Uru's Capriccio -勇者と魔王は手を組むことにしました-
悠希希
プロローグ
始まりと終わりの戦い
「世界の半分をいらぬと申すか」
その魔物は王座から俺を見下ろしていた。
「ああ、そんなもの俺には必要ねえ」
両脇に大きな燭台が灯され、その姿は禍々しくも映し出される。
「そちと我が組めば世界を征服することなぞ容易い事だと思うのだがなあ」
凶悪な兜を被り、最強の鎧を着込んでいる。装飾は牙や魔物を模したもの。その美的感覚は正直、俺には理解できない。
「……俺はお前を倒すためだけに育てられてきた」
長い長い旅だった。
あの訓練の意味がここでようやく果たされる。
「なるほど? その重荷から早く解放されたいと?」
「ああ、俺はお前を倒して静かに暮らしたいんだッ!!」
勇者の剣が、輝き光る。
魔王の身体に纏わりついていた闇の力がこれで払われるのだ。
俺が長い旅を経て、手に入れた勇者の剣の大きな役割の一つはこれ。
「ふん、勇者の剣か……」
そして、もう一つの役割はその鎧を斬り裂くことッ!!
鍛えに鍛えた脚力で魔王に肉薄する。
「我に近寄らせぬわッ!!」
無詠唱で放たれる魔法は、それでいて強力。これが魔王たる所以。本来ならば詠唱は必須。魔法とはそんな簡単なものじゃあないのだ。
巨大な火の玉が、宙を走る。とはいえただの火ではない。魔王が、魔王だけが使える黒き炎の力。
触れれば燃えるどころの騒ぎじゃない。良くて消滅だろう。
「この俺が対策してないと思うのかッ!!」
【光よ】ッ!!
勇者だけが使える光の力による絶対障壁。
火の玉とぶつかり合う。
反発し合う力は更なる力を生み出し、強力な爆発を生み出した。つまり爆風だ。
瞬間的に真っ白な光が辺りを包むが構うことはない。俺は突き進む。
剣で宙を斬り、視界を良好にする。
見えたッ!! 魔王はあそこだッ!!
地面に弾き飛ばされた身体を立て直し、駆け抜ける。
これは、この速さは脚力、筋力だけじゃあない。俺に宿る、俺が鍛えた魔力を込めている。
「おおおおおおおおおッ!!!!」
その鎧ごと叩っ斬るッ!!
「く、くそ……なんだ、と……」
「その兜の下が見れないのは残念だったが、これで終わりだ」
「くそおおおおおおおおおお!!」
絶叫。魔物であろうと悔しいという感情はあるのだろう。
魔王は鎧ごと、白く、まるで色が抜けていくように変化する。そして、塵と消えていった。
紫色の光が洋燈に灯る。
ほとんどの力を失った俺はもう立つ気力もない。魔王の城の天井を眺めていた。
ここで、死ぬのもありかもしれない。
だが、きっと下の階で戦っている仲間たちが助けにきてくれるはず。
思えば姫には随分と辛く当たってしまった。
突然、お前が勇者だと言われた俺は見苦しくも使命を捨てようともがいていた。そんな俺を優しく見守ってくれていたのが彼女だ。
旅の初めから彼女は共にしてくれていた。お淑やかだが、その決意は揺るぎなく、一度決めたことならばどんな強力な魔物にも立ち向かう。彼女は
旅の初めは大変だった……。いくら勇者といえど姫を攫った極悪人として指名手配されていたからな。ただ使命が嫌で逃げ出しただけなのに。
しかし、そんな俺を手助けしてくれたのは生涯の友であり、城の騎士団長であるイーシュ。
産まれた時からの付き合いと言ってもいい。幼馴染であり、ずっと一緒だった。
指名手配を取り下げるように王様を説得してくれたのも彼だ。その彼も旅の仲間となりここまで付いてきてくれた。
……きっと彼らがここに。
足音だ。きっと彼らがここに。
「……居たぞ、勇者だ」
「イーシュ!! 来てくれ……たのか?」
これは一体どういうことだ……?
「皆の者、包囲せよ。力を使い果たしたとはいえ、奴は勇者だ。用心せよ」
「お、おい……これは、なんの冗談だ……?」
騎士団。その漆黒の鎧は有名だった。世界最強とも言われた王国騎士団。漆黒の鎧に身を包み、弱きを助け、強きを挫く。
魔王の軍勢との決戦でもその力を振るい、大きな助けとなってくれた。
「冗談なんかではない。貴様は、国家の敵。姫様を攫った大罪人だ」
「な、なにを言っているんだ……? それはイーシュ、お前が……」
「私を名前で呼ぶんじゃないッ!! 穢らわしい悪人風情がッ!!」
「ッ!?」
う、嘘だろう……?
あのイーシュが……俺を裏切ったのか……?
「私の手で殺すのも穢らわしい。……やれ」
微笑んでいた。いや、嘲り笑っていた。
その顔は、俺を見て嘲っていたッ!!
「くそおおおおおおおおおおおおおッ!!」
鋭い痛みが俺の身体を走る。何度も感じて来た痛みだが、もうなにも感じなくなっていた。
何度も何度も振り下ろされる剣を俺は見ていた。
なまじ頑丈な身体に成長したものだからなかなか死ねないらしい。
女性のような長い髪と美しい顔立ちをしたイーシュ。……その憎き顔は決して忘れはしない。
幼馴染や生涯の友としてではない。
憎き、生涯の敵として決して忘れはしない。
「爆薬は仕掛けたか?」
「……はい、イーシュ団長」
「よし、火を放て」
轟音が城を揺らす。
何重にも俺を殺す気か、イーシュよ。
聞こえるはずのない高笑いが耳に届いた。
そうだ、奴は部下の前でへまをするはずがない。笑っているのだ。心の中で俺を笑っているのだッ!!
だが、俺はどうやら本当にここまでのようだ。
最初の瓦礫が俺の下半身を潰した。
ここで、終わり。
もし、もし、生まれ変わりというものがあるのであれば、俺は必ず彼奴を見つけ出し、この手で殺してやるッ!!
◼️
暗闇。
俺は目が覚めた。
闇が支配する中、俺は目を開けた。
ここは、天国、いや地獄なのか?
「目を覚ましたか、勇者よ」
「何者だ?」
「不敵さは変わっておらぬ。いや……増したというべきか」
「答えねば、お前を殺す」
「ふ、ふははははは、その身体でどうやって私を殺すというのだッ!!」
その、身体……?
「お前はまだ死んでおらぬ……。なんとも頑丈なものよの、勇者とは」
「もしや、貴様……魔王かッ!?」
「そう、慌てるでない勇者よ」
暗闇に一つの灯りが照らす。
周囲はなにも変わっていなかった。
「お前と取引がしたい」
「取引だと……?」
本来、魔王は勇者の剣で斬り裂かれることによって消滅する。それは死、ではない。転生のない完全消滅。つまりこの世から消え去るということ。
「だが、私は何故だかこの魂だけを残してこの世に残った」
「つまり、なにも出来なくなった、ということか」
瓦礫の山があちらこちらに出来ているが、魔王の城であることは見て取れる。
「ああ、魔の王と呼ばれた私が、手を振りかざせば数多の生命を奪い取っていた私が、なにも出来なくなった」
それは酷く滑稽で、数多の魔物を統べる魔王がこうなっちゃもう復帰する手立てはなかろう。
「……そこで、取引だ」
お前の肉体も今に死にかけている。だが、私が取り付けばその肉体は復活し、前にも劣らない力を手に入れることが出来るだろう。
「それをして、お前に何の得があるんだ?」
「さすが、勇者よの。抜け目がない」
「いいから早く話せよ、死にかけてんだぞこっちは」
魔王ってこんな奴なのか?
なんだか、だんだん苛ついてきたぞ。
「……正直に話そう。私は私の肉体と城を取り戻したいだけ。人間と関わるのはもう辞めだ」
「なぜだ? なぜやめる?」
「……戦いとは不毛。何代もの魔王が勇者と戦い、世界征服を目論んで来た。しかし、いずれも失敗に終わった」
「ふん、魔王らしからぬ考えだな」
「ああ、私もそう思う」
「……いいだろう」
「本当かッ!? 勇者よッ!?」
「……その勇者って呼び方辞めてくれないか? 次それで呼べば約束破棄するぞ」
「あ、ああ、すまない。では何と呼べば……?」
俺の名前は、ウル・リーガだ。
「そうか、ウルよ。よろしく頼むッ!!」
俺をその名で呼ぶ者は数少ない。
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