鏡の姫と毒の魔女編
十八話 剣士の試練
◼️
「人が全然、いないな」
「ああ、前回ほど上手くいきそうな気配がない」
建ち並ぶ家々は、どれもそこそこの大きさであり、屋敷、と言ってもいいだろう。王都の貴族街程ではないが、街全体がこうなっていては、なかなか金があった街であることが窺い知れる。
であれば、上手くいきそうなものだが、そうでもない。というのも、街を歩く人々が極端に少ない。
「……ああ、様子が変だな」
ルシフの言葉の通り、街を歩く人々の様子が変だ。まるで、何かに怯えているかのように、辺りを見渡しては、小走りで通りすがるものが多い。しかしその身なりは、家々に見合うそこそこ高価なお召し物を着飾っていた。
それが、違和感に繋がっているのだろう。
態度と外見が見合っていないのだ。貴族とは往々にして偉そうぶってるヤツが多いが、それに比例するように身に付ける物は高価である。
そう、態度と外見が奇妙なすれ違いを起こしているのだ。
「……ウルよ。あそこで誰か倒れておる」
背で浮かぶ魔王が指差したのは少し離れた路地の陰。そこから少し足がはみ出しているのが確かに見える。
「……行かなきゃだめか?」
そこはかとなく嫌な予感がする。いやまあ嫌な予感なんぞ腐る程、覚えてきたし、全て制覇してきた。これでも勇者をやってきたくらいだ。迷宮に飛び込めば数百の魔物が襲いかかってくるような罠にも遭遇したし、親友に裏切られた果てに殺されかけたし。
しかしそれを上回る……いや別種と言うべきか。方向性の違う何かが俺を襲う気がする。
「だめだ。行くぞ」
即答だった。
封印を一つ解いたお陰かどうか知らんが、ルシフが俺の身体に及ぼす影響が強くなっている。つまり、俺の身体が勝手にそっちの方向に引っ張られているわけだ。
「わ、わかったって。行くよ」
「……ふむ」
身体の主導権を奪い返し、その足に俺は近づいた。今回ばかりは厄介ごとに関わりたくないし、大体この街が抱えている問題は、予測出来る。これだけ大きな街だ。よくあることだ。
「おい、大丈夫か」
「う、うーん……」
うつ伏せになっていたそいつを足でひっくり返す。癖毛の金髪にそこそこ立派な鎧を着込んだ若者。
「あれ……ここは」
青年……いや少年。というところか。童顔はやや頼りなさを醸し出しているが、その体格は明らかに何かの武芸をやっていることが見て取れる。彼は頭を抑えながら上体を起こした。その様子から見るに、ただ気絶していただけのようだ。
「……起きたか」
「貴方は……あれそうか、僕はここで」
少年は、周囲を見回した。
「何があったが知らんが危ないぞ」
差し出した手に掴まった少年は、立ち上がる。埃のついた鎧を丁寧に払い、こちらに向き直った。
「……そう、か。助けてくれたんですね」
「すまないが、事情を聞かせてくれるか?」
どうやらこの少年は俺が助けたと勘違いしているらしい。何があったがは知らんが好都合だ。
◼️
「へえー!! なるほど、そんな旅を!!」
頼りなさげな少年ことトニオは、目を輝かせる。
俺たちは、ぼろぼろのからっ風が吹きそうな食堂の片隅にいる。と言っても食事が主なわけではない。このトニオと言う少年から、この街の現状……いや、違う。二人目の姫の手掛かりを得ること。それが目的だ。
「ああ、姫を探していてな」
まさか人間相手に勇者と魔王が手を組んで、復讐のために旅をしているなんて言えるわけがない。
「……でもここにお探しの姫様はいらっしゃられないと思いますよ?」
声は小さくなる。
周囲にいる男たちは皆、帯剣しており、お世辞にも良い雰囲気を醸し出してるとは言えない。
「だが、ここにいるはずなんだがな」
この少年に語ったのは、盗賊に攫われた四人の姫を探す旅。今の俺は、遠い国からやってきた雇われ冒険者と名乗っている。……半分嘘は言っていない。
「しかしそんな厄介ごとを二つの家が許すとは思えません……」
「二つ御家、とやらか」
「はい、今は特に余所者にも厳しくなっています」
この街を支配しているのはティグル家とリンドブルム家。それぞれ半分ずつ北と南を二分していると俺は聞いた。
「その用心棒とやらが来てから余計に厳しくなっているのか?」
「リンドブルム家が雇った旅の剣士は滅法強く、ティグル家の領地はどんどん狭くなっています……」
小柄で仕込み杖を持った老人の用心棒。
どこかで見たことのある特徴がてんこ盛りだ。もしヤツならばこの街の剣士程度、何十人に斬りかかられようがものともしないだろう。
「なるほど? これ以上、新しい勢力を入れたくない、と」
「……流れ者は見つかり次第、追放か。実力があると分かれば味方に引き入れる」
トニオは視線を斜め下に向ける。
「そうでなければ、処刑か」
「……はい」
「助けてもらったお礼と言ったらなんですが、ここから出る手引きをしますので……」
「……いや、俺も用心棒にしてもらう」
その老人が俺の想像通りの相手ならば、なぜこの場所にいるのか確かめなければならない。
「い、一体どうして!?」
「その用心棒とやら、なんか引っかかるんだよ」
城の剣術指南役、かつ俺の師匠であるその男。名は、ジンパチ。まだ城の人間であるならば、限りなく俺の敵である可能性は高い。
……あのクソジジイ、なにを企んでいやがる。
◼️
「この者が、我が家の用心棒になりたいと言う男です」
この街で一、二を争う大きな屋敷。庭園を潜り抜け、豪奢な通路を歩く。前を歩くは、一人の若者。二対の四足歩行動物を刻み込んだ紋章が背中に刻まれた鎧。若者の自信のなさそうな顔付きには似合っていない。しかしその鍛え上げた体格には、よく合っていた。
彼の名は、トニオ。
トニオ・ティグル。
そう、ティグル家の嫡男であった。
俺は、彼に案内され一室に辿り着く。
「……ふむ、面構えは悪くない」
入った部屋も、広い。これほど広くて落ち着くのか、と思うほど広い。王城育ちといえど、俺の感性は庶民派だ。
ずらりと並ぶ本棚に巨大なベッド。
繊細な模様が施された椅子に、腰掛ける男が一人。
その身なりからして、高貴な人間であることは分かる。またその顔付きや、一つ一つの仕草は研ぎ澄まさている。
……まあ只者ではないな。
「では、父上……」
少なくとも、この街をうろついていたごろつきのような剣士たちは別格だろう。
「……この者を試験する」
「そ、そんな父上、誰が試験を!?」
トニオは、慌てて剣を落としていた。
「無論、私だ」
あたふたと剣を拾うトニオの様子に、少し呆れた様子を見せる。そして、険のある顔がトニオを睨んだ。
「で、ですが……」
「よい、下がっておれ」
慌てるトニオは外に出た後、扉を閉める。
なにかしらの合図をしたのだろう。こいつと二人きりにしろ。というような合図を。
場所はここでよかろう。ティグル家の現当主である彼は、そう言った。そして腰掛けた椅子をこちらに向ける。
……剣を握り、また椅子に腰掛けた。
「……舐められたものだな」
「かかって参れ」
躊躇うことなく、人の速度を超える。
視える世界は変化する。暖炉に灯された火の揺めきの一つ一つ。蠢く埃。空気の揺れ。
世界が遅延する。
一撃目は首元。
抜刀。一歩、二歩、三歩。確実に撃ち込めれる距離から一振り。煌く刃が宙を斬り裂き、肉薄する。
──予測は付いていたがこれほどとは。
火花。刃と刃がぶつかり合った衝撃。
それは的確に。偶然なんてものじゃあない。
「視えてんのかよ」
「ああ、視えているとも」
左から撃ち込む斬撃は、再度弾かれる。
もう一度。次は右下、その次は、上。
全て弾き返される。何度撃ち込んでも、それは返される。
「まだこんなヤツがいたのか」
「ふむ──なかなか骨のある若者だな」
男の表情は愉悦に染まる。
「ならこいつはどうだ」
連撃を弾かれた衝撃を生かし、背後に跳躍。
刃を鞘に戻す。決して戦意喪失したわけではない。それは、力を溜める動作。これは、俺の剣技。
──喰らいやがれ。
空を這う。その斬撃は不可視。
魔力でもない。故にそれは何者にも視ることは、叶わない。
「──なかなか面白い技を使う」
男は立ち上がり、瞼を落とす。
そして、暖炉にくべられた薪が弾ける音。
火花が一瞬宙に散り、男は刃を鞘に収めた。
「まさか、これも見切られるとは」
「勘、だ。若者よ」
轟音。
それは男の背後。椅子の背後はちょうど広い壁になっていた。
……まあ元々その場所を狙っていたんだが。
二つの傷跡が白い壁に刻まれる。俺が放ったのは一撃。つまり不可視の斬撃を真っ二つにしやがった。
「気に入った。合格だ」
さっきまで見せていた険はとれ、男は笑っていた。それも飛びっきり無邪気に。
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