十九話 舞踏会
◼️
「舞踏会……だと?」
「……断れないのだ」
「なるほど? 力関係と言うわけか」
「ああ、そういうことだ」
なんて会話を交わしたのも数時間前のこと。
試験に合格した俺は、その部屋でその話を聞かされる。
ティグル家とリンドブルム家が舞踏会を開催する。それが決まったのは、そう昔のことではない。
それはリンドブルム家が用心棒を担ぎ上げ、勢力を伸ばし始めた時のこと。
リンドブルム家当主ドレイク。
師匠と弟子であれば、師匠に当たる。およその齢は六十程になるが、そうは見えない。精悍な顔立ちや、長身に筋肉隆々な体躯。四十近くと言っても問題ないだろう。剣の腕も歴代最高峰と言われている。
その彼が突如として、ティグル家を訪れたのだ。目的は和平交渉。そしてその証として舞踏会の開催。
もちろん和平なんて上っ面だけであり、内部事情は真っ黒だ。
憂いを帯びた瞳は、自らの息子を見つめていた。
ティグル家当主である彼。
ガルバード・ティグルの出席は最後まで認められることはなかった。
「トニオの護衛を頼む」
であるからして、息子の護衛を頼まれた俺は、舞踏会の真っ只中に立つ。
開かれた会場は、これまたティグル家である。大階段に隣接する、大広間。装飾が随所に施されており、それがまた見事なもの。如何にも貴族の家と言った様だ。
机がいくつか並べられており、豪奢な料理がいくつも並ぶ。肉や魚、酒。王城でもなかなか目にすることのない料理の数々。
配下の胡散臭い貴族たちもお招きに預かり、舌鼓を打っている。……本当に味を分かっているのかは、神のみぞ知る。
「クソガキが、来よったな」
会場の中央は、もちろん踊りの場所になっている。護衛の俺は、楽しむわけにもいかず端にいた。その場所であまり喜ばしくない再開を遂げている。
「こんなところでなにしてやがるクソジジイ」
そう。クソジジイ。一応、俺の師匠である。
「……敵側に付いたそうじゃないか」
「王都ではそうなっているんだな」
「そんなもんを背中に乗っけてよく言いよるわ」
ジンパチ改め、師匠改めクソジジイは、俺の頭すぐ横を指差した。
「視えんのか?」
「無論じゃ」
確かにルシフはそこに居る。
「……まあよい。いずれ相見えるじゃろうて」
老人は、壁に立て掛けた杖を取る。
如何にも小柄な老人といった様だが、当然その中身はそんなもんじゃない。
「わしは護衛があるのでな」
老獪、狡猾。両方が当てはまると言ってもいい。何か企んでいるのは間違いないと言っていいだろう。
「ッ!?」
何かに背中を引っ張られる感触が襲う。
振り向くと、そこには少し肩を落とした魔王が浮いていた。ああ、忘れていたな。
「……どうした?」
「ウルよ。彼方から気配を感じる。……姫の気配だ」
……トニオは、誰かと踊っている。しばらく大丈夫だろう。
ルシフの導きに従って、屋敷の中を進んでいく。大きな屋敷である分、一つ一つの廊下が長い。
巨大な窓から差し込む月の明かりに照らされ、煌びやかな装飾が目に入る。この屋敷の廊下はどこも同じ装飾が施されているのだろう。
そしてそれが映えるのは、廊下の灯りが落とされているからだ。おそらく大広間に掛り切りになるためにそうしているのだろう。
そうこうしているうちに俺たちは、目的の部屋に辿り着いた。
「……本当にここか? だがここは」
簡単に屋敷内を案内されたがここは、ある女性の部屋。ガルバード・ティグルの妻、クリスタルの部屋だ。
「間違いない、ここだ」
「ふうむ……入るか」
辺りを見渡して、扉を開ける。
貴族の女性にしては、かなり質素なもの。その部屋に最も溢れているのは、本だ。
彼女は、屋敷の中に巨大な図書室を作るほどの読書好きであった。いや、本そのものが好きなのかもしれない。埃の積もった本棚と本が目に入る。
しかしそこには、本に囲まれていたいと想いがありありと反映されたものだろう。
「あれだ、あの鏡だ」
鏡は二つあった。
一つはよくある化粧台だ。と言ってもその造りからして高価なものであること。それは俺にでも簡単に予想が付く
当然、ルシフが指差したのはもう一つの鏡。細長い楕円形の鏡は、暗がりであるせいか何も映していない。
「なにも映らない鏡、か」
俺が何気なく鏡の前に立った時だった。
「あら、もしかして勇者様?」
「……これが姫様だ、ウルよ」
白い肌に、真っ赤な唇。姫と言ってもいいほどの美貌だろう。彼女が『鏡の姫』。俺たちにとっては二人目の姫様だ。
「……そうだが、なぜ鏡の中にいる」
赤と青いドレスに身を包んだ女性が、鏡の中に立つ。見方によっては真正面に立つ俺が、映っていると取れるかもしれない。
「ごめんなさい、私にも分からないの」
彼女が『鏡の姫』と呼ばれる所以はもちろんその鏡。彼女が今、閉じ込められているその鏡だ。今やその輝きは失われ、気が付きはしなかったが。
「分からない?」
落胆の表情が彼女に浮かぶ。
「気が付いたらこの中にいて……」
両腕を上げ、何もない空中を押すような仕草をする彼女。おそらく、誰かにこの鏡に落とされたと伝えたいのだろう。その仕草はどれも大袈裟だ。
「……誰かに閉じ込められたのは間違いないわ」
「君自身の力でどうにかならないのか?」
「残念ながら、ね」
廊下をいくつもの足音が過ぎ去っていく。鎧と剣がぶつかり合う金属音も同時だ。
「ウルよ、外が騒がしい。……潮時だ」
「……また機を見て来る」
「気をつけて」
小さく手を振る彼女を尻目に、部屋を出る。ここで見つかってしまえば終わりだ。慎重にゆっくりと。
それは、遠くの方。廊下のほぼ端といってもいい。大広間の方に向かう灯りが、いくつか見える。おそらく、待機していた兵士たちが駆り出されたのだろう。
◼️
「この者が!! 我が娘に!!」
急いで大広間に辿り着いた俺たちを出迎えたのは、怒声だった。
それが向けられているのは、俺たちではない。
料理をしたためていた者も踊っていた者も。皆が大広間の中心を囲むように立っている。皆小声で何かを囁きあい、気の良くなる場面とは言えないだろう。
「なんたる無礼!! なんたる侮辱!!」
中央に集まる視線は侮辱の色に帯びていた。
その怒声は、それを煽るように続いていく。
「私はティグル家に決闘を申し込む!!」
金髪の少年がうずくまっていた。
その隣に立つのは怒声の主。高らかな声とは裏腹に、その表情は乏しい。
まさに何を考えているか分からないと言ってもいい。
「トニオ!! なにをしたの!!」
「僕は……なにも……」
一人の女性がうずくまる少年に駆け寄る。絢爛豪華なドレスを身に纏った女性。それは、彼の母であるクリスタルだ。痩せこけた頬に、白髪混じりの毛は、あまり貴族らしさを感じさせない。……もちろん悪い意味でだが。
「父上!! 止めて!! トニオは何も悪くないわ!!」
もう一つの声は、ドレイクに縋り付く。
そう、その言葉の通り、彼の娘であるジュリアの声だ。
「わ、私からキスしたのよ!!」
その決死の告白も決して受けいられない。
ドレイクの態度は変わる様子が微塵にもない。
彼女の美しい顔立ちは崩れ落ち、涙に濡れていた。そして床に膝をつけてまで懇願している。身に纏うドレスは、高価な物だと推測されるが、気にもかけていなかった。
側から見ればそれは、まさに地獄絵図。
平和の象徴となるはずだった舞踏会。それは、最後の言葉を以ってして終わりを迎える。
「黙れ!! 決闘は明朝行う!!」
ドレイクは泣きじゃくる娘を引きずるように帰っていく。蜘蛛の子を散らすように貴族たちも退散していった。
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