十五話 夢の崩壊
「どこかで相手したことのあるような手合いだな」
少し前。幽霊船で戦った、人の成れの果て。腐った外道だった。あの力を手にしていなくても、何かしでかしたのは間違いないだろう。
「……ええ、あなたたちは、ここに来るまでの船の中で戦っているはず」
「……なぜ、それを知っている」
「私が『眠りの姫』だから」
それで片付けられるのかよと突っ込みたいところだが、それが彼女。いや、眠りの姫の力、ということか。
「ところで、なぜ現実の姿と違うんだ?」
「あら……。このような姿の方が男は嬉しいと聞いたのだけれど。違うのかしら?」
褒美のつもり……でやっていたのだろうか。
「違うことはないが……紛らわしいからやめてくれ」
「……はーい」
下から上に姿が変わっていく。
凹凸のあった肉体は、壁に近い肉体に。身長すらも縮んでいく。最後に眼鏡がちょこんと現れた。
折角夢の中だから良い思いさせてあげようと思っていたのに、と膨れる彼女。ルシフはそれを尻目に言葉を続ける。
「眠りの姫、様。この状況を打開する方法はご存知ないのですか」
「これは、ウルの夢の中。……あなたが目を覚ますしかないわ」
俺の、夢。
「目を覚ます、だと」
確かに俺が見知った現実を入り混じらせたような現象が次々に起きているのは間違いない。
「ええ、夢の怪物はこの夢の中であればなんだって思い通り。……そして、不死身」
「冗談きついぜ」
「実際、私でさえ、手も足も出せずに捕まったわ」
「……あんな場所にいたのは、逃げてきたところだったわけか」
何があったかは知らない。しかし、道端で女が倒れているだなんて普通じゃないなにかがあったのは確かだろう。
……彼女でなければ拾ってはいなかった、はず。
「ええ、あなたたちを捕らえるための餌よ」
「まんまと罠に嵌った、というわけか」
わざと、逃した。その表現がかちりとはまる。俺たちが来るのを見計らってまんまと逃したのだろう。
「……だけどお陰で私は自由になれた」
「……ふむ」
「だからここから逃げ出す……いえ、倒すための力を私に貸して欲しい」
◼️
夢の怪物。
正体はなんだか知らんが、夢の中に巣食う怪物だそうだ。
夢の中であれば何だって叶えられる。
不死身であり、変幻自在。
こういう風に地形さえも変えられる。
「ウルよ。我は夢を見ているのだろうか」
「……ああ、さっき夢って聞いただろ」
下り坂が上り坂に変わっている。それもそれは、もはや壁としか言えない角度に傾いている。
まるで街が生きているかのように動き出す。
「本格的に殺しにかかってきているわね。……少し急がないと不味いかも」
夢の中で死ねば現実の俺も同じように死ぬ。
斬られれば斬られて死ぬ。
潰されれば潰されて死ぬ。
「俺は夢の中でまで死にたくねえぞ」
現実で一度死んでいる俺ならば乗り越えられるはず。
地面が崩壊する。
下には……なにも見えない。
「落ちたら死ぬ……いえ、もっと酷い目に合うわよッ!!」
飛び交う建物の破片を蹴り付け、地面に足をつける。着地地点に次々と瓦礫が炸裂したが、跳ぶことで躱す。
「無茶苦茶しやがるぜッ!!」
数分前、いや、数時間前か?
世界の崩壊は始まっていた。
あの宿屋は、辛うじて『眠りの姫』の力によって守られていたが、それも長くは持たない。
夢の怪物、そいつの存在を俺たちが知ったことで遊ぶのを辞めた、らしい。
崩壊が完了すると俺たちは夢の世界に永遠に閉じ込められる。いや、崩壊した世界は何もない無の世界だそうだ。
……それまでに何としてでも起きなければ。
起きるための鍵を握っているのは、あの受付の女。どこでそれを知ったのかは知らんが、直前に会話した人物のみが俺を起こすことが出来るらしい。
だから向かう先は彼女の家。
「本当に彼女は家に帰っているんだろうなッ!?」
「ええッ!! ちゃんと『視た』わよッ!!」
現実で起こったことは、この夢の世界にも波及するらしい。微かな影響だそうだが。
彼女の居場所は突き止めてある。
彼女は彼女の家に戻っていた。数分、いや数時間前かもしれない。勤務を終えた彼女は帰っていた。
何としてでも彼女を宿屋に戻し、俺を起こしてもらわなければならない。
──抜刀。
浮き上がった巨大な岩の塊を真っ二つに斬り裂く。
しかし、その岩は落ちない。
「はッ!! ふざけんなよッ!!」
切断面と切断面が俺に迫る。
「ウルッ!!」
「人外じみてて良かったぜッ!!」
刃を振り回す。
「細切れになっちゃあ潰せないよなッ!!」
二つの岩から無数の切れ目が際立つ。そして木っ端微塵に吹き飛んでいった。
「もう少しだッ!!」
その家だけは綺麗に残っている。
「急げッ!! 入るんだッ!!」
死の危険が迫っていると言うのに扉を律儀に開けて入るしかない。あの家は不壊。決して誰にも壊すことが出来ない絶対的な安全地帯。
それが、俺たちがこの家に向かったもう一つの理由。
扉に手が届く。
だが、身体が動かない。振り向くとそこには、あの人形頭がまた俺の腕を掴んでいた。
「──くっ」
「我がいることを忘れてもらうと困るな」
黒い刀身が燃え上がる。
俺の目の前で。
重そうな鎧を身に纏ったそいつは、刃を振り抜いた。刃は、空を斬る。俺の鼻先を掠める寸前。
「これが我が剣技──」
人形の手が離れる。
「塵芥に帰るが良い」
ぼう、と一度黒炎が燃え上がると、人形は真っ二つに割れる。
「さあ、入れッ!!」
扉の向こうに俺は辿り着いたのだった。
◼️
「ふむ、なにか言葉を残すのだな」
時計の音が部屋の中に響く。
俺はこの音がなぜだか、あまり好きではない。
「ええ、私の力を込めた紙ならば現実に届くはず」
「……だが、何と書く」
二階の二つ目の部屋で寝ている俺を起こしてくれ……いや、絶対に捨てられる。不気味がられて捨てられるだろう。少なくとも俺ならそうする。
「いや、書かなくていい」
……思い付いた。
「それではどうするのだ?」
「メア。お前の力は、どの程度まで現実に及ばせることが出来る?」
「どの程度って……」
「……例えば、火を起こすとか地面を揺らすとか、だ」
「ふうん……火を起こすのは厳しいわね。地面を揺らすのも規模によるわ」
「……街全体を揺らすことは、出来るか」
「今の力だと厳しいわね……。でも出来ないことはないわよ」
「ふむ、どうやって?」
彼女はルシフを指差した。
「魔王の魂は、異物。決して紛れ込むことのない異端の力。あなたの力を利用すればなんとなかなるかも」
「……しかし、地面を揺らしてどうにかなるのか」
「ああ、ルシフ。地震が起きれば誰だって大騒ぎするものさ」
「……!! なるほど、そういうことか」
「さあ、思う存分やってくれ」
二人の返事は同時。
ルシフの身体から黒と白が明滅するよう光が湧き立ち上がる。そして宙に浮かんだ。
「なかなか良い量の魔力だわ」
彼女は指を二回振る。すると宙の光は、木の床を擦り抜け地面に潜った。
そして、揺れる。
地面が揺れる。現実の世界で起こそうと思うならば必ず夢の世界でも起こさなければならない。
「……さあ、上手くいくかしらね」
しばらくして、揺れは収まった。代わりに起こったのは扉を叩く音。いわゆるノックだ。人が中に入っているか確認する行動。
「……開けるのか」
「ああ、じゃなければ進まないだろう」
俺は一歩進み、扉を開ける。
そこにいたのは不定形に近い、なにか。
「……まさかッ!! 離れろッ!!」
「ッ!!」
一閃。黒く禍々しい閃きが俺の懐を斬りつける。
「……はッ!! 本気に趣味の悪い野郎だな」
不定形の液体……とも取れる物体。それは、その一部をよく見たことのある剣に変化させていた。
そして、それは一つの身体を作り上げていく。みるみるうちに色が付き、肉が付き、最も憎い顔に変わっていった。
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