二十話 用心棒と用心棒


◼️


「用心棒対決、だな」


 明朝。

 鳥のさえずりが空を覆い、太陽が昇った。

 十分に手入れされた庭が、朝陽に照らされてる。それは、芸術品のように見事だ。

 玄関口の前が広間のようになっていて、俺たちはそこに立つ。地面は舗装されており、色とりどりの煉瓦が並んでいる。


「良い機会じゃ。決着を付けようではないか」


 のんびりと辺りを見渡しながら散歩でも興じたいところだ。しかし、当然そうもいかない。

 目の前に立つのは一人の老人。

 外見だけで言えば齢六十程と言ったところなのだが、実際は年齢不詳だ。杖なんて持っているが足腰が弱いわけではない。

 それには、中身がある。仕込み杖と呼ばれる代物であり、この大陸では手に入らない武器であろう。


「……良い機会、ね」


「して、まさかその武器がお前の手元に転がり込むとは思いもせんかったわ」


 俺が持つ刀。それは、極東の国が持つ技術でしか製造できない武器の一つ。

 そしてその仕込み杖も、同じ技術を用いて打たれる刃が仕込まれている。


「使い手を選ぶってことだな」


「ふん……クソガキが」


 こうして師匠であるジンパチと向き合うの初めてかもしれない。


「さて、始めようか」


 三本勝負の一本目。

 それが用心棒対決だ。


 互いに鯉口を切る。

 僅かに見える刃が朝陽で反射し、豪華な屋敷を照らす。唾を飲み込み、喉を鳴らす音さえも聞こえそうな静寂。

 それはただ待ってる、ということではない。


 ──狙っているのだ。


 互いの隙と隙。試行錯誤の連続。力と力のぶつかり合い。牽制と牽制の重ね合い。そして、気と気の流れ。俺が教わった剣技は、『気』というものを使う。『気』を持つもの同士の斬り合いとなれば話は違ってくる。


 それは、いわゆる読み合い。

 気の動きは、すなわち己の動きとなる。気と気をぶつけ合い、隙を探り合うといった寸法だ。それゆえに、気を使うもの同士の斬り合いはひとしきりの静寂を生む。俺たち程になれば隙なんてほぼないに等しい。


 宙で火花が散る。


 それは三の太刀。

 見えない剣撃の乱打。

 互いに一歩も動いていないが、その腕だけが動く。構え、というものはない。ただ剣を振り抜いて戻す。射程は短い。しかし、自由自在に気を斬撃に変えて飛ばす。


 ほんの僅かでも隙があれば、それは攻撃の隙間となる。そしてそれは同じ瞬間だったというわけだ。


 気とは、魔力と似て非なるもの。

 より己の力に近い何か。魔力は魔法に転換することで形として見えるが、気は不可視。

 だが、その流れは感じることが出来る。


 そして、二の太刀。

 射程は、遥か彼方。直線を不可視の斬撃が襲う。

 これも真正面からぶつかり合い、散っていった。


「……ふん、少しはやるようになったようじゃな」


 相対する男は、目を瞑る。

 その構えは──見たこともない。

 いや、構えと言えるのだろうか。両手を地面に伸ばし、完全に脱力している。それは一見すると降参かのようにも思えた。


「隠し球か、ジジイ」


 そこに返答はない。

 あるのは、斬撃のみ。


 目の前で火花が散る。

 それはこの、俺でさえ視えない一太刀。

 斬撃が飛んだわけではない。

 このクソジジイが見えない速度で移動したんだ。


「──これを受けよったか」


「これは一の太刀」


「己の力で会得するもの」


 声の方向が定まらない。前からだと思えば、背後から。背後からだと思えば、左から。恐ろしい程の高速移動。


「──だと教えたじゃろうが!!」


 正面からの大上段。

 だが、俺は。


「それなら俺も会得したぜ、クソジジイ」


 完璧に受けられる。

 受けて、流して、弾くことが出来る。

 どれだけ速く動こう共、どれだけ力のある剣撃でも確実に。


「そ、その剣技はっ!!」


「ああ、トニオ」


「これは、ティグルの剣──だったよな?」


 固唾を呑んで見守っていたトニオから、声が上がる。流石に驚いたのだろう。無理もない。


「それが、お前の『一の太刀』だと言うのか?」


「ああ、そうだぜ。クソジジイ」


「防御のみに特化した剣が一の太刀じゃと……?」


 クソジジイは、同じ構えを取る。


「面白い……面白いぞッ!!」


 そして、消えるほどの加速に入る。

 速さゆえに土埃が巻き起こった。


「叩き斬ってくれるわッ!!」


 虚と実。来ると見せかけて来ない。高速で動き回るこの『一の太刀』の真意は其処にある。

 まあ、この動きに目で追いつくものがまずいないだろうが。


 両腕を下ろし、刀を握る。

 その構えは、師匠と同じもの。


「な、なにッ!!」


「……言ったよな。『自分で一の太刀は見つけろ』と」


 一歩、また一歩。俺は歩く。

 その男と歩幅を合わせながら。

 まるで踊るように。

 視線が交錯し、ぶつかり合う。


「見つけたんだよ、俺だけの『一の太刀』をな」


 それは俺の背中にいるこいつの技から閃いた。見様見真似なんてものじゃあない。禁断の技、と言っても過言じゃあない。完璧に人様の剣を己の剣にする。


「遅えよ、クソジジイ」


 刃を振り抜いた。


「ば、ばかな……」


「受けた刃ならこの身体が記憶する──それが俺の一の太刀だ」


 倒れる男を尻目に刃を仕舞った。


「しょ、勝者!! ウル・リーガ!!」


◼️


「お母様……。どうしてでも私は行かねばならないのですか?」


「……ええ、分かって欲しいとは言わないわ」


「父上には誰であっても逆らうことは出来ないのですね……」


 美しい姉妹のような母と娘が見つめ合う。

 青い瞳と赤い瞳。二つの瞳が憂いを帯びる。


「ノルン!! こちらへ!!」


 リンドブルム家の敷地はこの街で一番広大である。なおかつ、街の一番奥に居を構えるように屋敷が建てられているため、裏の入口というものは存在しない。……公にはだが。


「霧が満ちてきましたね……」


 リンドブルム家の裏口に佇む二人の元に一人の女性が現れる。白銀の鎧を上から下まで身に纏い、見えるのはその素顔だけ。後ろで結ばれた赤い髪がゆらゆら揺れる。


「貴女にこんなことも頼むのは酷かもしれないけど、ごめんなさい……」


「……いえ、良いんです。これも私の務めですから」


 真摯に頭を下げる女性。悲痛な面持ちを浮かべ、今にも身を投げそうな雰囲気を放つ。


 女騎士は、彼女を見てこう思った。


 『まだ、嫁ぎにきたばかりの若い女性であるというに……』


 そう。彼女はリンドブルム家に嫁いできたばかりの若い女性。名は、レジーナ。レジーナ・リンドブルム。無論、その相手はドレイク・リンドブルム。その人である。


「ノルン、私からも謝るわ……」


「いえ、そんな、ジュリア様まで」


 娘であるジュリアに齢は、ほど近い。しかし彼女は少しの老いを感じていた。彼女は、相対的にジュリアより劣っていたからである。

 この場所に来るまでは、どこに行ってもその美しさを讃えられていた。しかしここにきてそれは崩れてしまうのである。


「……そろそろ行かないと」


 レジーナは、娘にそう告げる。

 

「……ええ、その通りですわ。お母様」


 父親であるドレイクは、娘である彼女を追放しろと言っていたらしい。

 その言葉はレジーナから告げられたものであるが、ノルンは疑ってはいなかった。


 そこにあったのは美しい親子愛。

 娘を庇おうとする母の愛情。

 例え、義理の娘であろうと護ろうとする意志が見えたからだ。


 ノルンとジュリアは裏口の門を潜る。

 とぼとぼと、とぼとぼと。

 振り向くジュリアに、振り掛けた手を抑えるレジーナの姿がそこにあった。


 ……そして、屋敷の陰から一つの影が姿をあらわす。

 見る者によっては幽霊のように見えただろう。その場所に確かに何かいるが、それは見ることは叶わない。空間そのものがぼやけたような存在。

 その正体は、魔王であった。

 何も驚くことはない。ルシフである。

 むしろ一番驚いていたのは、ルシフであった。

 ──自分の存在が、現世に映りかけているからだ。


 そのぼやけが、なによりの証拠。

 ルシフは考えた。何が影響しているのかと。それは、すぐさま分かった。この霧が何かを含んでいるのだと。

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