文字を書く

__俺は文字書きだ

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副題 ライティング


@@@@@@


 飛行場の音が騒がしい。

 やはり、自分はモダンな人間なのだろう。見慣れぬものを目が勝手に追ってしまう。

『ちゃんと、ちゃあんと、お仕事終わらせるよ。冥府の川とか、神様とか、あと、一文字の名に誓って』

 電話越しの妹の声は、どこかわざとらしかった。

 こいつ、確実にまたサボるな。まぁ、それは俺には関係ないが。

「なら、良い。それより、えがく」

『なぁに?』

「お兄ちゃん大好きって言ってくれないか?」

 ……あ、切られた。


 俺は物書きだろう。リュックの中には白紙の原稿用紙と筆記用具が入っているからな。多分、物書きだ。今この瞬間も、この情景を字として残したいと思ってしまう。

「だから、おっさん。ちょっと時間をくれ」

「いや、それで時間あげる奴がどこにいるんだい? あと、おっさんじゃないから。二十九だから」

「そうか。おっさん若いんだな」

 周囲を見る。明らかにそーいう稼業してんだろうな、って感じの人達が俺を囲っている。

 どうしようか。いや、切り抜けようと思えばできるけど、やる気が出ない。

「じゃ、おっさん。何の用だ?」

「……君、一文字の子だろう? 着いてきてくれないかな?」

「要件を三十字以内で述べてくれ。そんなんで着いてける程、純粋じゃないんでね」

 ま、うちの妹だったら「絵描けるの? 行く!」と即決だろうが。お生憎様、物書きは捻くれてんだよ。

 おっさんは顎に手を当てて唸ってから、黒い目を開く。

「書いてほしいものがある。報酬として、君の姉、」

「のった」

 そりゃ、例外中の例外だ。つーか、今回の目的だ。

 おっさんは拍子抜けしたような腑抜けの顔をして、軽く笑う。

「やはりか……ああ、全員解散。ごめんね、こんな事で集めて」

 俺の腕を掴み、おっさんは散り散りになるお仲間を見送る。

「……おっさん。俺、高校生なんだけど」

「へぇ。高一?」

「うん。だから、手なんか繋がなくても良いぜ?」

「心配だから、それは無理かな」

 心配、ねぇ。どこまでが本当なんだか。

 そんな羞恥プレイで歩く事二十分。着いたのは、街中にある異様な森の前だった。どうやら寺だか神社だからしいが、都会でこんなに木があるなんて、不気味でしかない。

 もしかすると、これは、同人誌でよく見るやつかもしれない。

「そうか。俺もそういう運命なのか……犯されるのか」

「んな訳ないだろ。普通に、ここの奥に依頼人がいるだけだよ」

「……リアリィ?」

「本当だよ。ほら、行きな」

 そう言われ、石段へ背を押される。危ないな、こいつ。

「おっさんは行かないのか?」

「ああ。残念ながら、呼ばれていないから」

 本当に心底から残念そうな言い方。だが、違和感がある。

 まぁ、良いか。

「じゃあ、上行って、あんたの名前でも出せば良いのか?」

「それよりも、君自身の名前を出した方が良い。僕はあの人に信用されていないからね」

「……何したんだ?」

「なぁんにも。少し、弟がヘマしただけさ」

「そ。んじゃ、ありがとな」

 石段に足をかける。

「そーいや、おっさん。名前なんて言うんだ?」

 そのまま三段程。あ、これ返事ないパターンか、と思った矢先、返答が来た。

「ソラノ アキト。青空の空に野原の野、春夏秋冬の秋に北斗七星の斗」

「ふーん。了解した」

 空野 秋斗……あとで調べるか。


 石段を登り切ると、目の前に平屋建ての建物が見えた。廃墟っぽいが、近づいてみると奥の方に人がいるのが見えた。あと、普通に人住んでるっぽい。

 近づこうとすると、鋭い目で睨まれる。

「……名乗れ」

「いや、自分から名乗れよ……一文字 綴。名前のイントネーションは動詞の綴ると同じ」

「ふーん、お前が……若いな」

 ゾクリと背筋に何かが走った。後ろに飛び退き、ズボンのポケットに手を入れる。よし、ある。殺せる。いや、無理だ。あれは殺せない。殺したら、俺が死ぬ。

 強さとしては上。だが、どう考えても勝てない。

「どうした。もう少し、こちらに来ないのか?」

「……ヤだね。あんた、ヤベェじゃん。どーヤベェのかは説明できないけどさ。あんたといると、強制的に受けキャラになりそうなんだよな。なんつーか、あんた、総攻めだな」

 マジでケツ掘られる気がする。うわ、これあれじゃん。同人誌で見た、ってやつじゃん。

 ヤベェ奴はクツクツと喉から笑い声を漏らす。

「面白いな、お前」

「……あんた、名前は? 俺が名乗ったんだから、名乗ってくれるよな?」

「ああ、そうだな。それが、礼儀なのだろうな。すまない、久しぶりの客でな……私の名前は、弓野崎 壱だ」

 ユミノザキ、イツ?

 記憶を探る、探る、探る。それで、見つけた。

 弓野崎……戦後にその勢力を拡大し、僅か一代で一文字うちとか四の字みたいなのとタメを張れるようになりやがった、言うならば侵略者。弓野崎 壱は、確かその化け物の息子。ガキの頃から軟禁生活でどっかに生きてる、と聞いたが。

「……依頼の内容は」

 話を変える。こんな空間にいられるか、俺は先に帰らせてもらうぜ!

「書いてほしいんだろ? 何を、書けば良いんだ?」

「ハハ、そう急くな」

「急かせろ。俺は無目的でここに来た訳じゃねぇんでね」

「そうか……なら」

 また、ゾクリと。

 周囲を見るが、誰もいない。あるのは、天を覆い、ここと外界とを隔離する木々だけ。

 しかし。俺の本能が、何かがいる事を告げていた。

「俺を、書いてくれ」

 ポケットから出した鉛筆を投げる。方向は石段の向こう、俺が来た道。

 カチン、カツンと落ちていく音。

「……本当に?」

「ああ」

「本当に、良いのか?」

「ああ。俺を、書いてくれ」

 リュックを置く。


 加工、下降、火口。さぁ、書き出そう。

 弾き出される無数の刃。銘は村正、その偽物。

 その中が一人我が右手。仇す名朱色あけいろ、我が友なりて。

 映すは新緑眩しき世界。敵は目前、退路は背後。

 いざいざいざいざ、ご高覧あれ。これぞ我が業、我が罪なり。


 包帯を解き、右手を切る。赤色が地に落ちていく。

「よし。決まった」

 思いついた文章を、詩句を、リュックから出した原稿用紙に書いていく。勿論、いつも通り左の人差し指で、だ。

「無垢なる幼な子、鏡と遊び。純粋さ故に、猫殺す……」

 きっとこの詩は美しくない。自然と出てきた言葉じゃなくて、無理矢理吐き出す言葉だからだ。

「……寒さ暑さは、永遠とわの向こうへ……物言わぬ蛇は、何をうたうか」

 口から血が出る。

 じゃあ、ここで良いんだろう。顔を上げる。

「良いね、これは」

「……あんた、かなり良い顔してんだな。殺してぇ」

 目の前に、弓野崎の人がいた。

 まぁ、良いか。

「……私を殺さないのだな」

「ああ。それは、妹の方だ」

 ガーゼを当て、包帯を巻く。朱色の血を拭い、鞘に納める。

 リュックに荷物を詰める。

「ダリィから、もう書かねぇぜ」

「いや、十分だ」

「なんだ? 俺の実力が分からないから、不満か?」

「……全然」

「そうかい。じゃ」

 石段を降りる。足が自然と早くなる。


 一番下に降りた時、既におっさんはいなくなっていた。

 暇だから妹に電話をかける。

「……あ、もしもし? えがく? どうだった?」

『あー、うん。終わったよ。ちゃんと、四の字と接触して、絵を描いて来たよ』

 ちゃんとできたのか。偉い、偉い。

「それで、どうだった? 空野は」

『うん。兄貴の予想通り』

「兄が、弟に成り代わっていた、と?」

『そ。だから、多分兄貴の方にいるのが、弟の方だね。手伝った方が良い?』

「いや、大丈夫だ」

 なら、この情報をどこに売ろうか。いや、売らずに傍観も面白いかもな。

「つか、俺は殺さないし。あ、でさ、えがく。お前、今期の推し誰よ?」

『ハナマルの紫苑ちゃん。赤い髪の子』

 ……ああ、あれか。今期の覇権と言われる、百合アニメ。チラッと見たけど、俺の好みではなかったなぁ。

「うい、りょーかい」

『アクキーほしいな』

「りょーかい。明日帰っから、その時まで待て」

『わーい。兄貴大好き』

 クソッ、いや、行くけどさ。グッズ買いに行くけどさ。

 それからしばらく言葉を交わして、電話を切る。


 ああ。もう少し俺の出番はある気がするが……面倒だ。ここで降りよう。

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