三十九話 光の試練 弐
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「我が家……いや、違うか」
ルシフは魔王の城を見上げていた。
「今更だが、一挙一動を言葉で表現されると違和感があるな……」
ルシフが城の前に目をやると、オルゴたち一行が並んでいる。それは、ただ並んでいるわけではない。影の魔物の大軍が侵入を防がんと並んでいたからだ。つまり彼らは、それらと対峙している。
状況は、劣勢。
オルゴは、強い。その仲間たちも皆、当然強い。ここまでの旅で更に強くなっていた。しかし、ここはルシフェルが支配する土地。影の魔物たちの力も恐ろしいまでに増していた。
「ここは俺たちに任せろッ!!」
すかした剣士が叫ぶ。
「ええ、私たちに任せてッ!!」
轟音。魔力の渦が影の魔物を焼き払う。魔法を放った天才少女も叫ぶ。それは魔王城の内部までの道になっていた。
「俺も、忘れるなよッ!!」
龍が上空より、滑空。魔力の渦に追従するように火を放つ。その上には船乗りが乗っていた。放たれた火は、作り上げた道を更に強固なものにする。影の魔物が近寄らせないための焔の柵。
「さあ、行ってッ!!」
三人の声が重なった。
残りの三人は、顔を見合わせると一度頷いた。そして一目散に駆け出す。魔物たちの大軍を潜り抜け、見事に城へ入り込む三人。オルゴ、ヘラ、そして他国の姫。彼女の名はメティス。
城の中は、静まり返っていた。
影の魔物の姿はない。何者の姿もない。あるのは奥底から響く、強者の鼓動のみ。オルゴは、覚悟した。自分に敵うだろうか。これほどの強さを感じたのは、神と遭遇した時以来。自分以上の光の波動を持ち合わせたものに果たして自分が。
だが彼は、それを表に出さなかった。感情を奥深くに閉じ込めていた頃の自分を思い出して少し笑ってしまった。
「どうしたの、オルゴ?」
二人が心配そうに見つめている。
「いや、これで終わると思うと嬉しくてね」
どうあっても彼女たちは必ず護る。彼はそう決めていた。自分の命を投げ出してでも、刺し違えてでもルシフェルを倒す。彼は深く決意した。
「そう、だね……」
一番最初から旅を共にしたヘラにとって、とても長い旅になっていた。色んなことがあった。そんな彼女が特別な想いを抱くのは当然だったと言わざるおえまい。
「……必ず生きて帰りましょう」
聖女のような立ち振る舞い。気丈に振る舞うメティス。亡国の王女。ルシフェルに国を滅ぼされた彼女にとってオルゴは、希望そのものである。しかし、それ以上にその人柄に惹かれたのは間違いなかった。
「ああ、帰ろう」
感情を取り戻した彼は、それほどまでに魅力的だったのは間違いない。驕り高ぶったような態度を取るが、実際はそうではなかった。確かにその態度を裏付ける実力を持つが、押さえるところは確実に押さえる冷静沈着な少年。弱気を守る、強くを挫くそんな少年だった。
「……その時は、二人とも嫁に貰っていいか?」
少し軽薄さも持ち合わせているのであった。
「ええ、いいわ」
「私も」
だが、それさえも魅力であった。
◼️
下に続く階段を進む三人。彼らが進むにつれて青白い灯火が、一つ一つ灯されていく。その先にいるのは、間違いなくルシフェル。この世界を混沌へと陥れている元凶。放っておけばいずれ、彼にこの世界を滅ぼされる。彼らはそう思っていた。しかしルシフェルにそのつもりがなかったのは、知る由も無い。
「貴様らが旅の一行か」
男のようなしかし、女でもない声。低音や高音が入り混じった声。それが響き渡る。巨大な広間に降り立った三人。もはや広すぎて端がないようにも錯覚する。そして上を覗いても、天が見えることはない。地下。いやルシフェルが創り上げた異空間。この世に存在しない空間。
「……覚悟してもらうぞ、魔王」
裸体に一枚の布を纏ういくつもの翼が生えた人物。一言で表せばそうなるだろう。その顔立ちは美しい。切れ長の目に、はっきりした鼻筋。人の美しい部分が集合した顔と言ってもいい。女とも男とも見えるその顔立ち。それもそのはず。彼らに性別と呼ばれる概念はない。身体的にも両方の特徴を持ち合わせている。
彼に合わせた巨大な椅子に座るルシフェル。
人にほどほど近い彼……いや近いのは人。そんな彼が、人と最も大きく違うのはその体躯の大きさ。その違いは人同士の違いの範疇を超えている。座っていてもそれはよく分かる。
神々しさを纏う天使。人に対して許されない行為を働いていたとしてもその神々しさは、消え失せることはない。
大天使ルシフェル。
天の世界で二番目の地位を持っていた天使。つまり天使の中で、最高位だった。
「魔王……。そう呼ばれるのも悪くはない」
彼は、閉じた目を開ける。
「我が名は、魔王。魔王ルシフェル」
その瞳は、三人を見据えていた。
「人間如き、一捻りにしてくれようぞ」
光が満ちる。天高く光が渦巻く。覆っていた雲の切れ間から溢れ出す黄色の閃光。地下に生み出される天の光。
「まさか……その光は……」
メティスは怯える。それもそのはずだった。
それは彼が地に堕とされた怨みが詰まった光の線。数万人の命を奪ったとされる力の奔流。
「……私の国を滅ぼした光」
それは、産声。この地に産まれ
「これで終わりではない」
その手を掲げる魔王。放たれた黒い何かが天の光に絡み付いていく。
「私の城に攻め入った褒美をやろう」
闇の力、ではない。
「邪気、天の世界に封じられていた禁断の力」
光の力を有するものが視えるとされるのは、それ故に。天の神々がそう組み込んだから。自然に産まれ落ちるその邪悪な力を封印する為に可視化したのだ。
「この力、思い知るが良い」
「まず──」
その声は、遮られる。一筋の光が天から地に堕ちると共に。まるで稲妻のようだが、そうでもない。だが、後に轟音が鳴るのは同様。そして彼らを衝撃波が襲う。火、水、風、三つの理、それぞれが入り混じった大爆発。数万の命を奪った力。
彼らの反応速度は、この旅で鍛えられている。数多の魔物との戦いを乗り越え、いつ襲われても決して負けはしない。この時もそうだった。それぞれが魔法の障壁を張り巡らせる。最も強力なのはオルゴが使う光の障壁。彼の持つ光の強さを示していると言って良い。
しかしそれらは、簡単に破られる。その力だけであれば可能性はあったかもしれない。しかしその邪気と呼ばれる力は、何倍までも力を膨らませる。
障壁の破れた彼らは、吹き飛ばされた。そして地面に叩きつけられる。直撃を避けたために命まで奪い取られなかった。だがもう立つ力すら、彼らには残っていない。
光の障壁を張っていた少年には、まだ意識があった。彼は、隣に横たわる少女の顔を見る。彼女には旅の始まりから付いて来てもらった。あんな自分でも彼女は決して見放さなかった。
それは確かに美味しいと呼べるものではなかった。だが
彼の感情を呼び戻すきっかけとなったのは、それである。
彼の中で感情が膨れ上がる。もう一度、もう一度食べるために立ち上がるんだ。彼がそう考えた時、黒い光が彼から溢れ出す。
そして彼の身体とルシフの身体が重なっていく。
「な、なにッ!?」
彼の身体は、ルシフとなった。
「我が戦え、ということなのですか」
これは、試練。これこそが試練。光を操る資格があるのか。試される。
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