森に潜むもの編
一話 極上の料理
◼️
「ウルーっ!! ウルーっ!! どこにいるのー!?」
幼い少女が走っている。
頑丈な壁に挟まれた通路には、洋燈が灯っていた。
ここは知っている。俺が生まれ育った場所。
アレクサンドラ王国の通路、だ。
「……ここだよ、アリス」
ああ、俺は夢を見ているんだな。
アリス。
アリス・アレクサンドラ。
美しい金髪と蒼い瞳。こんなに小さい頃だとまるで人形みたいだ。
「よかった……どこかに行っちゃうかとおもっちゃった」
「俺は……どこにも行かないさ」
ずっと。ずっと君の側にいるよ。
◼️
「起きろ、ウルよ。もう朝じゃぞ」
「……ああ、起きている」
最悪の目覚め。いや、生きているだけまだ良い方か。
あの後、真っ二つに折れた勇者の剣を回収し、崩れ落ちた魔王城を後にした。
「しかし、よくこの村を滅ぼさなかったの」
「……なぜだ?」
「私が聞いている勇者は魔物であれば全て叩き斬ったと聞いた。そうであればこの村の魔物たちも全て死に絶えておるのかと」
「……俺はそんなことをしない。悪事を働いた魔物は叩き斬ったが、ここの魔物たちは俺たちを受け入れてくれたからな」
「ふむ……どうも私が報告を受けていた勇者像とは違うようだな……?」
「そんなことより、だ。俺は腹が減った。飯を食うぞ」
温もりの篭ったベッドから抜け出し、上着を羽織る。勇者のような服は、ずたぼろでもう着れたものじゃなかった。
この村で造られた服はどうも魔王の感覚に影響されているのか、黒を基調としたものが多い。
俺の服も図らずそうなってしまった。
……まあ、悪くはない。
木製の扉を開き、廊下に出る。
魔物の村とはいえ、人間の作ったものと大きな差はない。階段を降りた先にいる魔物の主人と話すまでは、人間の村と同じだと思っても良いくらいだ。
「ご飯は大切だ。力の源となる」
「ああ、そうだな」
魔王とてきとうな会話をこなしながら席に着く。
「ここのご飯は美味しいと聞く。私も肉体があれば頂きたかったものだが……」
「魔王……、お前、名は何という?」
「ふむ、それなのだがな……深い事情があって名がないのだ」
「名が、ないだと……?」
「ああ、私が産まれると同時に両親……先代魔王が亡くなってしまってな……名は決まっているそうなのだが、何処かに封印したらしい」
「……えらく物騒な話だな」
「だが、名がないのは不便だと私も思っていたところだ」
「……ルシフ。ルシフなんてどうだ?」
天界より堕とされ神を恨み、最初の魔王となった大天使ルシフェル。それをもじったもの。単純明快だが、考え込むよりよかろう。
「面白い名を考えるな、ウルよ。気に入った」
運ばれてきた料理を口に運ぶ。
……かなりの美味さ、だ。
人間の作る料理より下手すれば美味い。
「おかわりをくれるか、店主」
「あのお……すみません。それが……」
困り顔……いや、魔物の表情は分からないが、その声から察するに困っている店主がそこに突っ立ていた。
「……話を聞こう」
話を要約するとこうだ。この宿屋で出すほとんどの食材は近くの森で採取している。しかしここ最近、奇妙な魔物が住み着いた。そして、その食材を独り占めしていると言う。
「しかし、主人よ。其方の方が強いのではないか?」
魔王城が位置するのは魔王が支配する土地の最奥地にある。この付近の魔物は、魔王に直接仕える者が多く、それだけ力を持つものが多い。実際俺もこの辺りでは苦戦したことがある。
この一つ目で強靭そうな肉体を持つ魔物もかなりの強さなのだろう。
「魔王様……いや、ルシフ様。それが奴は妙な力を使うんです」
「妙な力……?」
「そう、貴方様が使われる光の力と似ているような力を……」
魔物は、勇者だけが使う力。光の力に極端に弱い。神職を極めたものも光の力を使うことが可能だが、勇者が使うそれとはまた異なった力なのである。
◼️
鬱蒼と茂る森。魔王城に向かうためにここを通る必要はなく、全く俺は気にしていなかった。
「ここにいるんだな、そいつが」
「へい……最奥地にいますが、あっしは怖いのでこの辺で待機させてもらえませんかね……」
「ああ、構わんぞ」
「……あの料理を作れるやつがいなくなるのは、この世界にとって痛手だろうからな」
その一つしかない目にみるみるうちに滴が溜まっていく。
「……あ、兄貴と呼ばせてくださいッ!! 」
男泣きである。
「必ず帰ってきてくだせえッ!!」
抱きついてきそうな勢いを見た俺は、歩き始めるのだった。
「……にしてもなかなか綺麗なものだな」
木漏れ日が差し込む。咲き誇る花々は照らされ、より美しく、より綺麗に見える。
魔王城への旅を続けていた時にそんなものを見ている余裕はなかった。激しい戦闘をこなし、常に魔物に狙われているような錯覚。
思えば過敏になり過ぎていただけかもしれない。
「ああ、この森はこの辺りで一番美しいとされる森だ」
小動物たちが木々の上を駆けているのも見える。魔物ではない生物もこの森には息づいているのだ。
「だが……おかしな気配がする。私が以前訪れた時にこんな気配はなかったはずだ」
「光の力、か」
深く傷付いた身体を癒すために使った力。本来ならば徐々にその力も回復するはずなのだが、戻らなくなっている。
……いや、一定数は戻っているか。
おそらく、あの俺を斬り刻んだ剣になにか細工してあったのだろう。
ますます許せない、な。
「ウルも感じるか?」
「感じる……。光の力……それも俺の持つ力と同一のものだ」
「まさか、もう次の勇者が現れたとでも言うのか?」
「いや、それはない。勇者は世界に一人。神との約束事だ」
どういう仕組みかは俺も知らないが、勇者は世界に一人しか生まれない。つまり俺が死ななければ次の勇者は生まれないはずだ。
「……何かに見られているな」
「ああ、ずっと見られている」
穏やかな風の中に混じる殺気。そして視線。
俺はこの殺気を知っている。
「……出てきたらどうだ、盗賊風情が」
ああ、その殺気と視線は一つじゃない。
森から這い出るのは、
「こやつらは、一体……? 魔物ではないのか……?」
「さあな、俺にも分からんよ。……だが、俺はこいつらを知っている」
俺が殺した人間たちだから、だ。
旅の途中、とある村から
いくつもの村を支配下において、それを繰り返す。
徹底的な悪。
魔物より、吐き気のする邪悪。
「こりゃあ勇者様じゃねえかあ。どうしてこんなところにいらっしゃるんですかい?」
一番体格の良い男が進み出る。左目は傷で塞がれ、右目だけがぐりぐり動く。
「ジャッカル……聞きたいことは山程あるが、ここの食材を食い漁っているのはお前らか?」
極悪非道の親分格。
力で盗賊たちを率いている隻眼の男。
「あー……そうでさあ、俺たちも生きたいんでねえ」
「もう一つ聞きたいことがある……」
「なんでさあ?」
「なぜ
二つの剣が交差し、黒い龍が巻き付いている絵柄の紋章。
それは、王国騎士団の紋章。
「……通じていた、というわけだな。あの騎士たちと同じ紋章だ」
城の中で、俺が奴らに斬り刻まれるのをルシフも見ていたのだろう。
「なんの話ですかねえ? もうあんたには関係ねえはずでさあ」
足元に転がるのは骨。
「その骨はどうした?」
俺が気が付かなかったその骨。
ルシフだからこそ気がついたのだろう。
人間と大差ないような気もするが、そうではないのだろう。これは魔物の骨だ。
「その骨はどうしたと聞いているッ!!」
この森から人間に害なす魔物は出ない。
「なにって……食っちまいました、が?」
「おい、ルシフ……」
「ああ、ウルよ」
「力を貸せッ!!」
「ああッ!! 行くぞ!!」
──薙ぎ払うッ!!
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