていった。
「や、やったのか……」
骸骨の内部は、闇の力の奔流が渦巻いて見えはしない。もしそこに巻き込まれれば並の者であれば、跡形も無く消えて無くなるだろう。しかし、その背が膨れ上がる。闇の力で形成された骨の一部。恐ろしいほどの強度で出来上がっているために、それを壊すことも出来ないはず。そもそも触れることすら出来ないはずであった。
この時が来るまでは。
「面白い力だ」
闇の骸骨の背が打ち破られる。姿を現したのは当然ルシフェル。
闇の力によってその身体は、消滅により近付いている。しかし彼のその力は、それと同時に再生を繰り返していた。
「こ、これでも終わらんのか……」
「だが、終わりだ」
いくつもの光の刃がその身体を貫く。
「ま、まさか、我が負けるのか……?」
「その通り。所詮、その程度だったということ」
ルシフは自らの身体を貫いた光を見つめる。それは、ルシフに一つの可能性を提示していた。
「くふ、くふふふ……」
「……なにがおかしい」
「光と闇よ、我に力を……」
その身体にある力は、闇だけではない。光と闇の相反する力が同居している。それは、それだけでも計り知れないほどの負担を身体に掛けていた。だが、もうそこに惜しさはない。自分の命が奪われようと。この二人を護れるのであればこれでいい。
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「……皆、元気で」
オルゴは、一度振り向くとまた前を向く。自らの滅びゆく身体などもうどうでも良かった。そしてその右腕を突き出す。闇の骸骨は蘇った。しかしただ蘇ったわけではない。光の鎧を身に纏い、また立ち上がったのだ。
「さあ、【暁の勇者】よッ!!」
巨大な剣がその手に現れる。それは彼が使い続けた剣と同じ形状。
「討ち滅ぼせッ!!」
一閃。
「……馬鹿な」
ルシフェルは地に堕ちる。
それと同時に『始まりの勇者』となった彼の命も尽きるのだった。
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