二十一話 決闘、そして覚醒
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怯えた少年が前に進み出る。
「……トニオ・ティグル 」
彼の前に前に立つ男。やはりその外見は、六十の齢を超えるようには、思えない。長い黒髪を邪魔そうに搔き上げ、少年を睨みつける
太陽は高く登り、煌々と輝いていた。
既に二本目の勝敗は付いている。
それは、門弟同士の勝負。圧倒的な実力差でティグル家は、大敗を喫する。そして最終勝負へと順番は周った。
「ドレイク……公爵」
「恩を仇で返すとは」
大剣。彼の持つ大剣は、更に大きい。彼の体躯に合わして造られた特注品であることが分かる。柄と剣身の間に位置する鍔の部分には、繊細な装飾が施されていた。青色が基調とされ、赤色が縁取る様に刻まれていた。
「恩を仇……?」
「この期に及んでとぼけるのか……やはりティグル家の男は、どれも下劣であるな」
それが与える印象は高潔。そして剣士は、誇り高くあるもの。という確固たる意志が其処から容易に想像出来る。
「な、なんのことですか……?」
ただでさえ重い大剣をより重くしたその大剣。彼は、それを背中から抜き放つ。
鍛え上げられた腕は、太い。一般的な人間の脚。それに、匹敵する太さと言えよう。
「舞踏会の提案を受けてやったであろう? ……その証として、その方の屋敷で開催したのだ」
その上であのよう行為を働くとは、無礼千万。彼はそう続けるのであった。
その行為とは、トニオ・ティグル。そしてジュリアの逢引行為。その場で何があったのかは当事者のみしか知ることはない。しかし彼は、うら若き自身の娘が若い男と二人きりでいたことを偶然目撃。そして激怒したのだ。しかもその若い男は、敵方である。
「は、話が違うっ!!」
「まだとぼけるのか──ならばもう語る必要はない」
慌てる少年は、何か言葉を紡ごうとしたが問答無用。巨躯の男が、肉薄する。
トニオを大剣が襲う。軽々と横薙ぎに撃ち込まれた刃。その巨大な刃を容易に振り回されるのは、例え勇者であろうと難易度は高い。
「く、くそッ!!」
防御の剣は、受け切った。しかしトニオは、意図せず背後に退がる。距離にするなら一歩、二歩、三歩。しかしそれはよろけるというより、押し退けられるに等しい。
リンドブルムの剣は、ティグルの剣の正反対。攻と守である。
「──これで終わりなわけなかろう」
猛攻。その言葉が最もよく似合う。
左から撃ち込まれた思えば、次は右から刃が襲った。トニオは、その速さに僅かな遅れで着いていく。その踏み込みに合わせた足捌きで徐々に徐々に背後に彼は、退がらされる。
苦悶の表情が浮かんだ。
その一撃一撃は、岩、そして地面をも砕く威力を誇る。相対するのが常人であれば、その剣ごと粉砕されているだろう。
右から左に振り抜かれた刃は、とうとう彼を吹き飛ばす。
地面に激突。その鎧に見合った音が鳴り響いた。
「ふん、ガルバードとは似ても似つかんな」
そう吐き捨てた男は、大剣を構えたままゆっくりと倒れた少年に近付いていく。
「……トニオ。お前の剣はとうの昔に完成しているはずだ」
それは、見ていられなくなったのかそれとも。黒衣の元勇者が声を上げる。彼は知っていた。
ティグル家の試験が開催されたその後。彼は、トニオの父、ガルバードから告げられていた。
『もうトニオの剣は、完成している』と。
防御の剣は、軌道や流れを予測し、攻撃を捌く。彼が至らねばならないのは、更にその上の段階。その力は、どれだけ正体不明の攻撃であっても受け流すことが可能。
心を澄み渡らせ、相手の心と同化する。
つまり、攻撃の本質を防御するのだ。
「……ジュリアが街から追放されたぞ。ぼやぼやしてる暇はないんだッ!!」
しかしその臆病な性格は、災いする。
彼は、優しすぎた。
それゆえに自分の力にさえ怯えていたのだ。
「ふん……余計なことを」
少年は、刃を地面に突き立てる。
「ドレイク・リンドブルムッ!!」
倒れた身体を引き起こす。
傷付き、倒れた筈の身体は再び立ち上がる。
「あんたって人はッ!!」
少年を中心に、青い炎が渦巻く。
それは彼の力の奔流。
ずっと奥底に封じ込めていた彼の力。
「少しは、まともになったか」
少年は、怒っていた。
しかし、しかししかし。
それは、静寂。
まるで海の怒りを体現するような存在へと昇華する。静かに、しかし、巨大に。全てを飲み込む津波が立っているかのよう。
「こいッ!!」
荒々しく燃える炎。
少年と対極を成す存在。噴火する火山のように荒々しく、龍の息吹よりも強大。そして、赤い炎が渦巻き立つ。ドレイク・リンドブルムの本気。彼は、霞みがかった頭を振り払う。
彼は、歓喜していた。彼は待ち望んでいた。
対等な存在として、その少年を。
「……褒めてつかわそう。私に本気を出させたことを」
爆発的に加速する。
それは人外の領域と言ってもいい。元勇者と同等。いやそれ以上。見る者を瞬間的に空間と空間を縮めたような錯覚に陥らせる。
神速で繰り出される連撃。
それは、単なる斬撃。上から下。地面を蹴って、右から左。斜め上から撃ち込まれる。その剣撃には、当然その加速分の力が加わる。
外れた刃は地面を穿ち、直線上の傷をいくつも造る。
少年には、その速さが視えていなかった。
しかし、そんなことは重要ではない。
「──ここだ」
もはやそれは一つ先の未来を視る力に等しい。
そこに現れることを予測するかのように刃は刃を受け流す。
そして、それは真髄。明鏡止水の境地から撃ち出される最強の刃。
──心を斬る。
「よくやった……トニオ」
砕かれた大剣の刃。それは、宙を舞う。
「なぜ、追放したんだッ!!」
金髪の少年は、男の胸倉を掴む。
「私にもわからんのだ……」
「な、なんだとッ!?」
意表を突かれる言葉に少年は男を離し、一、二歩退がる。その表情は、嘘を付いているように思えない。先程までの人を見下したような表情は、嘘だったように消えている。
男は、空を見上げるように立った。
北から黒い雲が迫り来る。水滴が頬に振り落ちた。まだ今は少しばかりだが、すぐ大雨になるだろう。
「私は目が醒めたらしい」
「目が、醒めた……?」
「……つまり誰かがあんたを操っていた、ということか」
元勇者は、九割の真実を見抜いていた。
その背後にいる魔王は、新たに得た力によって彼から少しばかり離れることが可能となっている。それに生かされるのは密偵としての任。
彼らはここにいながらも、その思考を止めていなかった。
「ああ。だが、ティグル家を嫌悪していたのは確か、だ」
空を見上げる眼はどこかぼんやりとしているが、以前と比べると澄み切っていた。
「……しかし、私はこの街まで巻き込むことを望んではいなかった」
濁った憎悪は消え失せていた。
「じゃあジュリアは……」
「ジュリアは私の大切な娘だ。追放などするはずもない」
大切にしていた騎士としての誇り。
彼は己自身を厳しく律し、リンドブルム家の期待を一身に背負っていた。
そして誇りを貫き通し、全てを注ぎ込み、そして最強の剣士と成る。
「じゃ、じゃあ一体なぜ」
だが彼は、その誇りでさえも娘の為であるならば捨てていただろう。
「私の預かり知れぬところでなにかが起こっているのだろう……」
しかし、最早彼に娘のところに駆けつける力は、残されていなかった。
「ごめんなさい、ウルさん!! 僕は彼女を追いかけます!!」
トニオは駆け出した。
一刻も早く、愛しのジュリアの元に駆けつけるべく。
「……ああ、俺も行く」
「待て、勇者よ。お前には渡す物がある」
「……お? おお」
男は、懐から布に包まれた何かを取り出した。
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