五話 月を穿った少女

「先代魔王が俺たちにそんな罠を仕掛けたというのかよッ!!」


「か、考えたくはないが、今はそれしか考えられれん……なぜだ、なぜお前がこんな姿でこの下に……」


 獣。限りなく獣に近い容姿をしていた。それは狼、だろう。四足歩行で二つの耳を持ち、鋭い牙と嗅覚を有し、獲物を追い詰める狩人。

 ……ただし巨大である。人間ならば一飲みだ。無論、俺でも同じこと。


「知っているのかッ!!」


「……ああ、知っている。我と産まれ、我の相棒となるはずだった存在」


 そして、なによりも厄介なのは闇の力を纏ってやがる。魔王城でこいつと対峙した時と同じだ。今違うのは、俺の方。勇者の剣が折れてる。


「フェンリル……どうして……」


「今はこいつをどうにかしないとまずいぞッ!!」


 尋常ならざる速さで前足が振るわれる。


 衝撃と鋭い痛みが腹部に走る。宙に浮き、そして落下。転がるには、石が地味に痛い。痛みに強いとはいえ、痛いものは痛えんだよ。


「だ、大丈夫か、ウルよ」


「……ああ、少し油断しちまったが、大丈夫だ」


 ──速さ比べか、面白え。

 血がたぎるぜッ!!


 俺は、渾身の力を込めて、地面を蹴りつける。その速さは瞬間移動とも言われたことがある。ただ、長時間やりすぎるのは疲れるから無理だ。


「これが人間の速さ、か。いや元勇者であるからこそか」


「なにしみじみ語ってんだルシフッ!! そんなことよりこいつを倒す方法を考えろッ!!」


 俺はその攻撃を見切って躱す。さっきは油断したが二度目はねえ。

 近づいて闇の衣の上から殴り飛ばすッ!!


「……いや、ウルよ。こいつらは死なないのだよ」


「なに言ってやがるッ!! それもこの闇の衣のせいだろうがよッ!!」


「……違うのだ、ウル。元より彼らの一族を殺すことが出来ない。いかなる方法を持ってしても……例え魔王だとしても、だ」


「なんだとッ!! こいつらは死なねえのかッ!?」


「彼らが死ぬのは寿命が尽きた時のみ……それも何百年もある寿命が、だ」


 数回殴ったがびくともしやがらねえ……。


「な、じゃあなにも策はないというのかッ!? このままだとこいつに殺されるぞッ!?」


 俺とて人間だ。いかに頑丈だとしても何度も殺されれば死ぬ。


「……こいつの爪は魂でさえ斬り裂く。我も殺されるだろう」


 狼の一撃が俺を殴り飛ばす。


「なに諦めてやがるんだ……てめえ……」


 俺は口に溜まった血を吐く。


「だ、だが、こいつは我が幼少の頃から可愛がっていた……」


「……【魔王の一噛】だ。この狼野郎にやるぞ」


「こ、この子は女だ……」


「ごちゃごちゃうっせえぞ呆けがッ!!」


「は、はいッ!!……い、いやしかし無茶だッ!!」


 【魔王の一噛デビルズバイト】は対象の力を咀嚼して写し取り、返す。


「こいつの力を写し取るんじゃねえ、奪い取るんだ・・・・・・


「そ、そんなことをすればお前の身体が持たないぞッ!!」


 器の許容量というものがある。それは、様々な力、全ての力を合わせた許容量。つまり持っていられる力は器の大きさによって決まる。もちろん、俺のように鍛えて大きくすることも可能だ。


「……やってみないとわからんだろうがよ」


「なッ!! 本当にやるというのかッ!?」


「ああッ!! 俺はやるッ!! ここで死ぬなら俺はその程度の男だってことだッ!!」


 瓶や壺に水を注いでも溢れるだけだが、『力』というものは違う。厄介なもので、器を壊そうとするのだ。


「さあ、やるぞッ!!」


「ああ、くそッ!! 人間の心配をする日が来るなんて思いもしなかったぞッ!!」


【魔王の一噛】だッ!!


 巨大な兜が俺の背後に現れ出る。魔王が被るものと同じく、禍々しい形をしていた。本来もっと小さなものでもいいのだが、こいつを喰うには大きさが必要だろう。


 唸りをあげて肉薄する狼とぶつかり合う。


「さあッ!! 喰らいやがれッ!!」


 力の比べ合い。一進一退だ。

 じりじりと押し合うが、それじゃあ俺に勝てねえ。


「俺の勝ちだッ!!」


 巨大な兜が大口を開けて、喰らう。

 丸呑みだ。


「……ど、どうなったウルよッ!!」


「………」


「お、おい……?」


「あ、全然何ともねえわ」


「な、なんだと……一体どうなっておるのだお前は……」


「俺にも分からん」


 轟音が地を揺るがす。狼がぶっ倒れた音だろう。

 砂煙が舞っていたが、その内なくなり、地面に横たわるフェンリルの姿が現れる。


「ま、まさか、死んだのか……?」


「……いや、心臓は動いている。眠っているだけだろう」


 巨体が横たわる姿はどこか愛らしさがある。

 犬は好きだ。……王国の人間たちの間でも愛玩動物として犬を飼うことが流行ったことがあったかな。


「……これが勇者の力」


「ウル、だ。お嬢さん」


「す、すまない、世間のことは疎いもので……」


「ホワイト、といったか。お主は、忌子なぞじゃあない」


「……え?」


「あの言伝は俺たちのことを言っているのだろう」


「つまり、お前が気負うことはないってことだ」


「……そして、災厄とやらも俺たちのこと。だよなあッ!? 婆さんッ!?」


「ふ、ふははははほほほほほほほほほッ!!!!」


 岩陰からレイヤが姿を現わす。


「若造共がッ!! よくもやってくれたなッ!!」


「……え?え?」


「ホワイトよ、お主はずっと騙されておったのだよ」


「婆さんよお……アマゾネスにしては魔力が高すぎるじゃねえか」


 アマゾネスに見合わない小柄な体格。そして、本来アマゾネスは、魔力をほとんど持たない。……とルシフが言っていた。


「災厄とはこの街にとっての災厄じゃあないッ!! お前にとっての災厄ッ!!」


 つまり、忌子なんて存在しないが、こいつは自分の力がアマゾネスとして劣っていることを妬んでいた。


「よくも……我のフェンリルをこんなところに封印してくれたなッ!!」


 このフェンリルの封印に一役買い、ホワイトを忌子として仕立て上げ、今の立場を築き上げた、と言うところ。


「痴れ者がッ!! ホワイトッ!! お前はどっちの味方だッ!!」


「おっと、そうはさせないぜ。弱みをつくのは悪者の常套手段だものなあ?」


 俺はホワイトの前に立つ。


「なあ、ホワイト。お前は月のように美しい」


 【魔王の一噛】に慣れてきたのか、使い熟せてきたのか分からない。しかし、その力は対象の詳細な能力さえ数値化して教えてくれるようになった。


「……そして、この街の誰よりも強いはずだッ!!」


「ッ!!」


「そんなお前がこいつのいいようにされていていいのか?」


「いや、だが、この人は私を育てて……」



「なぜそれをお前たちがッ!?」


「……引っかかったな、痴れ者が」


 封印の際に一悶着あったのだろう。その隙に自分の姉を殺した。自らより強かった姉を。このフェンリルの力を使って。


「ば、馬鹿なッ!! 誘導尋問かッ!!」


「と、言うことだ。ホワイト……いや、その名前・・・・は変えた方が良い」


 月穿つ女神。その存在に出会ったことはないが、この子に相応しい名前だろう。


「……そうだな、アルテミス、なんてどうだ」


「気に入った……ウル様」


「ウル、様……?」


 彼女は番う矢に有らん限りの力を籠める。

 それは、間違いない。勇者……つまり俺。俺と同じ力。勇者の光。


「ま、待て、ホワイト……この街の次の長はお前だ……だから、た、助けてくれええええッ!!」


 極光の矢が唸りを上げて飛び立つ。


「私はアルテミス、だ」


 もはや矢と呼べる代物ではない。魔法による砲撃。いや、その上を行く力の奔流。



「痴れ者があああああああああああッ!!」


 老婆は、絶叫と共に粉微塵と化す。

 そして力の奔流は流星となり、空を横切り、月を穿つように消えて行った。

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