絵を描く

__アタシは絵描きだ

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副題 ペインティング


@@@@@@


 高いビルが凄い。

 うん、やっぱりアタシは田舎者だ。ビルを見上げて、ホケーってしてしまう。

『えがく。何をするかは、分かっているな?』

 電話口の兄貴の声は、いっつもみたいに冷たい。

「分かってるよ。ちゃんと、頼まれた事はするから」

『……本当に?』

「心配しょーだなぁ。ちゃんとできるって」

 キャリーケースを引っ張りながら、街中を歩く。

「ちゃんと、ちゃあんと、お仕事終わらせるよ。冥府の川とか、神様とか、あと、一文字の名に誓って」

 都会の街は、騒々しかった。


 アタシは絵描きだ。キャリーケースの中には画材が詰まってるし、何より、アタシの魂が絵が大好きって叫んでるからだ。きっと、アタシは前世から、もしかしたらそのもっと前から絵描きなのかもしれない。

「うん。だから、こーいう荒事は嫌いなんだよ」

 周りにいるのは、人、人、アンド人。しかもみんな武装してる。うん、勝ち目はなさそうだ。

「やだなぁ。兄貴に無茶苦茶約束しちゃったよ。やっぱ、テキトーに約束しときゃよかったかなぁ。うん、そーするべきだったね」

「……お前は、一文字の娘だろう?」

「うん、そーだよ? それがどしたの?」

 呆れた感じの声を出したのは、リーダーらしい人。おじさんっぽいけど、そこまで老けてはなさそう。多分、学校の先生とおんなじくらいだろうから、三十代だろうな。

 おじさんはため息を吐くと、アタシのキャリーケースを指差す。

「描かないのか?」

「今ぁ? 筆が乗んないなぁ。あ、おじさん、知り合いに絵になりそうな人っている? それだったら描くよ」

「ああ。いるぞ」

「お、マジか。じゃあ、愉快に誘拐されちゃおう!」

 おじさんはちょっとビックリしたみたいに目を開いて、アタシを見る。

「そんな、軽いノリで……」

「だって、絵描きたいもん。描けるんだったら、誘拐くらい喜んで! あ、もしかして監禁したりする? それなら、コピー用紙でも良いから描けるものがほしいな」

「……監禁は、しない筈だ。ただ、絵を数枚、描いてほしい」

「うん。良いよ」

 おじさんは心配そうにアタシを見て、それから、後ろの方にあった車の助手席にアタシを座らせる。少し煙草臭い車だ。運転は、おじさんみたい。

「……ああ、そうだ。俺は、おじさんではない。まだ二十九だ」

「おじさんだね!」

「……空野 冬斗。それが、名前だ……できれば、おじさんは、やめてくれ。心に来る」

「そう。分かったよ、おじさん」

 なんか、おじさんって儚いなぁ。こう、病院の窓辺で「この桜が散る頃には僕は……」とか言ってそう。

 でも、うん。絵の題材にはなんないや。だって、虚構だもの。


 車に乗せられて、多分十分くらい。高級住宅地って言うのかな、おっきい家が立つ住宅地の外れでキャリーケースと共に降ろされる。

 うん、見事な日本家屋だ。武家屋敷。

「恭介さん。戻りましたよ」

 玄関扉を蹴り開けるようにして、おじさんはため息を吐く。

「……着いて来い」

「はぁい。あ、なんか凄い壺!」

「触るな!」

「……高いやつ?」

「知らないが……多分、高い」

 そうか。なら、触らないでおこう。

 長い長い廊下を歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。遠いなぁって思った頃になって、漸く目的の場所に着いたみたい。おじさんが襖を開けて、舌を鳴らす。

「恭介さん。起きてください」

「無理」

 絵になりそうな人だった。

 綺麗な赤色の髪の毛と、左目を覆う海賊みたいな黒い眼帯。なぜか和服がよく似合ってて、カッコいい。でも、年齢はおじさんよりも上っぽい。

「……描きたい」

「ん。ああ、君が、一文字の?……そう。立ち話はあれだから、座ると良い」

 起き上がって、その人は温和に笑う。病気には見えないから、昼寝してたのかな。

 ああ、描きたい。今すぐ描きたい。でも、ダメな感じがするから、我慢しないと。

 恭介さんの隣に座ると、煙草の匂いがした。車の匂いと同じやつだ。

「えーと、志摩、って言ったら、分かるかな。それとも、鴫野? 下伊勢?」

「……?」

「あ、そうか。そう言えば良かったね」

 四の字、と言えば、四十七分家か。それだったら、空野は分家の一つだった筈。成る程、主従か。兄貴がいれば、薄い本でも書いただろうなぁ。可哀想。

「うん? 四の字の恭介って事は、当主さん?」

「知ってるんだね……一文字はそういう事に興味ないと思ったけど」

「一応。常識だからって、教えられたんだ」

 そうか。この人が四の字の現当主。ますます絵を描きたくなってきた。

 恭介さんは小さく笑って、「成る程」と言う。

「常識、かぁ……冬。どうしたんだい?」

「いや…………恭介さんのアホ面が面白いなぁ、と」

「酷いね、君」

 うわ、なんでアタシって兄貴じゃないんだろ。

 それは兎も角。うん、本題に入りたい。

「そーいえば、絵って、何を描けば良いの?」

 アタシが聞くと、恭介さんは少し瞬きをした後、おじさんに目配せする。

「彼に着いて行ってくれるかな?」

「分かった。じゃあ……また、後で?」

「ああ。また後で」

 さっきの廊下に戻り、今度は外に出る。

「どこに行くの?」

「離れ」

「へぇ。おっきんだね、この家」

 キャリーケースを引っ張りながら、整えられた綺麗な庭を横切る。なんだか高そうな木。全然興味が湧かないや。

 おじさんは、黒いスーツを着ている。あと、髪が長い。多分、アタシよりも長い。そりゃあ、アタシはショートカットの部類の人間だけど……おじさんは、肩甲骨の下くらいまで髪が伸びている。まとめられてるから正確には分かんないけど、何にしたってかなり長い。もしかして、そーいうケの人かな? 兄貴が喜びそう。こう、「禁断の愛だな! 主人に劣情を抱く自分を嫌いながらも、その感情を抑えられない! ああ、最高じゃないか! 書きたい! 書きたい! いや、書かせろ! 俺に! その話を書かせろ! 無論最後は無理心中だ! こう、無理矢理首を絞めて! 後から自分はナイフで胸に刺して、主人に重なるように死ぬ! ああ……最高……尊い……」とか、言いそう。いや、多分倍は言う。

「何をしている。入れ」

「あ、はーい」

 ヤバい、現実見てなかった。

 部屋の中には、男が一人。あとは何もない。強いて言うなら、畳と障子と柱と天井。何をすれば良いか聞く前に、おじさんは扉を閉めて消えてしまった。うわ、鍵かかってる。

「何でアタシって女なんだろ」

「え……?」

「いや。密室に二人って、これ、そーいう行為するやつだよね? 兄貴が言ってた。クソッ、何でアタシって女なんだろ」

 死にたい。

「あ、あのぅ」

「何?」

「えっと……オレ、あんたに絵を描いてもらう為にここにいろ、って言われたんだけど」

 ……成る程。いーもん用意してくれるなぁ、あの人達。

 男の前に座る。

「名前は?」

「ヒモリ、シュウ」

「どーいう字?」

「か、火曜日の火に、森林の森。修学旅行の修」

「ふーん」

 火森 修。少年漫画にいそうな名前だなぁ。

「どーして、ここにいるの?」

「え、いや、だから、頼まれて、」

「あ、ごめん。言い直す。何しくったの?」

「……言わないといけないか?」

「言ってくれると嬉しいな。描きやすいから」

「……重要な取引を破談にした」

「ふぅん」

 案外つまんないなぁ。

「そういや、あんた、名前は」

「一文字 えがく。名前のイントネーションは、写楽と同じだよ」

「変な名前だな」

「そうかな。あ、もう一つ質問良い?」

「……良いけど?」

「好きな人、いる?」

 顔を赤らめ、火森さんはあからさまな動揺をする。

「す、す、好きな、人?」

「うん」

「それって、恋愛感情で? そ、尊敬、とか?」

「どっちでも良いよ」

「そ、そう、か……なら、恭介さん。あの人は、凄い人だ。ヘマをしたオレを見捨てずに、こうやって、新しい仕事をくれた。でも、不思議なんだよな」

「不思議? どの辺が?」

「恭介さん、なんつーか、たまに、この世じゃないとこ見てる感じがしてよ。あと、指示がおかしい時もある。今回だって、ただ、絵のモデルになるだけだろ? それなのに、生きて帰ってきたら、なんて物騒な言葉使うんだ。おかしいだろ?」

 ……おかしい、かなぁ?

 腕を組んで、数秒。うん、おかしくないね。でも、まぁ、いっか。

 どんな絵にするかは決まった。キャリーケースを引き寄せて、チャックを開く。

「それは、なんだ?」

「んー、画材だよ?」

「が、がざ、い? ほん、と、に?」

「うん。画材だよ」

 何本か引き出して、畳の上に並べる。

「うーん。どれが似合うかなぁ?…………うん。これだね」

 一番左のを残して、残りはしまう。それから、空の容器を取り出して、蓋を開ける。

「ラベル、ラベル……えーと、火、森、修、っと。よし。準備完了!」

 畳の端に行ってしまった火森さんを見る。うん、震えてる、震えてる。

「な、な、それ、は……っ?」

「うん? ああ、多分村正の贋作だよ、この子は。でも、切れ味は良いんだ。もしかしたら本物かもしんないね」

「ち、ちが……なんで! なんで、刀が必要なんだよ!!」

 不思議な事を言うなぁ。

 短刀を鞘から引き抜いて、ああ、そうだ忘れてた。バケツをキャリーケースから出す。

「よぉし、これで正真正銘準備完了! じゃ、約束どーり画材になってね」

「が、画材!? ただの絵だろ!?」

「うん、絵だけど……何か、変かな?」

 どう見ても火森さんは怯えきってる。

 どこが変なんだろ。不思議に思ってると、扉が開いた音がした。振り返るとおじさんが立っ

 ていた。

「騒がしいから来てみたが、大丈夫そうだな」

「だ、大丈夫!? 冬斗さん、こいつ、おかしいですって! なんで絵描くのに刀が必要なんですか!?」

「ああ、知らないのか……悲しい奴だ」

 哀れみの目。

 おじさんはため息を吐くと、火森さんをジッと見た。

「一文字の絵画、原稿には、血が使われる。絵の具や、インクとして……どのくらいとる予定だ?」

「うーん……バケツ一杯分?」

「はぁ!? そ、そんなの……うわあああああああ!」

 火森さんがこっちに来る。けど、その前におじさんに斬られて止まってしまった。

 カチン、と刀が鞘に戻る。

「……魔法? え、待って、どこから出たの!? カッコいい!」

「隠していた。それより、血が勿体ないぞ」

「あ、ホントだ」

 垂れてる血をバケツに溜める。

 キャリーケースからスケッチブックと絵筆を出す。

「おじさん、ちょっと退いて」

「……ああ」

「そーいえば。おじさんって、兄弟いるでしょ? 大変だね、ずっと兄弟の振りするの」

 ガチャガチャ、ガチャガチャ。

 うん、最低限は溜まったみたい。絵筆を浸して、白紙の上に滑らせる。

「……どういう、事だ? 面白くない冗談だな」

「んー。だって、おじさん見ててもインスピレーション湧かないもん。あと、齟齬がある。おじさん、笑わないよね。でも、口元に笑った時の皺がある。それって、沢山笑う人にしかないよね。あ、そこの筆取って…………うん。おじさん、右利きなのに無理して左手使ってるでしょ。変装はもーちょい上手くしないと。バレバレだよ。よし、完成」

 余った血は容器に入れる。

 道具を拭いて、キャリーケースに片付けて。スケッチブックから絵を取り外して、畳の上に置く。

「じゃ、恭介さんに会わないとね。あ、これ、恭介さんに見せた方が良いかな?」

「……いや。見せない方が良いよ、これは」

 温和な口調。恭介さんみたいだけど、ちょっと違う。なんというか、窓辺で「僕もあの子ども達のように雪遊びがしたかったな」とか言いそうな儚さがある。

 ま、いっか。

「聖書かい? この絵の、元ネタ」

「うん」

「……なんて言うか。凄い皮肉だ」

「そうかな?」

「ああ」

 おじさんは小さく笑って、

「だって、カインとアベルだなんて。僕にとっても、恭介君にとっても、素晴らしい皮肉だよ」

 と、自嘲するように言った。


 電話越しの兄貴の声。

『どうだった?』

「あー、うん。終わったよ。ちゃんと、四の字と接触して、絵を描いて来たよ」

『それで、どうだった? 空野は』

「うん。兄貴の予想通り」

 キャリーケースを引っ張りながら、駅の構内を急ぐ。まだ余裕あるって分かってても、ついつい急いでしまう。

『兄が、弟に成り代わっていた、と?』

「そ。だから、多分兄貴の方にいるのが、弟の方だね。手伝った方が良い?」

『いや、大丈夫だ……つか、俺は殺さないし。あ、でさ、えがく。お前、今期の推し誰よ?』

「ハナマルの紫苑ちゃん。赤い髪の子」

『うい、りょーかい』

「アクキーほしいな」

『りょーかい。明日帰っから、その時まで待て』

「わーい。兄貴大好き」

 それから少し言葉を交わして、電話を切る。


 うん。アタシの出番はここで終わり。あとは、他の人達に任せるよ。

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