第9話 アバズレビッチの成り下がり3
「一つ。質問よろしいでしょうか。貴女のいるこのお城の兵隊さんはどの位の数でしょうか?」
魔女ヘカテーは幼いながらも真剣な眼差しを私に向けます。
「えっ?そうですね。300人くらいじゃないでしょうか」
「つまり、とても小さな城。という事ですね。だとすると凄く奇妙な事が考えられます。『三十万という兵士の数』。この人数が多すぎるという事です」
「戦争をするんですから兵隊の人数は多い方がいいんじゃありませんか?」
「確かにそうなのですが、仮に現在私達いるのが西暦1000年ごろだと仮定します。あと500年ぐらいするとこの地図の東の端にあるチンコパグという国にトヨトミヒデヨシという魔王が現れます。世界征服を目論む魔王はトクガワという国王が率いる騎士団によって倒され、チンコパグにその後300年の平和が訪れます。その時」
*
「おい。なんで家康が円卓の騎士みてぇのを率いて秀吉を戦った風になってんだよ?」
「何言ってんのよ。アンタの大好きなRPGみたいだな!の世界よ?それならまだしも史実の中世ヨーロッパの世界にはインターネットはおろかテレビもないのよ?サムラァ~~~~イを見た西洋人は1542年になるまで現れないわよ。だからこういう説明をするしかないのよ」
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「トヨトミとトクガワこの戦いに参加した兵士の数がおおよそ20万人ですね」
「そのトヨトミという魔王が20万もの怪物を率いていたのですね」
「違います。『トヨトミとトクガワが全力で戦って、その合計の兵力』が20万人です。話は変わりますが、ヨーロッパの都市はロンドンが人口一万人。ローマが二万人。パリが八万人くらいです。でもって」
ヘカテーはチンコパグ。という国にあるという町の遠景を見せました。
「こちらがチンコパグの町の一つです」
「全身を布で覆って、頭にはフードをしていますね。修道女でしょうか?」
「いいえ。彼女達は全員『クノイィーチ』という女戦士です。ここはチンコパグにあるアマゾネスの隠れ里です」
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「おい。日本に対する誤ったイメージ広まってんぞ?」
「だいたいあってるから問題ないわよ?」
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「村の周囲にあるのは麦の一種ですか?」
「コム、という穀物の仲間です。冬の寒さに弱く、大変生産性の低い作物です」
「まぁ、それでは住んでいる人達は常に飢餓に苦しんでいる事でしょう。私達が育てている種麦を分けてあげればさぞかし喜ぶでしょうに」
*
「おい。稲作をボロクソにけなしてるゾ?」
「仕方ないわよ。米の品種改良が進んで寒冷地でも育つ稲ができるのは近代に入ってからよ?この時代の日本の稲をヨーロッパに持っていっても話にならないわ」
*
「でもこのチンコパグのアマゾネスの里は私達の国とよく似ていますね。村の周囲にコムという小麦畑が沢山ある事が特に」
「それなのです。人間が住むには。生きていくには当然パンを食べねばなりません。仮に朝昼晩と一個づつ食した場合、パンは三個必要となります」
「それがどうかしたんですか?」
「先ほどこのお城に兵隊が300人いるといいましたね?ではパンは一日いくら必要なのでしょうか?」
「えっと、一人三個だから、九百でしょうか?」
「では、法王が三十万人の軍勢を差し向けた。といいましたね?彼らが一日に必要とするパンは一体いくらになるのでしょうか?」
「ええっと、九十万?」
「それだけのパンを焼くパン焼き釜がどこにあるのか。そもそも小麦粉をどうやって調達するのか?という問題があるのです。一方、貴方方はお城にいる兵士三百人。つまり城から出て畑で麦を狩って、お城のパン焼き釜で焼いて終了です」
「つまりどういうことなのでしょうか?」
「個人で行動する、旅人、騎士、『冒険者』を自称するならず者連中ならば特に問題はありません。お店でパンを買えばいいだけですから。ただ、千個一万個とパンをまとめ買いできるお店なんて現実にはありません。おそらく今からだいたい500年くらい後、フランスにナポレオンという皇帝が現れ、外国と戦争をしますが、『パンを十万個売ってくれ』とマジで言って戦争に負けます」
「それ、本当ですか?」
「本当です。ロシアに勝てると思ったら可能性に殺されます。彼は可能性の男でした。で、本題ですが、『三十万人』という法王の軍勢は出鱈目ですね。もしそれだけの軍隊が本当に来ているのであれば正面からのゴリ押しで済みます。包囲殲滅陣も必要ありませんよ?お城の外にいた旦那さんをサクッとやっちゃのはそうしなければならなかったからで、おそらくはこの辺りに」
ヘカテーはまるで鳥が空から見たような感じで城の頭上を映した。それを道なりに動かしていくと。
「いました。人数は、ざっと見て百人ほどですね。斥候、マジ斥候って感じですか」
「あのぅ~~、ひょっとするとこの戦いもしかすると勝てちゃったりします?」
「勝てます。勝てますが勝てません。貴方は勝利の栄光を掴みますが敗北する運命にあるでしょう」
「どういうことですか?」
「彼らが言っている通り、この連中は斥候に過ぎないんですよ。ですから、彼らを倒しても本体が来ます。で、それもおそらくは倒せますが、『なぁに。前の指揮官が間抜けだったさけさ。俺様があの城を攻め落としてやるぜ』と、新しい指揮官が選ばれて次の部隊が派遣されてきます。そうして最終的には貴方は敗北するでしょう」
「貴方の力で。ヘカテー様のお力でどうにかなりませんか?こう、魔法で何十万もの兵隊をパパァーとやっつけちゃうとか」
「そういうのはインドの神様にもでも頼んでください。あの連中なら世界を滅ぼすくらい鼻くそ穿りながらやりますから。一応、できなくもないですが、それには更なる贄が必要となります」
「更なる生贄・・・。私が産んだ子供を捧げよ。ヘカテー様はそう仰るのですね?」
「あ、冥界の魔女って通り名ですけど私安産を司る女神やってます。ギリシャには元々それ担当の人がいたんですけど、その方職務怠慢ってレベルじゃなかったもんで。英雄ヘラクレスってご存知ですか?」
「ヘラクレス?詳しくは存じませんが、ギリシャの凄い英雄と名前だけならば」
「産婆として彼をこの世界に誕生させたのは私です。そういうわけですから子供の命なんていりませんよ」
「子供以外の生贄・・・。そうか!私の命が必要なんですね!!ヘカテー様!どうぞお受け取り下さい!!」
私はヘカテーさんを召喚する際、生贄として使った家畜を切るのに使ったナイフで躊躇うことなく自分の首を切りました。
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