四話 白き案内人
◼️
「……ですから無理なものは無理ですじゃ」
「なんだとッ!? 我が現魔王であるのだぞッ!?」
「あの封印は先代様ですら手に負えなかった『力』の一部……それを魂だけのあなた様に何が出来ますかね?」
「くっ……」
「……今日はもう遅い。泊まっていってくださいですじゃ」
俺は柔らかな素材で出来た椅子を堪能していた。羽毛だろうかこれ。
「こちらでございます、魔王様」
「おい、ウル」
「……へいへい」
お付きのアマゾネスに案内されて広い屋敷の中を歩く。上を見ると巨大な照明器具。下を見ると豪奢な絨毯。廊下の幅はかなり広い。手を広げても当たりゃしねえ。……どうやら本当に金持ちのようだ。
まあ魔物の村より造形は良い。見てくれ通りに人間よりの感覚を持ち合わせてるらしい。
「……ここでございます」
「ああ、ありがとさん」
「では……」
扉の前に辿り着くとそいつはそそくさと去っていった。
全くもてなす気はないらしい。
魂だけとは言え、自分の王が来訪してるとは思えない対応だ。
「………」
魔王ルシフは黙ったままだ。表情は兜で見えないが、魔王らしい仏頂面をしてるんだろう。
俺は構うことなく扉を開ける。
まさにこの屋敷にしてのこの部屋と言った感じの部屋が目に飛び込む。
馬鹿でかいベッドに、机と椅子が一対。だがまあ最低限のものを揃えた客室って感じではある。むしろアマゾネスの街の部屋が完全に旅人を迎える体制だったら笑える。
……あれ、あの通りがまさしくその通りだったような気がするのは気のせいか?
「交渉決裂だな」
「ああ、すまない。ウルよ。お主のために少しでも力を取り戻したかったのだが……」
「いや、いいんだ。なんとかなるだろ」
「すまない……」
なんだか、俺まで落ち込んでくるじゃあねえか。
その後の沈黙に耐えきれず、俺はベッドに飛び込む。湯浴みしたから、思う存分ベッドで癒されることが出来るぞ。
「……夜分遅くにすみません。お話ししたいことがある」
扉を叩く音と共に、癒しの時間が終わりを告げた。結構長旅だったから疲れてるんだけどなあ。
「……はい」
扉を開けるとそこにはアマゾネスがいた。まあ当然っちゃ当然だが、彼女は他とは違う。
……ああ、分かったぞ。あの婆さんに少し似ている。少し小柄なのだ。
「なんの用か」
ルシフが重たい口を開く。
「……あなた方にあの『封印』を解いて欲しいのです」
「かなり訳ありのようだな」
「私は長の娘。レイヤと申します」
その容姿は若々しい。二十後半、と言ったところだろう。あの婆さんの子にしてはちょっとばかし若すぎる気もする。
「……よく旅の方には若すぎると言われますが、生まれてからちょうど百になります」
少しじろじろと見過ぎたのが、悪いのか。それともよほどその手の視線に慣れているのか。面食らう言葉が俺の耳に入る。
「……は?」
「ウルよ。アマゾネスは若作りなのじゃ。……あの長も二百は優に超えとる」
「ま、まじかよ」
若作りにも程がある。それが俺の正直な感想だった。戦闘民族恐るべし……。
「い、いや、すまない。話を戻そう」
「……はい、そうしてくださると助かります」
「それで、その娘が長の意に反してまで、我らに頼む理由とは?」
「あの封印、どちらにしろその内、解けます……入って来なさい、ホワイト」
扉の向こうにいたのは、白い肌の女だった。だが、それ以外はアマゾネスの特徴のままだ。
「この子の母親、私の姉は失踪しました……この子を産んで次の日に」
「それまた一体?」
「あの封印が建てられる時、先代魔王様は一つ言伝を残しました」
黒の一族に白が混じり合う時、その封印は解かれる。そして災厄がこの街を襲うだろう。
「黒の一族は我々を指し示す言葉、そして白はおそらくこの子を指し示すのでしょう……」
「それで先の言葉か。『その内、解けます』ねえ」
「……ええ、我々アマゾネスはどの様なものと交じろうと産まれるのは褐色の肌に黒髪。アマゾネスである特徴が消えることはないのです」
「少し、二人で相談させてもらって良いか」
ルシフは腕を組みながらそう言った。
◼️
「いいのかよ、絶好の機会だぜ?」
長の娘に手を借りられるのであれば、村の反感を買うこともぐっと抑えられる。一人二人ならいいが、村丸ごとから反感を買う様なことを今はしたくない。……下手すればまた逃亡生活なんてことになりかねないからな。
「……怪しすぎる。封印は解かぬ。調べるだけじゃ」
実際のところ、この封印になにが眠っているのかルシフも知りはしない。
ルシフが産まれる前に先代魔王、つまりこいつの父親が気を利かせて強力すぎる力を封じた。というところ。
「まあ一理あるがな」
街から出て、俺たちは山道を歩いていた。この辺りは緑豊かな街とはまるで違う。石や岩しかなく、随分荒涼としている。頂上付近にある封印が影響しているのか、土地の力が失われているのは確かだろう。
「……こっちだ」
案内をしているのは、白い肌のアマゾネス。名は『ホワイト』と言うらしい。弓矢を背負い軽々と山道を登っていく。
ざっと街の中で見かけた中でも一番の美人であることは間違いない。その態度と吊り上がった目はよく合っている。
「まあ疲れはしねえけどよ、普通の人間じゃもう倒れてるぜ」
「忌子とは言え、アマゾネス……戦闘の達人であることは間違いない」
本当に恐ろしい一族だ。人間側として戦争に参加しないでくれて本当に助かったようだ。
月が高々と闇夜に輝いている。
黒と白。これもあの言伝みたいだな。
「……なあこの辺りに魔物はいないのか?」
まだまだ魔王の支配下の土地だ。俺はほぼ一直線に魔王城を目指してたといえ、魔物に遭遇する確率は格段に高かった。
「この辺りはまだアマゾネスの土地。良くも悪くも好意的な人間や旅人でなければ近寄らないであろう」
通常の魔物では生きて帰れる保証はない。
「……ふうん、安全っちゃ安全だが、【魔王の一噛】は使えそうにないな」
「……そうだな」
つまり絶体絶命の危機に切り札は使えないと言うこと。
アマゾネスも魔物ではあるが、彼女たちは特技というものを持たない。戦術に長け、様々な武器を使い熟し、圧倒的な戦闘力を誇る。しかし、それは素質や遺伝子によるもの。
まるで魔物の良いところだけを抽出した人間のような存在だ。
「人間と魔王様、そろそろ着くよ」
登り切った先、もはや頂上だろう。
そこには無造作に巨大な岩が埋められている。雨晒しであり、歳を取るにつれて劣化していくことは間違いない。
「これが、封印か……?」
俺が見てきた封印は、全て祠のようなものが、建てられていた。そこに封印されているものが悪しきものでも善きものでもそれはかわらない。祀っているのだ。
「封印……というより悪意を持って殺した相手を埋めたようだな」
俺は岩に近づく。
「待てッ!! 不用意に近づくなッ!!」
「え?」
忠告が聞こえた時にはもう既に遅い。俺の手は岩に触れていた。
闇の力が溢れ出る。黒い霧のように岩から溢れ出る。
「なんだってんだッ!?」
「愚か者ッ!! 封印が解けたのだッ!!」
「触っただけで解ける封印ってなんだよッ!?」
「おそらくは罠だッ!! 何者かが我らを来ることを予見してそのような封印を仕掛けたのだッ!!」
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