四十一話 憤怒の騎士 弐
そしてまた場面が移り変わる。
大広間に大勢の人間が集まっていた。煌びやかなドレスに身を包んだ淑女。高級な料理に舌鼓を打つ紳士。これは、新たなる勇者の誕生を祝うための食事会である。当然、主賓は勇者。勇者としての正装を身に纏ったウルである。そのウルは中央で様々な人物に囲まれていた。と言ってもその大半は、若く美しい乙女ばかり。勇者は魔王討伐後、次の王になる。世界一と言われた国の王になるのだ。当然、手に入れる富や名声は計り知れない。数多の貴族がその恩恵を受けようと必死に娘を差し出すのも、毎度同じ。
この数百年間、それが変わることはなかった。それも当然だった。必ず勇者が魔王に勝利するように仕組まれていたから。ルシフェルの介入があったのは間違いない。どのような勇者でも正しい手順を踏めば必ず魔王を倒せてしまう。もはや、魔王を倒すことは儀式と化していた。次の王が生まれる儀式。
そして若い乙女に囲まれる勇者を陰から見つめる少年がいた。
──茶番だ。
こんなものは、茶番だ。見ていて心の中が荒んでいくのがはっきり分かった。この場所にいても自分には合わない。少なくとも今の自分では剣を抜いてしまいそうになる。そんな考えを決して口から出すことはない。しかし耐えきれなくなったイーシュは、静かにその場を後にした。
そしてまた場面は移り変わる。
草花が風で揺れ、月明かりが照らす。美しい草原。彼らが子どもの頃、英雄が魔物と対峙した草原だ。
彼は、ふらふらと一人歩いていた。
特に当てもなく、その苛つきを治るまで。しかし、それはそう上手くいかない。
「……悪いが今は手加減出来んぞ」
イーシュは、柄に手を当てる。消えようとしていた殺気は、再び舞い戻った。周囲を取り囲んだ魔物の群れ。人気の無いこんな時間に、そうなることは予想出来たこと。むしろ憂さ晴らしにそうなることを望んでいたのかもしれない。
この辺りの魔物は、弱い。多くの戦いを重ね、老獪な魔物や、強靭な魔物は一掃されている。残ったのは、弱小な魔物のみ。
まさに言葉の通り、瞬殺。
魔物の群れは、息つく間も無く斬り捨てられていった。そして数刻経った頃。周囲には、魔物の死骸が山を成す。その数は、異常。王都の周辺に出現する魔物の量を遥かに超えている。いくら一体一体が弱かろうが、さすがのイーシュも肩を揺らしていた。
だが、そこにあったのは疲れではなく怒り。これほどまでに自分は強いのに。なぜ自分は、報われないのか。勇者にもなれず、剣術大会では当て馬にされる始末。
自分は、強い。自分は……。
頭の中をそんな考えが這いずり回っている瞬間。辛うじて息があった魔物の一撃が、イーシュを掠める。それは、その一撃は。邪気の混じった一撃。魔物の群れに混ざっていた邪気の力を持った数体。それは当然、ルシフェルが意図したもの。手駒を増やすための策略。その策略は、見事にイーシュを逆撫でする。もはや抑えきれなくなった憤怒の感情。
彼の身体から黒い輝きが産み落とされる。それは当然のように
どろどろとした黒い液体のように姿を変えた闇の力は、彼の身体に
◼️
「……これで最後だろ?」
「ええ、私が見せる
天に問いかけた言葉は、すぐさま返った。趣味の良い奴とは思えないが、これが俺に必要であったこともよく分かる。
「……同じ鎧には到底見えねえな」
天から降る言葉の通り、その鎧はイーシュが身に付けていたものと確かに似ていた。だが明らかに違うのは、その大きさ。イーシュの体躯を二倍程度には膨らませている。つまり目の前に立つのは、全身を鎧で覆った巨大な黒騎士。
「そんなにお望みならやってやるよ」
騎士は俺に向かって突進する。振り上げる剣も巨大な剣へと姿を変えていた。しかしその動きは、鈍い。体積が増した分、重くなったということだろう。
「……三の太刀、全」
不可視の斬撃を宙に撃ち出す。本来ならば範囲の狭い斬撃の乱打。しかしそれを纏め、極限まで一撃を研ぎ澄ませる。威力も範囲も当然、高い。そしてそれは、見事に命中する。だがそれだけだった。当たっただけ。黒騎士の鎧に、傷一つ付かない。
肉薄する黒い鎧。俺は、もちろん回避動作を取る。瞬間移動する気配はない。緩慢な動作。これまで戦ってきたどの相手より遅い。
「──ッ!?」
しかしそれは、急加速。まるでそいつの時間だけが早く進んだような。その衝撃が俺の身体を走る瞬間に悟った。これは騙しだと。でかいものは鈍い。誰がそう決めたんだ。先入観、油断。どうも色々、鈍っていたらしい。二重の罠。瞬間移動にだけ拘っていたのが間違いだった。そしてその一撃が俺を襲った後。そいつが俺を逃がすことはない。
当然、宙で体勢を崩す俺に逃げる術がない。とにかく近距離戦は不味いが、近距離を避ける手段が今の俺にはない。もはやそこからは為すがままだった。重く硬い拳の連打。一撃一撃がその
地面に追突した俺は、ここが草原であったことに感謝する。まさに不幸中の幸い。
激痛に堪えながら、俺は立ち上がった。立っているのが精一杯。今までのイーシュとは比べ物にならない力、闇の力に覚醒したことも、大いに関係あるだろう。そして恐らくこの時点でもう既に、邪気が混じっていると推測出来る。
俺の視線が揺れた。気を抜けば、意識が飛ぶかもしれない。だが目の前の敵が待ってくれることはない。次の一撃を繰り出そうと、もう動き出している。次は殺す気だろう。巨大な剣をその手に握り、一歩踏み出した。
「はは……」
なんでこんな時に、クソジジイの顔が思い浮かぶんだろうな。おそらくここまで追い詰められたのは、初めてだ。……あのクソジジイとの修行を除いて。意識が飛ぶなんて一度や二度に始まったことではない。思えば魔族としての身体があったからあの修行に耐えられたのかもしれない。
──待てよ、そういえば。
俺はこうなることを教えられていた気がする。初めは冗談だと思っていた。いや、これまで嘘かからかわれただけだと思っていた。
分からない。なぜ今それが閃いたのか俺にも分からない。でも確かにそれを使えると俺は、確信する。だがおそらくそれを撃てば俺は、気を失う。倒しきれなければ確実に殺される。
一か八かの勝負。
「……零の太刀、終」
心も力も技も捨て去る。全てを空に帰した、
◼️
二人はすれ違った。一方は、白銀の刀を手に。また一方は、黒い大剣を手に。先に倒れたのは、黒い鎧を纏った騎士だった。いや、もうその黒い鎧は砕かれていた。
そしてもう一人の青年も、少し
空には大きな月が浮かび、夜風が草原を撫でた。直に月は沈み、夜が明ける。
今すぐに黒衣の青年を起こしてもいい。しかしまだこれで終わりではない。なにも終わっていない。彼の本当の戦いはこれからだ。
だから今は少しの間、良い夢を見れるように。私は二人を寝かしておこう。そう考えたのだった。
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