三十七話 光の試練 壱

◼️


「……ようこそ、お待ちしておりました。ルシフ様」


「貴女方は……」


 白壁を赤く染め上げる。赤い火が灯った燭台がいくつも並ぶ中、ルシフの見知った顔も並ぶ。眠れる姫に鏡の姫。そして時の姫。だが、最後の一人をルシフは見たことがなかった。


「彼女たちが、扉を開く」


 テティスが背後から飛び出すと彼女たちの前に立った。赤髪が光の中で揺れる。その光の源は、姫たちの背後にある扉から漏れ出すもの。


「光の試練への、扉」


 ルシフは、その扉を凝視する。魔王を名乗っていた自分が本当にこの扉を潜ってもいいものだろうか。あまりの神々しさにルシフは、そんな畏れを抱く。一度俯いたがルシフは、最後の一人が気にかかった。その顔は見たことないが、その特徴や名前を聞いたことはあった。


「貴女がアリス殿……ですよね?」


「……はい」


 美しい金髪に碧眼が、兜と鎧を纏ったルシフを見つめる。彼女こそが最後の姫。『不思議の姫』であった。


「我々は、その、血が繋がった……」


「いえ……違います」


 彼女は、少し小さな声でそう答えた。大きな目は伏し目がち。その記憶はあまり良いものでないことを指し示す。


「違う……?」


「……私はアレクサンドラ王、いや」


 しかし彼女は顔を上げる。その眼差しは力強いもので、彼女の美しさに拍車を掛けた。


「ルシフェルに囚われていただけに過ぎません」


「それは、一体……」


 光の雨に打たれながら言葉を交わす彼女たち。


「私たちは皆、何かに囚われていました」


「……!!」


 ルシフにも心当たりはあった。眠りの姫は、夢に。鏡の姫は、鏡の中に。時の姫は、時の中に。そして彼女は、元凶であるルシフェルに。


「ウルやルシフ様は、この旅で私たちを解放しました」


 彼らが彼らの意志で、行ったのかもしれない。しかしそれはまるで誰かに導かれるように。誰かが困っているのを見ると助けられずにいられなかった青年の意志。それは、彼らが考えているよりも大きな絵を描く。


「……これは歴代勇者の中でも初めての事」


 いくつもの循環の中、勇者と魔王が生まれ、そして死んでいった。しかしその偉業を成し遂げたのは彼らだけ。


「この試練の扉は、私たち全員が揃わないと開きません」


「……つまり、我が試練を受けるのが初めてなのか」


「……ええ、運命とはこうも面白く進むのかと思うばかりです」


 勇者になるための試練が始まるこの瞬間。それは、全ての循環において初めてのこと。つまりそれは、この世界において『真の勇者』が生まれ落ちる二度目・・・だということ。


「……その、ウルのことは」


 この言葉の中の流れで、切り出せなかった言葉。


「さあ、無駄話はここまでとしましょう」


 しかし、それは彼女の言葉で打ち切られてしまう。


「……それでは始めましょうか」


 アリスの声が部屋に響く。


「はい」


 後ろに控えていた彼女たちが各々の返事すると、同時。掲げた魔法道具が輝き光る。夢の杖、真実の鏡、時の指輪。そして、一本の剣。それぞれから放たれた光の線は、扉に殺到する。そしてそれに呼応するように扉がゆっくりと開いていった。光の渦が部屋に溢れていく。それは誰も彼もを包んでいくわけではない。ルシフの視界は白く、そして沈んでいった。


◼️


「ウル……?」


 次にルシフが目を開けると、目の前に一人の少年が膝を付いていた。ウル・イーガ。彼に瓜二つの少年。黒髪に、黒い瞳。そして鋭い目付き。だがそこにいつも浮かべているような不敵な笑みはない。それは、まるで別人。

 そして彼の前には、一人の老人が座っている。背から差し込む光の粒が彼の被る王冠に反射していた。


 これが『始まりの勇者』なのです。


 その声は、天から降り落ちる。当然のように戸惑うルシフ。上を見上げても立派な照明器具や、赤い飾り付け、そして灰色の天井しか見当たらない。


「だ、誰なのだ……」


 彼女は、試練の導き手。と名乗った。


「ふむ……貴女の声に従えば良いのですね?」


 物分りが良い、彼女はそう思う。


 冠を被った白髪の男。赤い外套を身に纏い、厳格な雰囲気を漂わせる。それは、当時の王。長年に渡る魔王との戦いに疲弊しきっていたが、とうとう彼の前に、現れる。光の力を宿した少年。まさにそれは、希望の光。


「しかしなぜ魔王であるウルと瓜二つなのですか……」


 彼の名は、オルゴ・イーガ。『始まりの勇者』となるべくここを訪れた少年。


「──ッ!? まさか、どういうことだ」


 彼の祖先であることは間違いありません。しかしそれはまだ語られる時ではない。彼女の言葉は、そう降り落ちる。


「……分かりました」


 そして王は、彼を旅立たせる。多くの臣下を彼の護衛に付けて。それは、必ずこの戦いを終わらせるという意志がはっきりと現れているのだった。

 しかし、その臣下たちは旅が進むにつれて一人また一人と脱落していく。それは魔物に殺されたわけでもなければ、病に掛かって死んだからではない。勇者、その人の人格に嫌気をさしたからである。


「人格……?」


 彼の強さは、本物だった。だがしかし、彼には欠け落ちているものがあった。


 それは『感情』。


 彼が幼き頃に、家族は魔物に惨殺されてしまった。それは、彼の全ての感情を封じる。そして彼に『復讐』と呼ばれる意志を与えることとなった。

 しかしそれは、この時代にとって奇異な人物になることを、指し示す。それは最も感情が溢れた時代だったから。激しい魔物との戦いが起こっていた時代。だが、それでも彼らは『感情』を忘れることはなかった。


 『勇者に感情はない』


 だからこそその噂が瞬く間に広がると、全ての臣下が去っていった。


「……勝手な」


 そして、彼はたった一人で旅を続ける。魔王を倒すために。この悲しき時代を終わらせるために。


 そんなある日、彼は一人の少女と出会う。


「……誰かに似ている」


 姿形は特定の魔物だが、その全てを黒く塗りつぶされた魔王の臣下。彼らは、『影の魔物』と呼ばれた。その彼らに囲まれた一人の少女。勇敢に逞しく彼女は戦ったが、数の理に勝てはしない。そんな中、飛び込んだのがオルゴだった。圧倒的な光の力で一瞬にして影の魔物を打ち払うオルゴ。


「助けてくれてありがとう。私は、ヘラ。貴方は?」


「……オルゴ」


 それは一人目の旅の仲間であった。

 彼女は、彼の目的を知ると旅を共にすることにしたのだ。彼女の目的も彼と同じ。魔王を倒す、とまではいかない。しかし、この時代を終わらせるために彼女もまた奔走していた。


 そして旅を続けるうちに、彼は彼女の温もりにほだされていく。奥深くに閉じ込められていた感情が徐々に顔を出していった。


 彼が初めて笑ったのは、彼女の料理を食べた時である。その料理はとても美味しいと呼べるものではなかったが、彼は全て平らげた。美味しい、と笑顔で。


 そしてまた場面は移り変わる。

 すかした剣士と彼が邂逅する場面。黒い長髪に、長身の剣士。彼はのちに『剣聖』と呼ばれることになる人物。


「ドレイク殿とガルバード殿が合わさったような……」


 彼もまた旅の仲間に加わった。その背景は、置いておくとしてもまた彼も魔物を討ち滅ぼさんとするもの。


 次の場面で、オルゴは一人の少女と握手を交わしていた。その少女は、長身とされるオルゴやすかした剣士に並ぶほどの体格を持つ。剣の腕も確かなもの。その上、魔法でさえも使いこなすまさに天才。


「英雄、マキシム」


 そしてオルゴは、また一人の少女と出会う。気品高く、その美貌は全ての男の視線を奪う。服装は戦士のものであったが、その漂わせるものは隠しきれない。彼女は他国の姫であった。これもまた旅の仲間に加わることになる。


「彼女は……アリス殿か?」


 勇者の一団は、魔王の住まう大陸に向かう。それには、海を渡る必要があった。そこに現れたのは一人の船乗り。のちに『ヴァイキング族』を従える勇敢な船乗り。彼は、勇者たちに同行することを前提に大陸まで運ぶことを約束する。


 そして彼らは辿り着くのであった。

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