十話 二人の乙女


 さながら豪華な骸骨騎士と言ったところだろう。帽子を被り、マントを翻す。カトラスなどは使っておらず、装飾の施されたサーベルを使っている。

 呻き、娘の名前を呼ぶ、亡者。

 だが、俺たちに襲い掛かるのであれば容赦しない。


 瞬時に加速。拳で撃ち抜き、骨を砕く。

 ……が、やはり様子が変だ。


「食らってないようだぞ、ウル」


「ああ、まるで手応えがなかった」


 砕けたところから、その骸骨は蘇っていく。


「ひとまず退却、するぞ。さあ急げッ!!」


 どたばたと、扉が近かった順にその部屋から脱出していく。もちろん一番遠かった俺は一番最後。


「……これは、参ったね」


 その動きは、速いという次元を超えていた。移動ではなく、転移だろう。

 俺の目の前から、俺の目の前へ。

 実際のところ、船長の椅子があった付近から、真逆に位置する廊下へ繋がる扉の前に。


「来るぞ、ウル」


 その剣は長い。カトラスのように刃が半曲している。名はサーベルだったはず。船長らしく豪華に装飾されている剣。それが、俺の首を掠めていく。


「ッ!!」


 本来ならば、魔力の流れによってその程度の攻撃、見きれるはずなのだが──


「……魔力によるもんじゃあねえっていうのか」


 首元を生温い感覚が伝う。

 迷わず首を狙ってきやがったわけだ。


「流れは我も感じぬな……」


 おまけに、扉も開かなくなってやがる。

 これは力どうこうじゃねえ。あのオーガの力でも開きはしないだろう。


「仕方ねえ、【魔王の一噛】やってみるか」


「だ、だがそれは、相手の正体がわからんと使えんぞ?」


「……大丈夫だ。心当たりがある」


 【魔王の一噛】は唯一無二にして魔物最強の技と言ってもいい。だが、ある特性が存在している。それは、相手の正体を分かっていなければその効果は十分に発揮しない。というもの。


 まさに魔物を統べる魔王に相応しい技、という訳だ。

 ……だから、だ。

 この目の前の正体不明の魔物……いや、本当に幽霊かもしれない此奴にその力を使うことをルシフは躊躇している。


「お主がそういうのであれば、何か考えがあるのだろう。……良かろう、やるぞ」


◼️


 二人の少女は走っていた。

 魔族の少女と、女船長という奇妙な組み合わせ。敵対しているはずであり、更に片方は女の身でありながら海に繰り出している。

 この時代では、女が船に乗ることを禁忌とされている。二度も言うことではないが。


「……ウルたちが来ていないな」


「はあっ!? まさか捕まったっていうのっ!?」


「それは私にも分からないが、あいつらならむしろわざと捕まることくらいやるだろうな」


 暗い廊下が続く。

 灯りは、ウルが持っていたため彼女たちは暗闇の中を進むことを余儀なくされていた。


「……っていうか、く、くらいわね」


「そういえば、怖がりだったな」


「う、うっさいわね、人間に言われたくないわよっ!!」


 二人は立ち止まる。

 来た方向を覗くが、誰かが走って来る気配はない。だが、何かの気配はあった。何かが暗闇の中をずるずる、ずるずると蠢いている。


「今の、聞こえた?」


「ああ、聞こえた」


 二人は顔を見合わせて、再度走る。


 無我夢中で走った二人が辿り着いた先は、カリオテが書いたとされる日誌のあった部屋。


「……どうやらここは安全地帯のようね」


「ああ、そうみたいだ」


 魔族であるユースティアは当然として、テティスも魔力の流れをある程度まで感知できる。

 廊下に渦巻いていた不気味な正体不明の魔力はここで断ち切られているのだ。

 とはいえ、テティスは魔法の教養がほぼないため、直感だと認識していたのだが。


「……なぜあなたは女性でありながら、船乗りをやっているの?」


 しばしの静寂をユースティアの声が切り裂いた。


「……私は誰よりも父に憧れていたから」


「ふうん……」


「幼い頃に母が死んでね。その頃リーフィを拾ってきたのが父だったわけさ」


 テティスは、幼い頃から聡明だった。

 もし父親が船乗りでなければ、王国に勤め、重要な役割を担っていたかもしれないほど。


「これで寂しくないだろう……って」


 船乗りは一度の航海を始めるとなかなか帰ってはこれない。待ち続ける母の姿を見て、彼女もそれを理解し、受け入れていた。


 そして、なによりも。


「『私は、寂しくなかったわ。むしろお父さんの妻でいられてとても幸せだった』って母が亡くなった時に、ね」


 テティスの母は、とても重い病気だった。辛い病気だった。


「それが、大病を患った女の最後か……。強い人だったのだな」


「ああ、自慢の母だ」


 テティスの母は、暗い人だった。そのままの彼女であったならば、自分の運命を嘆き、身を投げていたかもしれない。

 しかしそれを変えたのが、ハーケンその人である。

 航海で見つけた珍しいものを帰っては、テティスの母に渡し、口説いていたのだ。

 彼の冒険話は、彼女の心を溶かし、そしてテティスが生まれた。


「ふん、私の父上も母上も負けてはいないぞ」


 湿っぽい話が苦手な彼女は、維持を張ることをしたのである。


 そして、二人は気が付いていなかった。

 なにものかが忍び寄り、今にも襲い掛かろうとしていることを。


◼️


「どうやら、成功したみたいだな」


 目の前にいた骸骨は、肉体を取り戻していた。いや、正確には肉体ではない。幽体だろう。


「何かに、取り憑かれていたな?」


 その男は頭を上から下に、頷いた。

 長い白髪と、俺ほどある身長。

 テティスが良く似ている顔立ちだが、目は違う。母親似だろう。なかなか渋いおっさんじゃあねえか。

 形式張った服装だが、少し崩しており、それほど真面目には見えない。だが、優男加減は伝わってくる。


 男は俺の目を見て、戸棚を指差した。


「……そこになにかあるんだな」


 男はもう一度、頷いた。


 俺はその戸棚を開ける。見つかったのは日誌だった。ぱらぱらと飛ばし飛ばし読むがそこに書かれていたことは、一つの真実。


「こりゃあ……また面白いことになってきやがったな」


◼️


 異形の化物は、様子を伺っていた。


 一人は、魔物か?いや、更にその上位である魔族か。黒い翼がその証拠だろう。


 彼は観察していた。

 その姿は、異形と化しているが、思考能力はそのまま残っていた。ただし、人間を人間たらしめる理性はもう失われている。


 どちらにせよ、今の彼であれば二人共手に入れることが出来る。彼にはその力があった。あの黒い鎧の男は言っていた。その力を使えば全てが思い通りになると。確かにその通りに、なった。

 彼は、船長になった。彼はその船を支配していた。いや、彼が船そのものであると言うべきか。


 そして、今、もう一つ。彼の求めて仕方なかったものが目の前にある。それは、テティスであった。

 船長の娘であるテティスと婚姻を結びし者は次期船長である。そんな噂が流れたことがあった。それを信じた者が彼女を狙ったこともある。だが、それは嘘であった。彼は嘘だと知りながら彼女を欲しがった。


 彼女は、村一番……いや、王国に住まう女性たちにも見劣りしない魅力がある。

 豊かな肉体とその顔立ちの良さ。そして母親譲りの気品高さ。父親譲りの強さ。

 男ならば誰しも欲しがった。特に船乗りたちは、女に飢えていた。長い航海を終え、帰っても待ち人がいない若者も多かった。


 彼は、その中でもとりわけ彼女を欲しがった。それは、いつしか狂気となり、その甘言に負けてしまう。

 彼は動き出す。その異形の力を遺憾無く発揮し、二人の乙女に襲い掛かろうとしている。


 人のようだが、決して人ではない。

 化物は舌舐めずりをする。その長い長い舌で。ずっと待ち続けていた獲物だった。


「ッ!? なんだこの化物はッ!?」


 地面を二足で歩く化物。

 動物でもなく、魔物でもなく、ましてや人でもない。

 音もなく、扉から入った気配もない。

 その化物は突如としてそこに現れた。

 ゆらゆらとそこに立っている。


「私でも知らんぞッ!? これは魔物じゃあないッ!!」


 人と悪しき力の融合体。

 それの成れの果て。


 彼女たちは、それが敵だと直感的に悟る。

 得も言われぬ邪悪。

 考える前に武器を構えていた。

 先制を取ったのはテティスの銃。

 だがその撃ち出された弾は、空間を進む途中で拉げてしまう。

 そしてその長い舌は、構えた剣に巻き付き溶かしてしまった。


「なッ!? なんだこいつはッ!?」


 少なくともその舌に触れるのは不味いということがわかった。だが、その舌は今にも二人に迫っていた。

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