第10話 アバズレビッチの成り下がり4

「すいませ~ん。説明は最後まで聞いてからそういう行動はとって頂きたかったのですが」


 自ら首を切断し、息絶えたはずの私は、何故か再び目を覚ましました。


「ヘカテー様?私は死んだはずでは?」


「死んでます。今でも現在進行形中で死んでます。と、同時に現在進行で生きています」


「あのう、よくわからないのですが?」


「私を冥界の魔女と聞いて、中途半端に魔術聞きかじったへぼリッチとかは私の事を即死魔法バンバンタイプって早合点しちゃうんですよね。ですが違います。私、猫の耳ついてるじゃないですか?。即ちシュレティンガーの猫。昼と夜。生死を繋ぐ存在」


「すれてがー?」


「貴女が1000年くらい生き延びる事ができたらその時代の魔術師にでも聞いてください。私は貴女をイモータルへと変化させました。具体的には吸血鬼、ヴァンパイアですね」


「ばんぱいあ?」


「うん。いい反応です。ヴァンパイハンターという職業が『史実』に登場するのは1700年代に入ってからなんです。つまり貴女がこの時代で弱点を突かれ、敗北する可能性は限りなくゼロに等しい」


「あの、仰る意味がよくわからないのですが?」


「『ギリシャ神話の神々は人間を怪物に変化させられる』はいここ重要ですね。メヂューサやアラクネーがそうだったように」


「どちらも名前を聞いた事がありますね」


「今回は私ヘカテーの『冥界の魔女』という権能を利用し、貴女を死者の怪物である吸血鬼へと変化させました。何しろ冥界の魔女の手作りですから超強いですよ」


「じゃ、じゃあ勝てるんですね!!」


「では、具体的なデメリットの説明から。


1 太陽光を浴びると熱湯を浴びるような継続ダメージを受けます。外出時はロングドレスを着用し、なるべく日陰を選んで歩きましょう。

2 極度のニンニクアレルギーになります。

3 心臓に杭を打たれると死にます。

4 流れる川のような流水が苦手になります。つまりカナヅチ。

5 信仰心が厚い人が熱心に祈るとダメージを受けます。教会は避けた方がいいでしょう。


「なんだか弱点だらけな気がするんですが?」


「ですから今から千年くらい経つと世間一般にこういった急所が広く知れ渡っていて、割と素人にも簡単に撃退されちゃうんですよ。ですが、この時代はネットやテレビどころか新聞すらないですからね」


「テレビ?シンブン?」


「で、メリットの方ですが、腕力、敏捷、生命力。これらが恐ろしいくらい高まります。ジャンプでお城の城壁飛び越えられますし、素手で人間の頭を潰すなんて朝飯前です。あと、ちょっとした怪我くらないなら直ぐに治ります。それと莫大な魔力」


 ヘカテーさんは指先に小さな火を灯しました。


「これは発火(ティンダー)と呼ばれる初歩中の初歩の炎系魔法なのですが、これがおそらくは火炎玉(ファイアーボール)級の大きさになって連射できるはずです。半日もあれば習得できると思いますのでこれをマスターしたらさっそく出陣しましょう。あと、これは凄く重要な事なのですが」


「はい。なんでしょう?」


「吸血鬼になってしまった貴女は通常の人間の食事では栄養分を補う事が不可能です。生きている生命体から直接精気や生血を吸わなければなりません」


「誰かを殺して、その血を飲まなければ私は生きていけないという事でしょうか?」


「当面、心配はいらないと思いませんよ。この城を攻めてくる兵士。彼らがいるじゃないですか」


 私は魔女ヘカテーが驚くほどの魔力を持った吸血鬼として生まれ変わりました。二度、三度。幾度となく送り込まれてくる軍勢を私は吸血鬼の力を持ってなぎ倒していきました。


「うぁあーー。奥方様つえぇえなーー」


「俺らの出番ねぇんじゃね?」


「あ、城壁の守備兵さん」


「なんすかヘカテー様?」


「敵の一部が城壁に取りついてハシゴで登ってきてます。上まで来たら剣で切られちゃうんで蹴っ飛ばしてハシゴ落としてください」


「おおつ!!あぶねぇあぶねぇ!!こっちも仕事しねぇとな!!」


 敵は正面から挑んでくるとは限りませんでした。時には城に暗殺者が送り込まれることもありました。


「フフフ、我が名はハサン!異教の大司教に大金を積まれ雇われた!!この小さな砦の女将を葬る事など。このハサンにとっては容易い事!!」


「にしてもキルケーの嬢ちゃんが造ったこの松明明るいよな」


「雨が降っても火が消えないよう、ガラスってのを使ったカンテラだそうだぞ」


「へぇ。凄い松明だな。雨が降っても消えねぇなんて」


「城門には見張りは二人。だが、このハサンにとっては夜闇に乗じて中庭を抜け、城内に侵入する事などダンスを踊るような物!!」


「ふあぁーー眠・・・」


「むっ、ロウソクを持った女!トイレに起きた女中かっ?相手は一人。仕留めるか・・・」


 ナイフを持ち、すり寄るハサン。


「おっと、足元に絨毯がしいてある。ロウソクを落として火事になったら大騒ぎになる。混乱に乗じて、という策もあるが城内の人間がすべて起きて気づかれる可能性が高い。ここはやり過ごすが肝要か」


 ハサンはそのまま一気に階段を駆け上って、部屋の扉を開けます。


「ここが城主の部屋か。たとえ鍵がかかっていてもハサンには無意味!」


 ハサンは足音を立てずにベッドの脇まで忍び寄ってきました。


「たとえ女子供であろうと容赦はせん!それが超一流の暗殺!!」


 ハサンは私の首にナイフを突き立てました。


「ブッコロシタ!行動はもう終わっている!!一流の暗殺者であるハサンは決して殺すとは言わない!!相手を始末した後で」


 寝ぼけていた私はなんだか喉の渇きと空腹感を覚えました。


 ドグシャア!!!


「ヌグアアアアアアアア!!!!!!」


「ふあぁ・・・おいしそうな心臓。頂きます」


 次の日。私は昼前に目覚め、降り注ぐ太陽の中城の廻りを散歩しました。


「今日の奥方、なんだかいつもより動きがよくないか?」


「ええ。そうですね」


「ていうか吸血鬼、ってやつ?太陽苦手なんだよな?」


「ええ。そうですね」


「全然そんな風に見えないんだが?」


「ええ。そうですね」


「なぁヘカテーちゃんよぉ。奥方の部屋に転がってた暗殺者の死体どうする?」


「ええ。そうですね。もういらないんで埋葬しといてあげてください」


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