二話 魔王の一噛
腕を薙ぐ。
宙から現れた黒い炎は、同じ軌跡を描いて燃え盛った。
「てッめえッ!! あちいじゃねえかッ!!」
「なにッ……!!私の炎に焼き払われてその程度で済むだとッ!!」
その炎は確かに当たった。
効果は、あったはずだが、俺と戦ったときほどの威力があったわけではない。
……とはいえ、効果が薄すぎる気もする。
当然のように盗賊たちは武器を構えて俺に肉薄する。
剣や斧や様々な武器で斬り掛かられるが俺に掠りもするはずがない。
この程度の武芸者であれば腐るほど相手してきたからだ。
「……なに、にやついてやがる」
視線だ。それも一番浴びたくない部類の視線。下卑た視線。極上の獲物を追い詰めた先、どう調理するか迷った獣。
もしくは弱者を嬲るような最高に下衆な野郎が見せる視線だ。
どうも俺はこの手の視線をするやつらがゆるせねえ。
「なに笑ってる、って言ってんだあッ!!」
鋭い痛みが俺の脚を貫く。
「……滑稽だなあ、勇者様よお」
踏み込んだ先にあったのは魔法で造られた罠。足に絡み付くのは棘。と言っても植物の棘じゃあない。
……悪趣味な天使の野郎が使う光で出来た棘の鞭だ。
一度絡み付くと離しはしない。
あっという間に首元まで光は達し、俺は自由を奪われる。
「……なるほど、そういうことか」
「これで勇者様も終わりだあッ!! いや、元勇者様かあッ!?」
「……」
まだ隠れていた盗賊たちが更に増える。
人数差だけでいえば絶望的。
「相変わらず不敵な野郎だ…、これで終わりなのが分かってんのかッ!?」
「………」
「……だんまりか。まさか気後れでも起こしたか?」
「……」
「まあいい。もうお前に何もできまい」
「勇者様ともあろうものが真相を知らずに死ぬのは可哀想だなあ……」
「……」
「折角だ……冥土の土産に教えてやろう」
隻眼の男は自慢の短剣をくるくると回す。意外なことに隙はない。
下卑た笑いを浮かべているが、俺に用心しているのだろう。
「俺たちを蘇らせたのはお偉い騎士団長様だぜえ。あいつは気に入らねえ野郎だが……致し方ねえ」
「……ッ!?」
「くくっ、ちょっとは良い面するじゃあねえか」
「……これが良い面なのか?」
力を入れる。
巻きつく光の棘がちくちく刺さるが気にするこたあない。
「……なにをやっている?」
ちょっとばかり痛いのは確かだが今の俺には通用しない。
「お、おい……?なんだ?応えろよッ!?」
もう一息。
渾身の力を籠める。
「ば、ばかなッ!? 破ろうとすればするほど死の痛みが奴を襲うはずッ!!」
裂ける音が響く。俺は血だらけ。そして光の棘は真っ二つ。天使の野郎の顔とあのくそったれ野郎の顔が思い浮かぶ。こいつらの顔も同じように出来たら良いんだがな、今すぐに。
「ふーっ……」
「お、おい、野郎共ッ!! かかれッ!!
「……遅せえよ、呆け共が」
溢れ出る筋力で近くにあった大木を引き抜く。どうやら握力さえも底上げされているらしく、片手でその大木は抜ける。
悪いな、鳥さんたち。
上の方で聞こえた鳴き声に心の中で俺は詫びる。そもそもこんなことをさせるこいつらが悪いんだ。
「な、な、なにをしたッ!?」
「【
骸骨を模した兜に、棘が生えたような鎧を纏いし魔王。そいつは俺の隣に立った。
魂だけの存在だが、その姿ははっきりと視える。
魔物の特技、魔法を倍、いやそれ以上にして我が物とする力。魔王となる、その時に継承する力。
だが、それは遥か昔に封印していたのだ。
あまりにも強すぎるゆえに。
あまりにも退屈すぎるゆえに。
自ら強者の資格を封じていたのだ。
「……少しばかり、錆びついているかもしれんが、これが魔王を最強と言わしめた所以の力」
「……だそうだ」
「ば、ば、ばかなあああああッ!!!!」
少しばかり俺からも追加しておくぜ。
「……これはあの一つ目の魔物『オーガ』の特技でな」
「ひっ……お、鬼……?」
怖気づいた一人がその剣を俺に振るう。
その刃が肉体を滑り落ち、血が滴った。
まあもう、躱すまでもないんだがな。
「だから遅せえって言ってんだろ」
傷は刃の滑った逆方向から修復されていく。
「『オーガ』の力は肉体強化と高速回復、だ。……もういいよな?」
俺はその大木を振り回した。
◼️
「ありがとうございましたっ!! 感謝感激雨嵐っ!! いつでも無料でお迎えいたしますっ!!」
一つ目の魔物が経営する宿。
そこの料理は格段に美味い。
実は言うと我も幼き頃に食べた記憶がある。……あれは誰と一緒だったんだろうか。
「……ルシフ、質問がある」
「なんだ、ウルよ」
「あの骨はやっぱりここいらの魔物のものか?」
あの後、ウルの猛攻は止まらない。
オーガより、オーガ。
本当に勇者をやっていたのか少し疑ったくらいだ。
千切っては投げ、千切っては投げ。
それは文字通りだ。人間の血をあれほど見たのは我でもそうそうなかったぞ。
「ああ、間違いなくそうだ」
「……ふむ、俺の知らねえところであいつが何かしているのは間違いねえな」
それも彼らが勇者として旅していた頃からの話だろう。
「我も勇者は恐ろしいほどに非道な奴であると報告を受けていた……この一件で完璧に払拭されたがな」
少しばかり荒っぽいところはある。しかし、その実は正々堂々と立ち向かう正義の熱血漢。
あの森で、あの盗賊たちが骨を足蹴にした瞬間。その怒りは嘘偽りのないもの。確かに我も感じていたぞ。
「なんだよ、俺は良い人間じゃあねえぞ」
「そう、照れずとも良い。……まあ勇者として魔物を憐れむのは失格かもしれんが、な」
「俺は元から勇者なんて望んでねえよ。ここに来るまでも気に入らねえやつをぶん殴って進んできただけだからよ」
「お主も、我と同様、勇者らしからぬな」
このように笑うのは、いつ以来であろうか。
「……さて、次はどうすっかな」
ひとしきり笑い終えたウルは、呟くように言った。
「我は、お前のことが大層気に入った。どこまでも憑いて行くぞ」
人間と争うのが疲れたのは本当だった。しかしこのウルと言う人間が、正真正銘の屑であればそのままこの肉体を奪おうと我は考えていた。
しかし、そうならず本当に良かった。
この人間は、まるで旧友のような居心地を与えてくれる。
我は本当にどこまでも付いて行くぞ。
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