0.悪役令嬢(史実)

第7話 アバズレビッチの成り下がり

 人生で初めてモノホンの死体というのを見た弥一は多少気分が悪くなった。幸い近い場所にトイレがあった。


「トイレを利用した、通路交差錯覚トリックを考案中の私に感謝したまえ」


 そう言ってモリアーティ教授は人足先に食堂車の方に戻って行った。

 後を追うべく弥一がトイレから出ると。


「切符を拝見します」


「はい。どうぞ」


「確認させていただきます。・・・はい、確かに。有難うございました」


 例の殺人鬼、もとい仕事に熱心過ぎる車掌。そして乗客らしき女性だ。こんな物騒な蒸気機関車に客などいたのである。

 女性は車掌が去って行くのを見送っていたが、自室に戻る前に弥一に気が付いた。


「あら、貴方。もしかして新しい乗客の方かしら?見たところ魔術師ではないようだけれども」


「普通の高校生の弥一っす。全能力値D。必殺技なし。スキル無し。マジックアイテムナシっしょ」


「そうなの。まぁ普通の人が空を飛んだり、頭を銃で撃ち抜かれた瞬間再生復元したり、お前死ね!って言ったら相手が死ぬんじゃ怖くてお家の外を歩けないわね?」


 そう言って上品そうな女性はクスクスと笑った。


「非処女のオバサンは嫌いかしら?もしそうでなければ少しお話しませんか?」


 そういう表現はどうなのだろうか?


「いや。オバサンだなんて。どう見積もっても二十半ばってところでしょ?」


「あらそう?確か人間だった頃は三十五歳だったような気がするのよね。さぁいらっしゃいな」


 招き入れられた客室はかなり豪奢な造りになっていた。窓には柔らかそうな生地のカーテン。木目鮮やかなテーブル。フカフカのソファー。整えられたベッドなどがある。ベッドとは反対側の壁には女性の描かれた肖像画が三枚飾られている。

 一見すると古風(アンティーク)な構造であるが、照明及び備え付けの冷蔵庫は電化製品である。そう言えばここはモリアーティ教授が造った蒸気機関車だった。


「お飲み物はオレンジジュースでいいかしら?」


「あ、いえ。お構いなく」


 女性は弥一に『ブラッド・オレンジ使用』と表記されたビタミンCがメッサありそうなジュースをコップに入れて用意する。

 女性は袖口、スカートの両側、そして胸の谷間から臍の下辺りまでにやたらとジッパーのある碧色のドレスを着用していた。実は背中にもジッパーがあるがそれは長い栗色の髪に邪魔され弥一には確認できていない。


「なんかそのドレスジッパーだらけっすね?」


「いえ。このドレスはジッパーとしては正しい使い方をしているドレスなんですよ?元々ジッパーは男性のズボンの股間部分を・・・。じゃなくて、ドレスの裾やコルセットの留め具としてミネアポリスの技師が発明したんですよ」


「へぇ!イタリアにミネアポリスって本当にあるんですね!!」


 弥一とそんな会話をしてジッパー婦人、(仮名)は楽し気に笑う。


「ふふ、ちょっと待って下さいね」


 さらに壁掛けの古めかしい有線式固定電話で誰かと話す。


「すぐ来ると思うから」 

 ガチャリ

「はやっ!」


 やって来たのは眼鏡女だった。相変わらずスマートフォンでアイドルとシャンシャンするゲームをプレイしている。


「なぁに。今イベント期間中で忙しいだけど?」


「実はこの弥一さんに私の昔の話をしようと思いまして」


 ピッ。


 眼鏡女はスマートフォンの電源を切った。そして弥一の隣に座る。


「いいわ。続けて」


「まずは自己紹介からですね。私の名前はアバズレビッチ・バレバレデス・タインと言います」


「ええっと、日本人の感覚からして言えば随分と変わった名前だと。でもヨーロッパではよくある名前なんでしょね」


「馬鹿ね弥一。偽名よ偽名。ギ・メ・イ」


「えっ、偽名なの?」


「ええ。アマテラスさんの言うとおりです。アバズレビッチは偽名です。ですが非常に気に入っているので変えるつもりはありません。私、実は吸血鬼なんです。他の吸血鬼はどうかは知りませんが、吸血鬼というのは親しくない人間以外には自分の名前を打ち明けない方がよい物らしくて。ちなみに後ろに絵が飾ってありますが」


 弥一はジッパー婦人改めアバズレビッチ婦人の背後にある絵を見た。

 

「扉側に飾ってあるのが私の母、ラミカの絵。その隣が祖母のミラカの絵。そして窓際にある大きな絵が私の先祖エリザーベト・バートリの絵になります」


「なんか同一人物が服を着替えているだけに見えるんですがっていうか何あのエリザーベトのってただの小林幸子に見えるんですけど?」


「違います。では、お付き合い頂けますか?私がこの蒸気機関車に乗るまでの話を?」



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