月を穿つ女神と封印の力編

三話 月を穿つ少女


 一人の少女が美しい黒髪をなびかせる。月に照らされ、その肌は白く輝いていた。

 身長は高く、体格も良い。平均的な人間では及ばない。

 身に纏った服……いやそれは服なのだろうか。

 

 ぼろきれを何とか服に見立てているだけのように見える。

 その粗末な服の下からはみ出す肉体は女性らしく盛り上がっているが、更に鍛え上げられてもいる。

 ところどころから顔出す古傷から彼女が戦士であることが見て取れた。


「ホワイト、こんなところでなにをしている」


 岩の上で佇む白き戦士に一人の女が声を掛ける。


「……すみません。休んでいました」

 

 二人は容姿のほとんどが共通している。

 美しい黒髪。恵まれた肉体。ちなみに言えば顔立ちも良い。


「痴れ者が。休んでいただと?」


 整った顔立ちとその肉体は多くの男を振り向かせる。


「……はい」


 況してやこのような時代である。外敵が蔓延り、生き残るためには優秀な遺伝子を残さなければならぬ。


「こうして使ってやってるだけありがたいと思えッ!!」

 

 戦士であり美しくもある彼女たちは注目の的であろう。

 

「分かったならばさっさと行けッ!!」

 

 ホワイトと呼ばれた彼女は歩き始める。

 

 闇夜に浮かぶ白き月を見つめながら。彼女は思った。私は月ほど美しくないが月と境遇が似ている、と。

 しかしそれは、彼女が自分を知らないからである。外の世界を知らないからである。

 

 

 「で、その封印とやらが本当にこの先にあるのかよ」


「ああ、我は嘘偽りを付かん」


「怪しいぜ……」

 

 森を歩く。

 二人いるようだが、実際歩いているのは一人だ。魔王にしては口煩いルシフ。こいつと共に目指しているのは、封印の解放。


「でもよ、人間がそんなところ入っていっても平気なのかよ」


「平気だ。彼女たちは、強い者を好む。男女、種族に関わらず」


 黒い髪に褐色の肌。

 高い戦闘能力。そして最も恐ろしいのはその集団戦闘の妙。

 戦うために生まれ、戦いに生き、戦いで死ぬことを望む、戦闘狂。

 そのことから彼女たちは戦闘民族アマゾネスと呼ばれる。

 そして、なぜだか、女のみで構成される……理由は俺も知らない。


「さて、そろそろ着くぞ」


「……これは、驚いたな」


 森の切れ目とでも言えば良いのだろうか。

 生い茂る木々がそこで途切れる。人為的に切り拓かられた土地が顔を出す。そして、なによりも驚いたのはそこに立っている建物。


「なあ、これは誰が建てたんだ? 戦闘民族は建築も出来るのか?」


「いや、おそらく、外から攫ってきた者、はたまた訪れたものを起用したのだろう」


 巨大な要塞が姿を現わす。

 石、いや鉄だろうか。壁となる部分には硬く破られない素材がふんだんに使用されている。そして、上部には大砲や迎撃用の窓が備え付けられていていた。


 各地を回ってきた俺でもこれほどの建築物は、王城のある街くらいでしか見たことがない。


「……これまた、泣けそうなところだな」


 大地が揺れ、巨大な門が開く。

 少し大げさすぎる気もするが、大体合ってる。本当に揺れてる。どれだけ重たいんだよ、あの門。


「久しぶりだな、長よ」


「これはこれは魔王様……このような姿になられておいたわしや……」


 姿を見せたのは一人の小柄な老婆と、付き添い二人。いや、脇にいる二人が大柄過ぎるから老婆が小さく見えるのだろう。よく見ると老人にしては、大柄だ。

 

 二人はまさに戦闘民族らしい屈強な肉体を晒している。露出度の高い衣装を身に着け、巨大な武器を携えていた。


「もう、広まっているようだな。ならば話は早

い。こいつは勇者であり、我の宿主だ」


「まさか、本当にあの憎っくき勇者の中に憑いてしまわれたとは……心中お察ししますぞ……」


「ふむ、すまない。しかし、今回はこの話をしに来たのではない」


「と、言いますと?」


「この土地に封印された我が一部を解放するために参ったのだ」


 果てしなく置いていかれてる気もするが、下手に話の腰を折るよりかは良いだろう。


「なるほど……ここではなんです。中に入ってくだされ」

 

 三人に導かれ、門に足を踏み入れる。そこはまだ要塞の続きのようになっていた。通路の両脇を巨大な壁で固めている。外の壁と同じように窓が付いていた。……見られている。


「すまんのお、お客人。……敵ではないか警戒しておるのだ」


 その視線は俺を刺している。単なる殺気のみの視線もあれば、妙に熱い視線もある。


「お客人の力に気が付いているものもいるようだねえ……重畳重畳」


 アマゾネスは女しかいない。

 ……つまり、そういうことなのだろう。

 俺じゃあなくても魔王の子を生せば一族として一生安泰だろうしな。

 ……あれ?俺、こいつの性別知らないぞ?

 そもそも素顔を見たこともないが……まあいいか。


「だが、皆の衆!! 仕事に戻れ!!」


 大気を揺るがすほどの大声。老婆とは思えないほどの魔力圧。

 少し見くびっていたかもしれない。

 さすがアマゾネスの長だ。


「……失礼、お客人」


 全ての視線が去っていくのが分かる。

 そしてしばらく歩いて逆側の門を潜ると街が現れた。


「なかなか繁栄しているようじゃな」


「少し閉鎖的ですが訪れるものは絶えないので

ねえ」


 美しい街並みが夕焼けに映える。

 

 崖を更に切り拓いたようだ。

 上から見下ろすだけでも賑わっているのが分かる。

 木々は生い茂り、花々が咲き乱れる。

 

 階段を下り、正面に見えるのは一番賑わっている通りだろう。

 その横に見える川の水は透明と言っても良い。底が見えるほど澄んでいる。

 そして美しい女性たちが通りを歩き、子どもたちが走り回っている。


「これが戦闘民族の街か……?」


「……お客人が驚くのも無理はない。我らも多様化しておってのお」

  

 店の鍛冶屋や道具屋。果実店に汎用的な食糧を売る店まで見える。


「さて、こちらですじゃ」


 老婆と二人は通りとは別の道を行く。

 たどり着いたのは大きな屋敷。


「……えらく文明的な生活をしているんじゃな」


 ルシフはぽつりと呟いた

 俺が魔王城に辿り着いた時、内部はそれはもう酷い有様だったのは覚えている。

 死体は無造作に転がり、ろくに食べていないような魔物もいた。

 泥沼のような戦争状態だったから仕方ないが、その有様から比較してみるとぼやきたい気持ちも分かる。

 彼女たちは人間と魔物の戦争には参加していない。


「ルシフ行くぞ」


「……ああ」


 そこになにがあったか知らない。敵であった勇者である俺には知る術はない。だが、あまり好まないのは確かだ。

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