三十話 五日目昼と夕
◼️
「もう来ていたのかッ!?」
「ああ、奴等が来ると思ってな」
事の顛末を見た俺は、確信する。
その指輪の邪気は消え去った、と。アレスの父親であるマキシムは、ありとあらゆる武芸を極め、魔法にまで手を出した男だ。しかし彼が最も強かったのは、武器を持たなかった時。
「アレス、身体の調子はどうだ?」
この『繰り返し』の中では、これが久方振りの再開。しかしアレスは、そんなことも気に留めていなかった。
「あ、え、なんか変……」
少年は、指輪を触る。悪しき力は、そこから失われた。だからきっともう、『繰り返し』は起きないはずだ。
「いや、むしろ調子が良い、ような」
「よし、なんとかなりそうだな」
しかし逆に言えば、それは『死ねない』ということ。死ねばそこで終わり。時が戻ることはない。
「お前がミラを守れッ!!」
だが、きっとその力を取り戻した彼ならば守り抜いてくれるだろう。
「はいッ!!」
雨。雷。そして邪気に塗れた魔物たち。この状況を俺たちは乗り越えなければならない。
「俺たちが殲滅するッ!!」
怒号と共に、冒険者たちが駆け抜ける。
人数は変わっていないだろう。しかしむしろその魔物の数は増えている。そして更に強力になっている。
獣人型魔物の最高位。奴らの最終手段は、『狂化』。それは思考を破棄し、溢れ出す殺意に身を任せる技。例え、腕を切られても足を切られても生きている限り、突撃する。そこに邪気が加わっており、より凶悪になっている。
それは、気を辿るまでもない。目視で分かる。黒い体毛は逆立ち、口からは涎が垂れる。睨む目は真っ赤に染まり、まさに暴走状態。
いくら並び立つ冒険者たちが優秀であろうと、犠牲は出るかもしれない。俺の運命は、やはり此処で決まっているのかもしれない。
──全力で行く。
「準備はいいか、ルシフッ!!」
「ああッ!! ぶちかますぞッ!!」
右腕を突き出す。
左手は溢れ出す力を抑え込む。
例え、この身朽ち果てようとも少年やこの街は俺が守る。
──らしくないな、ウル。
静寂の中、俺にはそう聞こえたような気がした。その声は、確かに片目の老人の声。いや、静寂なわけがない。雷鳴や雨が等しく全てを叩く音。獣の唸り声や、冒険者たちの怒号が鳴り響くこの戦場で。しかしそれは、まるでその瞬間だけ、時が止まったような。
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!!」
目の前に走り込んだのは、アレス。
その指輪に手を添えている。
「なにッ!?」
膨大な魔力が溢れ出る。
それは、確かに指輪の力。だが今までのものとは全く違う。優しい風のような、青い力。
「俺たちがやりますッ!! ──なあ、魔人さんッ!!」
「合点だ、少年ッ!!」
少年の背後にもう一人現れる。青色の肌をした人。いや、魔人だろう。溢れ出る魔力は、俺なんて比じゃない。全知全能の存在に近い力を以って三つの願いを叶える存在。これが本来の姿。
「……とは言っても、殺生は駄目なのよね」
その姿は、みるみるうちに巨大化する。俺が使った【魔王の僕】と変わらないほどに、大きくなった。その青い影は全てを覆い尽くす。
「な、なんだあれは」
一人の冒険者が正気を取り戻したように、指を差す。その巨大な青い魔人に向けて。
戦場の音は、消え失せた。
冒険者や、その『狂化』を発動している魔物たちでさえ動きを止めたのだ。挙げ句の果てには、天候でさえも止んでいく。強大な力の存在。それがこの辺り一帯を支配した。まるでこの土地に住まう神のように。
しかし当の本人は、まるで道化。手を顎に当て、視線は斜め上。悩んでいる仕草、なのか。うんうん、唸っている。……なんて滑稽味のある存在なのだ。
「だからその力」
そして、その思考時間は終わりを告げる。態度は、緩いがその力は本物。彼は、人差し指を立てる。
「吸い取っちゃうよ!!」
上空を覆う天使の使い魔に、地上を覆う獣人。その全てから邪気が吸い取られていく。雨は完全に止み、暗雲は二つに割れた。そして柔らかな日差しが冒険者たちを照らす。
「これで思う存分暴れられますよ、ウルさんッ!!」
「……流石は英雄の息子と言うところか」
それは、おそらく三つ目の願い。彼は私利私欲に走らず、この街を救うために使ったのだ。まさに『英雄的行為』。
そしてその笑顔は、瓜二つだった。彼が片目を失ったときに見せた、その笑顔と。
「なにか言いましたか?」
「いや、なんでもない」
俺は、柄に手を掛ける。
「行くぞッ!!」
再度、冒険者たちは活気を取り戻す。きっとこの冒険者たちは、この少年を忘れないだろう。きっと次の『英雄』として担ぎ上げるだろう。
◼️
その勢いは、まるで津波。全てを呑み込み破壊し尽くす。冒険者たちは、次々と魔物を討ち取った。そして圧倒的な勝利を勝ち取った。
「お前が最後だな。……クソ天使が」
最後に残るは、こいつしかいない。
今回の黒幕にして、首謀者。光の力を有しながら、なぜか『邪気』を操る天使。
「まさか、マクシムがしくじるとは」
表情一つ変えはしない。こいつがマクシムを脅していたのは間違いなかった。息子の指輪に邪気を籠めたのはマクシムだ。しかし、それをさせてたのはこいつ。
こいつにとって人間は道具。勇者とて道具に過ぎない。
「ウルさん危ないッ!!」
光の剣が背後から迫っていたのは、分かっていた。今の俺であれば、
しかし、それは彼が阻止した。拳で打ち砕いたのだ。今回は俺を庇うこともない。アレスは生きている。
「……まさか、この手もしくじるとは」
ビリビリと黒い本流が渦巻いていく。それは、闇の力なんて生易しいものではない。全てを朽ち果てるまで喰らい尽くす無差別の力。
「ちょっとは天使らしくしたらどうだ?」
「残念ながら天使ではないのですよ、私は」
邪気が空を埋め尽くしていく。その女性めいた白い肌を黒々と変えていく。
「……なに?」
「これが私の真の姿」
以前のような美しい姿はそこにない。
黒肌に、老人のような顔。爬虫類のように、その金眼をぎょろぎょろと動かす。いくつもの黒翼。鱗に覆われた肉体。人でもなく龍でもない。半人半龍。異形の怪物。
「はっ、妥当なところだろうよ」
「我が名は、バアル・アガレス」
複翼を一斉にはためかせた。それを皮切りに空に浮かぶ邪気の渦が、動き出す。滝のように地上に流れ出したのだ。
「に、逃げろッ!!」
疲労にくたびれた冒険者たちが叫ぶ。しかしそれは速い。波となった膨大な邪気が冒険者たちを飲み込みこもうとしている。
「貴様をここで葬ってくれるわッ!!」
「──させるわけねえだろうが」
【二の太刀】を放つ。
その方向は縦ではない。横に放つ。それは、斬り裂くためではない。邪気の波を止めるためだ。狙い通り、不可視の斬撃と黒い波は、拮抗する。
「元勇者めがッ!!」
そうそれは、あくまでも時間稼ぎ。
本番はここからだ。
「今度こそ行くぞ、ルシフ」
「ああ、準備は万全だ」
右腕を天に掲げる。
この時のために魔力は、練りに練った。最高練度の闇の力だろう。
「──出でよ、【魔王の黒炎】ッ!!」
扉から溢れ出るのは、黒炎。それは、邪気の量とほぼ等しい。波と波がぶつかり合う。量は同じだが、何よりも
「なにッ!? あの方の力がッ!?」
轟音、そして打ち砕く。
闇の力が邪気を呑み込み、押し流す。
「さあ観念しろよ、ペテン師がよ」
「ふふ、ふふふ……まだだッ!!」
再度、それは空を埋め尽くす。
今度は、ただの邪気ではない。一つ一つが剣の形を模している。夥しいほどの邪気の刃。だが、それだけだ。
「んなことだろうと思ったぜ」
扉はまだ残っている。禍々しくも神々しく、再度光を放つ。光り輝く闇の力を纏った扉。一度、二度、三度。扉の向こう側から何かが叩く。そしてその指先が扉を開き、黒骨が姿を現した。巨大な闇の骸骨。まさにその姿は、闇の力の化身。最強の切り札。
「喰らい尽くせッ!! 【魔王の僕】ッ!!」
「────ッ!!!!」
骸骨は、目の前の異形に歓喜する。
いや、俺の感情が乗り移ったのだろう。そのクソ野郎をようやく叩きのめすことが出来るのだ。
「それごと貫いてくれるわッ!!」
刃は、骸骨に殺到する。しかし、それは一つも届くことはない。黒炎が骸骨を守るように渦巻いているからだ。
「ば、ばか──」
言葉はそこで途切れる。
巨大な掌がアガレスを握り潰したからだ。だがそれで終わりはしない。まだ生かしてはある。骸骨はけたけたと笑う。
──なんて気味が良い。
歓喜、歓喜歓喜。
骸骨は手を何度も地面に叩きつける。黒い何かが、掌から流れ出すが、それこそ快感。だが、こいつを無に還すようなことをしない。殺しはしない。永遠に苦しんでもらう。
その手を口元に運び、喰らい付かせる。そして胃袋の中へと。
「終わりだ」
骸骨は、地獄へと繋がる扉に消えていった。
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