二十九話 五日目朝と昼
◼️
「……なんだ」
俺は跳び起きる。酷い悪夢を見ていたような気分だ。……いや見ていたのか。これで何度目だ。もう分からなくなってきた。
「おはよう、ウルよ」
鎧姿がゆらゆらと目の前で揺れる。
おはよう、か。その時間が朝や昼。例え夜であっても起きた人間に対して、その挨拶をするだろう。
俺は、瞬きを幾度か繰り返す。視界が暗いのは俺の目が悪いわけではないようだ。……気のせいか? 部屋が暗い気がする。
窓を見るが、窓掛けは揺れていない。同じ時間に起きているのであれば、それは変だ。
「……まだ朝か?」
微かに陽射しが射し込むが、やはり部屋は薄暗い。
見えるのは綺麗に畳まれた俺の服。確かに畳んだのは俺だ。いつも通りに綺麗に畳んでおいた。しかしその位置までは、決めていない。大体の位置は決めているが、ほとんど寸分狂わず置くほど几帳面ではない。
「ん? そうだぞ?」
俺の『繰り返し』の開始地点は、昼。
その答えは、喜んでいいのか悲しむべきなのかはまだ分からない。どういうことだこれは。
「抜けた、のか」
もしくは、開始地点が変わったのか?
「抜けた? 何がだ?」
「昨日、俺は何をしていた?」
困惑するルシフを無視して俺は質問を続ける。そういえばどういうわけだか、こいつはこの『繰り返し』に加わってない。……狙いは俺に絞られているということか。いや、分かってはいたが、器用なことをするものだ。
「魔物と戦って、疲れ果てた挙句」
「この高級宿で寝ているわけか」
返事の続きを俺が続ける。
やはり、『繰り返し』から抜けているわけではない。起点が変わっただけ。進歩と言えば進歩だが、まだ終わりであるわけではない。
……どうして『繰り返し』の起点が変わった?
考えられるのは、『死』んだ人間が変わったこと。ミラからアレスに変化したこと。アレスは、俺を庇った。彼は『英雄的行為』によって死んでいったのだ。
あの瞬間。ミラが願ったのだとすれば。
「あ、ああ。そうだぞ?」
「まだ、か」
やはり、変えなきゃいけないのは根本。
あの指輪をどうにかしなければ。
◼️
あの騒ぎがあった真逆の位置。
人気のない路地裏だ。左右対称の造りになっている街であるため、路地の造りまで同じである。
まだ時刻は、早い。太陽が昇り始めてそれほど経っていない。俺はその気配を辿ってここに来た。懐かしい気の流れ。俺が一番尊敬している人と言っても過言ではない。彼に対する分析は当たっていた。
「……なぜ、貴方があの指輪を?」
彼の性格、気質上。ここに現れないはずがない。『英雄』と呼ばれ、数多くの外敵を撃ち払い、国を救い続けた男。
「仕方がなかったんだ」
あの指輪に邪気を籠めたのは彼だ。
おそらく少年に渡した時点ではまだ、籠めていなかったはず。
「御子息なんでしょう?」
アレスの父親。そして、王の軍を統べる将軍。彼の名前は、マキシム。息子の危機に駆けつけない『英雄』がいないはずがない。
「ッ!! ああ……だからこそなのだ」
その顔は、苦痛に歪む。
眼帯に白髪。外套に身を包む。しかし鍛えに鍛え上げられた巨躯を隠しきることはできない。
「しかし、貴方であれば何かあったでしょう?」
「いや、私でも……もう勝ち目は、ない」
狙いは、俺。おそらくあの天使野郎が息子を盾に、脅したというところ。だがそれでも『英雄』である彼がここまで追い詰められるとは一体なにが。王都で何があったんだ。俺の不在は長かった。やはり確かめる以上に他ない。彼にそこまで言わせる何かが王都に渦巻いているのだ。
「『軍神』と呼ばれた貴方でも、ですか」
軍神マキシム。
ありとあらゆる武芸や魔法に精通する。下手すれば俺より勇者らしい。彼の活躍が絵本になっているほどだ。彼、単体としての強さもさながら、彼が統べる兵士たちの強さは世界一と言ってもいい。
王国騎士団が遊撃隊であれば、彼らは本体である。
もし、もし魔王城で倒れる俺を取り囲んでいるのが彼らであったならば。
俺がここに立っているのは、ありえないだろう。
「……もう私は」
ふらふらと歩く彼は、膝をつく。
陽射しが彼を刺す。少し見えた外套の中は、黒々と何かが渦巻いている。それが服でないことは分かっている。
「邪気、か」
「ああ、気が付いたらもう既に蝕まれていたのだ」
彼でさえも、その力には勝つことは出来なかったのだろう。ここまで俺がそれに負けていないのは、俺自身が打ち勝っているわけではないから。今、背中にいるルシフのお陰だろう。魔王の力がなければ俺も今頃彼と同じ運命を。
「……イーシュですか」
「いや……恐らく彼ではない」
邪気をばら撒いているのは、間違いなくやつだ。ここまで旅をして来た中で、森にいた盗賊やあの戦闘民族の街。幽霊船も、対立していたあの街も。全てがヤツの仕業であることは間違いない。そんなアイツを庇う理由があると言うのか。
「……どういうことだ」
崩れ落ちる彼を抱き抱える。
その眼帯。失った瞳は、俺の為に失ったものだ。昔、貴族街で俺がとある花を駄目にした。わざとだったわけではない。だが俺は問い詰められた。俺は、嫌われていたんだ。ただの孤児を王の城に迎え入れることが気に食わない貴族は沢山いた。それは奴らにとって好都合だったわけだ。
「私にも分からないのだ……」
もう片方の目も光を失っていく。
彼は、その目を差し出した。俺を庇う為に。『英雄』にそこまでさせたんだ。それで俺は不問となった。彼を父親のように慕っていた俺は、それからあの師匠に師事するようになった。……いつか必ずその恩を返す為に。
「くそ……」
「すまない、息子を頼む……」
必ずこの『繰り返し』は俺が終わらせる。
◼️
北の裏路地。まだ昼になったばかりの頃。
一人の少年が訪れる。彼が訪れた理由は、二人の青年と一人の少女。事は、単純明快。二人の小悪党が少女に乱暴を働こうとしているのだ。
「……おい、待てよ」
そこに駆け付けたのは『英雄』の血を引く少年。身に付けた指輪は、もう黒い光を失っていた。
「なんだお前は?」
美青年か顔を歪める。お楽しみの時間を邪魔された怒りが湧き上がったのだ。しかし少年がそれを許すわけにはいかない。それは、彼女を特別視しているからではない。彼は、『英雄』なのだ。
「……アレス」
少年の名は、アレス。
今、失われた命は彼を抑えつけていた邪悪を取り払う。彼を彼の息子へと昇華させる。それを彼が気がついていようがいまいが関係ない。
「聞いたこともねえ名前だな? なあ、ウタチ?」
「ええ、聞いたことないで──」
その拳は、めり込んだ。
目にも止まらない高速の拳。もちろん彼なりの手加減は加えられている。もしそれが本気の一撃であるならば、頭が吹き飛んでいたのは間違いない。
「これから英雄になる男の名前だ」
平凡な顔に撃ち込まれた拳は、引き抜かれる。彼はその力を確かめるように、掌を握っては開いた。
「……覚えておけ」
それは、この世界軸において。彼の初めての『英雄的行為』。
もう一人の青年は、綺麗な顔を引きつらせて逃げていった。少年の言葉を最後まで聞く事はない。
「ここにいたかアレスッ!!」
そこに転がり込んだのは、義手の男。アレスの育ての親にして、冒険者の元締めと言える。
「……ガンド? どうかした?」
間違いなくこの世界の役割は、変わっていた。
その一部始終を見ていた少女は、少年に熱い視線を送る。それは、ようやく気が付いたというところだろう。
廻る。世界は廻る。それが正解か。それが間違いか
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