眠れる姫と夢の怪物編
十三話 賑わう町の片隅で
◼️
人生は、重い荷を負って遠い道を行くようだ。
……なんて言うが。
「なあ、ルシフ」
「なんだ?」
「この女、本当に背負っていく必要があるのか?」
俺の背中には一人の女がいる。
道端で拾った女だ。……決して変な意味ではない。文字通り、道の端で倒れているところを拾ったわけだ。
「ある。彼女は眠りの姫だ」
「だからその、眠りの姫ってなんだよ」
「ふうむ……なぜ、勇者であったお主が知らないのか不思議で仕方ないのだが……」
眠りの姫。
ルシフが言うには、姫は四人いる。彼女たちは、魔王の封印をそれぞれ護っているらしい。
そして、彼女はそのうちの一人。
こんなぐうすか眠っているやつが姫とは思えんが。……多少可愛げのある顔はしているが、まだ年端もいかない少女だ。
「で、あったとしてもだ。なぜこいつが必要なんだ?」
俺が魔王の力を封印するために姫の力添えなんてものは必要なかった。
「ふうむ……? 我が力を封じる為にも解き放つためにも彼女たちの力は必要なはずなんだがな……?」
街道をしばらく行くと、周囲をぐるっと壁で囲む街が目の前に現れる。大きな門がそびえ立っているが解放されっぱなしになっていて、次々と旅人が入っていく。
俺は以前、この街を訪れたことがあった。
「まあ、試してみればわかるだろ」
ここは、王都に次いで栄えている街。
一歩踏み入れると、その賑やかさが際立つ。様々な建物が並び、中央通りが最も栄えていると言えるだろう。と言っても、裏通りや外れの通り。そこには、血気盛んな男たちに人気の店が腐るほど建ち並ぶ。それもこの街の収入を担っていると言ってもいいだろう。
「まずは、宿屋だな」
「ああ、そうしよう」
流石にこの女を背負ったままだと、怪しまれるだろう。妹……で通りそうな外見をしている女ではある。しかしこの街では、そんな女を攫うような男も存在している。……間違われて牢屋に放り込まれでもしたらたまったもんじゃあない。
宿屋が並ぶ通りと行っても人の往来は多い。
この辺りで暮らしている人々の通り道にもなっているためだ。人間たちが地を歩くように、小鳥たちも空を行き交う。
目当ての宿屋の前。その前は民家のようで窓から犬が顔を覗かせていた。
「こ、これが犬かっ!!」
なんてルシフは興奮していた。どうやら向こうの大陸に犬はいないようだった。名残惜しそうにしているルシフを引きずり、宿屋の扉を潜る。
「二名様ですね? お部屋をご用意するので少々お待ちください」
綺麗な女が受付をしていた。顔立ちも良い。そして、なによりその立ち振る舞いはきびきびとしている。よく訓練されているのだろう。
着ているのはこの宿の制服だろう。その制服は、男が着ても女が着ても清廉さが漂う。まさに受付をするための制服だ。
「ああ、頼む」
「二名、と言われると変な気分に陥るな」
受付の女が振り向き、少し離れる。
その隙にルシフが俺の隣で呟いた。
「ああ、ただの人間にお前の姿は見えないもんな」
「……二階に上がって、二つ目の部屋でございます」
長机の上に鍵が置かれる。
「ありがとう」
鍵を受け取って、階段を登っていく。ちらっと受付の女を見るが、やはり美女だ。その肉体も清楚な制服の上からでも分かる豊満さ。
内装も出来立てであるためか、かなり綺麗だ。
扉の錠を開け、部屋に入る。
「この宿屋は人気と聞く。部屋が取れて良かったな」
この街は宿屋の数も多い。
通り一帯に宿屋が分布していると言っても良い。
しかもその多さゆえにか、かなり良い宿屋であっても価格は安い。いわゆる価格競争というやつだろう。
「ああ、人気過ぎて二号店まで造ってしまったということらしいからな」
ここがその二号店である。
部屋の中もかなり綺麗だ。
ベッドは白く、高級品であることは間違いない。置いてある机や椅子。照明すらもこだわったものが使われている。
普通に買えば、城に置かれているものと変わらないかもしれない。
そして、俺はこれが目的でこの宿屋を訪れたと言っても良い。
──それは、風呂だ。
頭と身体を綺麗に洗い、並々まで張った風呂に入る。しかもここの風呂は、その辺にある宿屋と比較にならないほど広いらしい。そして、張られる湯は、普通の湯とは違う。特殊な効果のある湯だそうで、それは気持ちいいらしい。
……前回訪れた時に泊まれなかったからな。ようやく再戦できる。
潮風でかなり気持ち悪くなっているのもあってさっさと洗い流したい気分であるのは間違いない。
俺は女を二つあるうちの一つ。そのベッドに降ろした。
「……ウルよ」
「ん? どうした?」
「なにか、外の様子が変わった気がする」
「……? 俺はなにも感じなかったが……念のために見に行くか」
脱ぎかけの服を元に戻し、刀を腰にもう一度下げ直す。
部屋を出ると、さっきと変わった様子は……。なにか変わったような気もするがそうでもない気もする。しかし、妙に壁に吊り下げられた時計の音が大きい気がする。
かち、かち、かち、と。それは、耳に直接響くようにはっきり聴こえてくる。
俺は、なぜだかその音が気に障った。
「……やはり何にか様子が変だ。魔物、いや、この気配は邪気か?」
そう呟いたルシフが一階に降りて行く。俺はその姿を見ていた。……あれ。
「……あれ」
二階から一階は吹き抜けになっており、見下ろせる。見下ろした先。一階の綺麗に絨毯が敷き詰められた床。そこにルシフが立っていた。
「なあ、お前ってそんなに離れられたっけ」
「い、いや、この距離まで離れることは不可能であったはず……」
「……どうなっていやがる」
階段を駆け下り、受付の長机に置いてあったベルを鳴らした。だがさっきの受付嬢が現れる気配はない。……いや、人の気配さえもないと言った方がいいか。
長机を乗り越え、裏側に通じているであろう扉を開く。閉じる。開いた。ああ、そんな馬鹿な。その行動に意味があるかと言われればないかもしれない。
そんな馬鹿げた行動をこの俺がとったのには深い理由がある。扉の向こうは壁だった。
「……ウルよ。こちらに来てみよ」
鎧姿のルシフが立っているのは外に通じる扉の前。外からは光が射し込んでいる。まだ昼前なのは間違いない。
「……お前、扉も触れるようになったのか」
「今、それはどうでもいいことかもしれぬ」
とにかく、外を見てくれと急かされた俺は、急ぐ。扉の先を覗き、外に出る。
「……何が起こっているんだよ」
そこに人がいなかった。
一人も、いない。
いや、何もいない。と言った方が正しいか。
空をいくら見上げても、飛び交っていた小鳥たちの姿はない。
前の民家の犬さえもない。
この世界に二人取り残されたような。そんな気分に陥った。
◼️
「罠、か」
俺たちは、魔王の力が封印されている祠にいる。封印されているはず、だった祠だ。しかし、それは解放されているというわけではない。いや、下手すればもっと酷い。
その祠がまるまる消えて無くなっているからだ。
「確かにここか、ウルよ」
「ああ、間違いない」
「しかし、力の破片すら感じぬ……。どうなっているのだ……」
街の最奥と言えばいいだろうか。そこは小高い丘になっており、なぜか誰も寄り付かない場所だった。そしてなぜだか、鬱蒼と木々も生い茂っている。
「一度、宿に戻ろう。流石にあの女が心配だ」
何の気配もこの街から感じない。
人も、動物も、魔物も。……邪気すらも。
通りを少し見た俺たちは、宿屋にすぐ戻り、女を確認していた。彼女は確かにベッドで寝ていたために、こうして祠の様子を見に来たわけだ。
とは言え、祠の消失は流石に異常だ。
魔王の力の一部と言えど、それは魔物軍団の一個師団に匹敵する。それが跡形も無くなるとは。
……流石の俺でも今回ばかりは少し、手こずるかもしれない。
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